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私に世界は救えません!  作者: 星影さき
第二章 盗賊団フライハイト
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迫りくる夜に

「おい。なに階段で突っ立ってる」


「へ?」


「さっさと来い。高所恐怖症じゃねェだろ。断崖絶壁から落ちても平気そうだったしな」


「あ、あのときはそれどころじゃ……」

 慌てて反論するが、ファルシードはそれを聞こうともせず、あごをくいと動かしリディアを呼んでくる。


 犬じゃないんだから、とリディアはムッと口元を曲げた。


 どうせ文句を言ったところで、何の効果もない、か――

 小さく息を吐いて指示に従い、見張り台へとのぼっていった。



 不平を口にしない代わりに、リディアはむくれた顔を続けている。

 祈りの巫女の名で呼ばれる者とはとても思えない形相(ぎょうそう)だ。


 しかし、ファルシードの隣に立ち、彼の視線の先を見つめた途端、そんな表情は一変した。


「夕、焼け……」

 ペリドットに似た緑の瞳には、燃えるような夕陽の欠片が写りこんでいる。

 トラウマからリディアは顔を強ばらせて、すぐに視線を背けた。



「……過去から逃げるな。前を見ろ」

 ファルシードの低い声が、頭の上から降ってくる。


「え?」

 不思議に思ったリディアが(おもて)を上げると、ファルシードはリディアのことを、まっすぐに見つめてきていた。



「フライハイトとは、自由を意味する。(ここ)にいたいのなら、誰よりも自由に、強く生き抜く覚悟を決めろ」

 そう話す声は凛としていて、真剣な表情に釘付けになってしまう。


 芯の強さからだろうか、それとも単に顔立ちの良さからか。

 理由はわからなかったが、リディアにはあのファルシードが気高く美しい人に見えた。


 だがその一方で“自由に生きる覚悟を”と言われても抽象的すぎると、頭を悩ませていく。

 これまで自由を知らず、不自由を強要されて生きてきたのだ。

 突然、そんなことを言われて困惑するのも無理はない。



 リディアはうつむき、立ち尽くす。

 覚悟の決め方はわからなかったが、ファルシードの主張、それだけは伝わってきたように感じた。


 これまでの言動から察するに、恐らく『過去に縛られるのも、恐怖から逃げるのも、思考を捨てて誰かのいいなりになるのもやめろ』ということなのだろう。



 もしも、と、リディアは静かにこぶしを握る。


 ――短い間だけだとしても、自由になれたなら。普通になれたなら。私は、この世に生まれてよかったと、そう思えるのかな。 


 恐る恐る一歩前に出て、震える手で手すりを掴み、前を見据えた。


 四方八方海が広がっており、遮るものは何もない。

 ゆるやかにカーブを描く水平線には、沈む太陽がわずかに頭を(のぞ)かせていた。


 ――大丈夫、ここにハンス司祭はいない。いいつけを破ったって、何も起こらないんだから。



 言い聞かせるように深い呼吸を繰り返すことで、震えは次第に収まっていき、やがて感嘆の吐息が漏れ出した。


「……夕陽って、本当は綺麗だったんだね。すごく暖かい色」

 独り言のように呟く。

 沈み行く太陽を見て美しいと思えたのは、はじめて夕陽を見たあの日以来のことだった。



「ああ。しかも、ここからの眺めが一番いい」

 ファルシードも同じように返してくる。


 海に飲まれる太陽を二人は無言のまま見つめる。

 そして、その時はすぐに訪れた。


「夜が、来る」

 リディアは残った淡い光を見つめながら、見張り台の手すりをぎゅっと握る。

 恐怖と歓喜が混じり合う複雑な感情に、全身がわずかに震えた。



 橙に染まっていた空がだんだんと藍色に包まれ、やがてそれも色濃くなり、静かな闇が訪れる。

 今度は暗い空を彩るかのごとく、一つ、また一つと小さな光が現れはじめ、闇が深くなるごとに、きらきらと無数の星が光り輝いていった。


「これが、夜……」

 息をのみ、呟く。

 リディアにとって、はじめて見た星は、太陽よりも輝いていて眩しく、星を掴もうとする子どものように、両手を空へと伸ばしていった。



 これまでずっと、夜とは一人で堪え忍ぶ、つらいものでしかなかった。

 人に会うことを許されず、闇の中で不安という波にさらわれ、泣き明かしたことも、数えきれないほどあった。

 孤独を噛み締め、ただ静かに苦しむための時間。

 そんな夜は、リディアにとって不自由の象徴でしかなかったのだ。


 だが、新たな世界を目の当たりにして、リディアの心はただただ歓喜で震えていた。


 ――あれほど恐れていた夜は、こんなにも美しい姿をしていた。



 リディアは言葉を無くしたまま、夜空を見上げる。

 やがて、ほほを伝って一すじの雫がこぼれ落ちた。


「すごいね、ファル。ありがとう、私こんな景色、見たことないよ」


 涙をぬぐった途端、ファルシードはなぜかリディアの肩を乱暴につかんできて、向かい合わせにさせてくる。


「え?」


「夜に人と会うな、だったか? ほら見ろ、禁忌なんざ意味がねぇ」


 彼はリディアの胸元を覗き込んできて、何ら変わりがない巫女の(あかし)を見てにやりと笑った。


「ちょっと何するの!? 言ってくれれば、確認くらい自分でするから!」

 それに、(ここ)に何かが起こるとは限らないでしょうが――と、慌てて距離をとったリディアは、むくれた顔で睨みつける。



 そんな顔されたって、怖くもなんともない。

 そう言っているかのように、ファルシードは不敵な笑みを崩さない。



「禁忌なんざに縛られず、ここで生きてみろ。お前は世界の姿を知らなすぎる」


「そう、かもしれないね。夜の空だけじゃなくて、まだまだ私の知らないこと、たくさんあるんだろうから」


 リディアは隣にいるファルシードを見上げて、柔らかく笑う。

 こうやって心から笑えたのは何年ぶりだろうかと、また照れたような顔で笑った。



 一方でファルシードからは何も反応がない。

 見張り台は薄暗いため、表情もよくわからない。

 ただ、紫の瞳が静かに光り、リディアの姿にとらわれているかのように、まっすぐ見つめてきていた。



「あの、ファル?」

 ぼんやりとしたファルシードに戸惑い、彼の顔をのぞきこむ。

 すると、我に返ったのか、彼は身体を震わせ、リディアへと手を伸ばしてきた。


 乱暴な盗賊の、普段とは違う瞳に困惑し、鼓動が大きく跳ねる。

 今までにない感覚が怖くてうつむくと、頭に手が触れてきた。


 ――急に、どうしたんだろう……

 

 リディアが固まったまま動けずにいると、ファルシードは一瞬だけ髪を(すく)うように触れてきたのだが、すぐにぐしゃぐしゃと乱暴に撫でまわしてきた。


「わ、ちょっと、何するの。もう!」


「ぼさっとすんな、さっさとメシ食いに行くぞ」


 リディアの抵抗も虚しく、さらさらだった髪は鳥の巣のように乱れてしまっていた。

 むっとしながら髪を直すリディア。

 そんな彼女を見つめていたファルシードは、不思議と満足そうに笑っていたのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 教え込まれた禁忌の呪縛の一つからの開放、ものすごく勇気のいることだったのだと伝わってきましたし、前を向けてよかったです。 そしてファルさんの反応。見惚れましたね?ラブの予感♡(*´艸`*) …
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