雨の記憶
本日の食事係であるバドとケヴィンらが作った夕飯は、散々なものだった。
原型がわからないほどに焼かれた魚の塩焼きで、とても食べられたものではなく、フォークが全く進まない。
だが団員たちの話を聞くと、違う曜日の食事当番も似たようなものらしく、ファルシードは野菜の皮を剥くのを面倒くさがり、カルロは異常な堅さにパスタを茹でるらしい。
あまりの惨状にリディアが明日の食事係を立候補すると、団員たちに諸手をあげて喜ばれ、受け入れられた。
急遽、明日の食事係に加えられたリディアは、翌朝食堂の前に集合することとなった。
一人で来られるように道を覚えなくては――と、意気込み、食堂を出て薄暗い廊下をまっすぐ歩く。
やがて、突き当たりへとたどり着き、立ち止まった。
彼女の目の前には扉があり、左右には上下に続く階段がある。
「どっちだっけ……」
リディアは帰り道を思い出せず、口元に手をあてて考え込んだ。
「そこ上って、舵棒のある場所に出たら、その先にある階段を下りろ」
振り返るとファルシードがおり、彼は一足先に階段へと足をかけた。
「ありがとう! それで、さらに上に行ったらライリー団長の部屋、で合ってる?」
「ああ。それで、ここの扉の向こうは野郎ばかりの第一船室。入っていたら、質問に答えきるまで帰されなかったかもな」
「そんな大げさな」
さすがにそれはないだろう――とリディアが笑うと、ファルシードはにやりと口角を上げていく。
そして、第一船室のドアノブに手をかけていった。
「確かめてみるか?」
「え、ええと、遠慮しとくよ」
提案に顔をひきつらせると、ファルシードは楽しそうに笑っていた。
――・――・――・――・――・――
リディアはファルシードの部屋を経由して自室へと戻り、ガラス窓のほうへと向かった。
もちろんその前に、先刻ファルシードが侵入してきた扉へ、鍵をかけておくことも忘れていない。
また勝手に開けられでもされたら、たまったものではないからだ。
「雨?」
日暮れまで空は晴れていたのに、いつの間にか雨雲がやってきていたようだ。
窓に水滴が叩きつけられ、ぽたりぽたりと泣いているかのように流れている。
「おかあさん……」
そっと窓に触れ、モノクロに包まれた世界をぼんやりと見つめていく。
雨でにじんで、景色が歪んだ。
あの日もこんな雨だった――
リディアは視線を落として、窓に触れていた手を強く握りしめる。
あれから何年もたっているのに、今もこうやって胸が苦しくなるのは……
きっとこの雨のせいだ――
もうどこにもいない母を想い、祈るように目を閉じる。
やがて、天井に吊るしたランプのオイルも切れていく。
ふっと微かな音をたてながら灯りは消えて、静かな闇があたりを包んでいったのだった。