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私に世界は救えません!  作者: 星影さき
第二章 盗賊団フライハイト
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夕陽と揺れる心

 二人は船首甲板にある倉庫へ向かい、掃除用具を押しこんだ。

 男所帯のため、掃除をしようとする者がいないのだろう。

 バリケードに思えるほど乱雑な倉庫を前に、明日はここの整頓をしてやろう、と心に決めた。


 リディアはそのまま何の気なしに顔を上げていったのだが、途端に顔を強張らせていく。

 視線の先に変わったものはなく、見えるのは夕焼けと沈みゆく太陽だけだ。


 やがて、立ち尽くすリディアの顔から、見る間に血の気が引いていった。



「どうした」

 心ここにあらず、といった様子のリディアを疑問に思ったのだろう。

 ファルシードが怪訝な表情を浮かべている。


「あ、ええと……」

 顔面を蒼白にさせたリディアは、理由を語ろうとはしない。

 代わりにそわそわと身体を動かして、船尾方向を気にし出した。

 その態度に合点が行ったのか、ファルシードは呆れたようにため息をついてきた。


「普通に慣れろ、と言ったはずだが」

 彼の言葉にリディアはうつむいて、こぶしをきゅっと握った。



 夕陽を目にした途端、リディアは過去にあった辛い出来事を思い出してしまったのだ。


 それはまだ、彼女が幼かった頃のこと。


 夕陽と星を一目見たいと思ったリディアは、母の目を盗んで家を飛び出し、灯台へ走った。

 そこで夕空を見たはいいものの、たまたま外にいたハンス司祭に見つかってしまったのだ。


 “日没後、外にいてはならない”という禁忌を破ろうとしているのを見つけたハンス司祭は、鬼の形相で罵倒してきた上、嫌がるリディアの髪を乱暴につかんで引きずるように歩きだした。

 そして、家に着いた途端、物のように放り投げてきて“お前は、世界を破滅させる気なのか”と冷たい瞳で見下してきたのだ。


 司祭の行動と言葉はリディアの心にトラウマを残し、十年以上たった今も忘れられないまま。


 以来、リディアは夕陽を異常なほどに恐れるようになってしまった。

 “日没後、外出してはならぬ”という教えは、リディアにとって、呪いと呼べるほどの力をもっていたのだ。



 普通に慣れろ、という言葉にリディアは喜ぶこともなく、苦しげに下唇を噛んでいく。

 溢れそうな涙を(こら)えようとしているせいか、蒼白になっていた肌も赤みを増してきていた。


「気休めは、苦しいだけだよ……ファルだって、私が普通になれるとは、思ってないでしょう?」


「は?」


「巫女も普通の人になれる、そんなの本気で思うはずないよ。だって……」


 そこから先は、口に出すことなどできなかった。

 強く目をつむり、顔も苦しげに歪んでいく。

 リディアは自身に課せられた使命の大きさを、嫌というほどに知っていたのだ。



 平和というものは尊いものだ。

 ひとたび暗黒竜(ジェリーマ)の封印が解けてしまえば、これまで保たれてきた平和がどうなるかなど想像に(かた)くない。

 美しいこの海も死体で溢れ、緑溢れる山はえぐれ、町には歌声の代わりに鋭い悲鳴が響くだろう。


 何かを得ようとすれば、別の何かは手放さなければならない。

 それはいつの時代も確かなことで。

 この世界では大勢の平和と安全を保つため、人々は定期的に巫女たちの命を生贄として捧げることに決めたのだ。



 ――私の価値は、死なない限り生まれない。世界から平和のために死ぬことが渇望され、生きることなど望まれてはいない


 自身の運命を呪うリディアの瞳に、涙がにじむ。



「いつか“その時”は絶対にやってくる。運命からは、逃げられないんだよ」

 抑揚もなく、台詞のようにリディアは言う。


 船での生活など、つかの間の夢にしかすぎないこともわかっていた。

 いずれ世界のため、命を捧げなくてはならないことも全部わかっていた。



 ぽたりぽたりと甲板の乾いた床板にしずくが落ちて、小さく丸い染みを作った。

 重荷を肩に乗せられたようにリディアは背を丸めて、両手で顔を覆う。

 先程までは嬉しいと思えた“普通”という言葉が、今のリディアにはひどく苦しいものに思えた。

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