はじめての食事係
盗賊団フライハイトの船に乗船してから、はじめての朝がやってきた。
太陽と共に目を覚ましたリディアは、慌ただしく準備を進めていた。
今日から、また新しい一日が始まるのだ。
「よし、行くぞ」
リディアは窓の向こうの海を見ながら、気合いを入れてうなずく。
周りは全て見知らぬ男で、右も左もどころか、前後上下も盗賊一色。
気の良さそうな者たちにも見えたが、警戒をするに越したことはない。
リディアは音を立てぬよう慎重に扉を開けていく。
隣室を覗き込むと、ファルシードはベッドではなく、ソファで仰向けになって眠っていた。
恐らくあの後、そのままそこで眠ってしまったのだろう。
朝方の空気は肌寒く、風邪をひいてしまうのではないかと、リディアは自室のクローゼットから大判のタオルを取りだした。
そっと、ゆっくりと起こしてしまわないように、彼の足元の方から静かにバスタオルをかけていく。
「これで、よし」
小声で呟き、リディアは笑う。
そのまま抜き足差し足で歩いて、彼の部屋を後にした。
船の中は限られた空間を有効活用しているだけあり、通路も狭く複雑だ。
たどり着くか不安に思っていたリディアだったが、心配は杞憂に終わり、迷うことなく食堂に着いた。
「おはようございます」
挨拶をしながら扉を開けると、にこやかな顔をしているオレンジ髪の長髪男、カルロと目が合う。
「ええ、おはようございます。今日の当番は僕たちです、よろしくお願いしますね」
すでに食堂には、穏やかに話すカルロの他に、団員二名と、ニカッと笑う茶髪の男、バドがいた。
「あれ、バド君は今日も当番なの?」
船内の仕事は曜日ごとに交代しているはずで、なぜ昨日の当番がいるのだろうと、疑問を投げかける。
「違いますよ。バドは今日、釣りと錨を上げる担当です」
リディアはバドに質問をしたのだが、カルロが問いに答えてきた。
「じゃあ、なんで……?」
「どうしても貴女と話してみたかったらしくて、わざわざ早起きして来たみたいです。本当にバカですよねぇ」
カルロは口元に手を当てて、くすくすと笑う。
「ば、バカってなんだよ!? 文句あるんスか!」
「いいえ、ありませんよ」
むくれながら睨みつけてくるバドに、カルロは呆れたように両肩をすくめている。
「お話なら、こんな朝早くじゃなくて、昼間でも出来るんだけど……」
首をかしげながらリディアが話すと、バドはばつが悪そうにガシガシと頭をかいていく。
そして、今度もまた返答を渋るバドの代わりに答えたのは、カルロだった。
「バドはね、キャプテンに怒られるのが怖いんですよ」
ファルシードに怒られる理由がわからないリディアは、バドをじいっと見つめていく。
すると、バドはカルロに助けを求め、すがりついていった。
「だって、だってさ、しょうがねーじゃん! リディアはキャプテンが数年ぶりに作った女なんだ。どんな美人のお誘いにもなびかなかった、あのキャプテンが!」
「バド、あまり深く考えないほうがいいですよ。どうせ、いつものきまぐれですから。ね?」
カルロはなぜかバドではなく、リディアに同意を求めるように目配せをしてきて。
「え……?」
企みを見透かされたように感じたリディアは、小さく震える。
リディアを見つめてくるカルロは、変わらずにこにこと微笑んでいた。
「これ以上聞くのは止めておきましょうかね。案外、真になるかもしれませんし。それに、そっちのほうが、僕としても嬉しいですから」
「カルロさん?」
カルロの微笑みがほんの少し寂しげなものへと変わったのを感じとったリディアが声をかけると、彼はまた柔らかく笑った。
「リディアさん。朝ごはんはどうしましょうか。これは僕の提案なのですが、昨日出航したばかりなので、パンがあります。カビてしまわないうちに、使ったほうがいいと思います」
急に話題を変えられて、なんだか誤魔化されたような気持ちになったリディアだったが、ここでのんびり談笑している時間などない。
全員集合するまでに、食事を完成させなければならないのだ。
リディアは言われるがままに、食事のメニュー決めを進めていくことにした。
「うーん、パンかぁ。そうしたらあと一品は、スープなんていかがですか?」
「賛成賛成ッ! そうと決まったらリディア、ついて来いよ」
バドはリディアを連れてキッチンへと入り、さらに奥まで進んで、突き当たりの扉を開ける。
そして、その先に広がる景色に、リディアは思わず驚きの声を上げた。
「うわぁ、すごい! ここって、食糧庫?」
中を見ると、棚の上から下まで所狭しと様々な食材が置かれている。
「そ。奥にある階段下れば、そこにもあるんだぜ。でも基本は、扉に近い食材から使う。腐りやすいヤツほどこっちに置かれているから。ここは海の上、腐らせないように無駄なく使うことが大事っス。ちなみに今日使っていいぶんは、このへんと、あとはあのへん!」
指を差しながら説明するバドの隣で、リディアはぐるりと食糧庫を見渡していく。
トマトに人参、じゃがいも、たまねぎやベーコンにキャベツ、そして、塩やハーブといった調味料に油。
完璧とは言えないが、それなりの食材があるようだ。
買い足しが出来ないぶん難しいけど、これはやりがいがありそうだと、リディアが考えていると、後ろから柔らかな声が聞こえてきた。
「リディアさん」
振り返ると、カルロは右手を差し出して優しく微笑んでいた。
「あなたも知っての通り、僕らは壊滅的に料理の腕がないようなので、今朝は調理の指示をあなたにお願いしてもよろしいでしょうか?」
カルロの頼みにリディアは大きくうなずいて、差し伸べられた手を握り、にこりと笑う。
「料理は大好きなの、任せてください!」