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私に世界は救えません!  作者: 星影さき
第一章 はじまりは夕闇とともに
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重なるはずのなかった運命

 その頃リディアはというと、相も変わらず机に突っ伏していた。


「このまま朝が来なければいいのに」

 ぽつりと願いを口にしてみても、夜のしじまに消えるだけ。

 次第に景色が(にじ)み出し、リディアは両目を腕にこすりつけた。


 泣いたところで何も変わらない。

 希望など、ありはしない。

 自由なんて、望めない。


 そんなことはもう、長年の経験からわかっていた。 

 見えない鎖で縛られたまま巫女として生き、巫女として死ぬことしか許されていないということも。


 それでもリディアは、こう呟かずにはいられなかった。


「誰か、助けて……」



「早く来い! 置いて行かれてェのか」


 あまりにもタイミングよく聞こえてきた男の声。

 リディアはぴくりと身体を震わせた。


 声がしたのは家の外だ。

 恐る恐る窓を覗くと、呆れたようにため息をつく男の横顔が見えた。



「かわいい部下を置いていくなんて、ひどいっス! だって、団長の言う“お宝”の手がかりが転がってるかもしれないじゃないっスか!」

 続いて小柄な男が現れ、キョロキョロと辺りを見渡している。


 どうやら先程の言葉は、彼に向けてのものだったらしい。


 勝手に期待して勝手に傷ついてバカみたい、と、リディアはまた椅子に腰掛け自嘲気味に笑う。



 (ねた)ましいほどに、男たちの会話はのんきで楽しげだ。

 強く目をつむって耳を塞いでも、結局無駄な抵抗に終わった。

 二人の声は、リディアの拒絶などおかまいなしに耳へと入り込んでくるのだ。


「そもそも、宝が何かさえ聞かされてねぇだろうが」


「うーん、宝って一体何なんすかねぇ。あ、もしかしたらあれかもしれねぇっすよ、ネラの(しるべ)! 団長欲しがってたし」


 突然聞こえてきた思いもよらぬ言葉に、リディアは息を呑んで固まった。


 ネラの標。

 それは幻の書物であり、ネラ神が生まれて以後千年の歴史が書かれているといわれている。

 リディアの母親が『もしも存在するなら、読んでみたい』と悲しげに話していた本のことだ。



 それを読めば、祈りの巫女がネラ教会に管理されている理由がわかるかもしれない。

 残酷な運命から逃れるヒントが隠されているかもしれない。


 そう思ったリディアは壁にかけていたフード付きのマントを手にとり、足早に玄関へと向かう。

 だが、ドアノブに触れた途端、ふと動きを止めた。



「バレたら、まずい……よね」


 “祈りの巫女”と呼ばれる者には、非常に多くの制約がある。

 文字を知ることはもちろん、恋をすること、酒を飲むこと、町から出ること、日没後に外出することや、夜間人に会うこともまた、教会から禁じられていたのだ。


 いま外に出れば、どんな罰を受けることになるかわからない。

 夢を見て勇気を出したところで、いつものように絶望の淵に落とされるかもしれない。


 うつむいて葛藤を続けるリディアだったが、知りたいという欲はとどまることなく膨らんでいく。

 それに、いまを逃したら二度とこんなチャンスは訪れないだろう。


 意を決して顔を上げたリディアは、なびかせながらマントを羽織り、勢いよく扉を開けた。

 目を凝らすと、かろうじて男二人の背中が見える。

 見失わないうちに、とリディアは生まれてはじめて、夜の町へ飛び出したのだった。



――・――・――・――・――・――・――


 はじめて訪れた夜の町は、見慣れた昼の姿と大きく異なっていた。


 人通りこそ少ないが、酔っ払いが多いのかずいぶんと騒がしく、大声で笑う者や、肩を組んで歌う者たちもいる。


 二人は賑やかな大通りをまっすぐ進んで薄暗い角を曲がり、町一番の酒場へと姿を消した。


「酒場か……大丈夫かな」

 リディアは少し離れた場所から酒場を見つめて、ごくりと唾液を飲み込んだ。

 あの中には大勢の人がいる。

 祈りの巫女が日没後の酒場にいるなんて、教会に知られてしまったら非常にまずい。


 それでも、ここで諦めるという選択肢は浮かばなかった。

 リディアはフードを目深(まぶか)にかぶったまま、両のこぶしを握り締めて恐る恐る足を踏み入れた。



 食べ物と酒の匂いとでむせかえりそうな酒場はガヤガヤとうるさく、誰も彼もが陽気に騒いでいる。

 幸いなことに誰一人として、他人を気にする様子はみられない。


 普段と異なる町民の様子に困惑しつつ、ほっと胸をなでおろしたリディアは、右に左に視線を送る。

 この人数の中、探し出すのは困難かと思われたが、案外すぐに見つかった。

 人気(ひとけ)のない隅のほうで二人、黙々と酒を飲んでいる。


 リディアは会話が聞こえる位置に座り、様子をうかがいながら耳をそばだてた。



「ぷっはー! この町の酒は最高っス」

 茶髪の男が豪快に酒を飲みほして笑う。

 ちらりと横顔を覗くが見覚えはなく、旅人か商人なのだろうと推測した。


「確かにいい酒だ。スカーレット・スカイ、か」

 今度は、ボトルのラベルを見つめながら話す黒髪の男の横顔を覗いていく。

 そして、リディアは目を丸くし、ぽかんと口を開けた。

 緑や黄、青などの色はあれど、紫の瞳を持つ人など、一度も目にしたことがなかったのだ。


 アメジストみたいだ――と、深く澄んだその色に魅入られてしまう。

 その後も見ていたい気持ちはあったが、慌てて視線をそらし、気配を消そうと努めた。

 全ては、二人が『ネラの(しるべ)』について再び話し出す、その時を待つためだ。



 見られているとも知らない茶髪の男は、店員を呼んで酒を追加していき、へらっとのんきに笑った。

「そうそう。スカイと言えばキャプテンは、よく空を見てるけど何でっスか?」


「ああ、あれか……恩人がよく、空を見てこう言っていた。『こうしている時は、世界で一番の自由を手にしている気がする』と。それで、俺も同じようにしているが、未だにその自由の意味がわからねェ」


 そう言って黒髪の男はぐいっと酒をあおった。


「お、今は亡き副団長、レオンさんの話っすね。キャプテンは酒が入ると饒舌(じょうぜつ)になっていいっすね~」


「うるせェ」



 二人の会話にリディアはうつむき、飲む気もない酒のグラスをぼんやりと見つめる。

 蜜色のそれには、自身の顔がさかさまに写りこんでいた。


 世界で一番の自由――

 自分とは最も関係のない言葉に、リディアの心はざわつき、下唇をわずかに噛みしめる。


 一方で、酒を飲みながら陽気に笑う茶髪の男は、きょろきょろとあたりを見渡している。

 そして、途端に声をひそめた。


「キャプテン。もしホントにお宝がネラの標だとしたら、盗みに入ることになるんスかねぇ」

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