表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私に世界は救えません!  作者: 星影さき
第二章 盗賊団フライハイト
18/132

真意

「――ッ!」


 色気溢れる声に、リディアの心臓は跳ねるように脈を打つ。

 不安と恐れとで身体は強張り、じりじりと後ずさるように距離をとった。


「その反応、生娘(きむすめ)、か」


「い、いいいいきなり何なんですか!」

 鼻で笑ってくるファルシードに、リディアは大声で反論していく。

 動揺から、ペリドット色の瞳は涙で滲んでしまっていた。



 ――前言撤回! 許婚(ピートさん)よりもずいぶんマシと思ったけど、絶対にそんなことない!


 こんな不誠実な男なら、どっちもどっちだ、とリディアはファルシードを強く睨みつける。

 だが、一切効果はなかったようで、小馬鹿にするように笑われた。


「安心しろ、イモ女を食うほど飢えてねェよ。俺は(・・)、な」


「い、イモ女……?」

 あまりの言われように、開いた口が塞がらない。

 地味なのは、確かに自覚していた。

 だが、イモとまで言われてしまうと、さすがに複雑な気持ちになったのだ。


 リディアはからかわれた疲労感と安堵から、小さく息をついた。



 ――なんだか腹立つけど、結局冗談でよかった。危険な目に遭わなくてよかった。

 色めいた雰囲気が消えたファルシードを見つめ、リディアの心は緩む。

 しかしその一方で、胸の奥底が静かに(よど)んだ。


 本当にこれを喜んでいいの――と。



 もしもこれが冗談ではなかったら、リディアは今頃なぶりものにされていたかもしれない。

 それに、彼は(・・)興味がなくとも、他の団員が彼女をどう思うかなど、わからない。

 交際や彼への恋心が嘘だと見破られれば、その時点で団員たちに襲われる可能性だってあるのだ。



「あの、ファルシードさん。私は……」

 リディアが口を開くと、ファルシードは続きを待たずに言葉をかぶせてきた。


「食われたくねぇのなら、演技に徹しろ。あのジィサンに頭まで下げさせたんだ。出来ねェとは言うなよ」


「演技、って、どうしたら」

 質問を投げかけた途端強く睨まれて、リディアはうつむく。

 自分で考えろ、と突き放されているような気持ちになったのだ。


 静寂が訪れ、海鳥の声だけが微かに聞こえてくる。

 落ち込むリディアに呆れたのか、ファルシードは深いため息をついてきた。



「他人行儀な言葉や態度をやめろ。俺のことも呼び捨てか、ファルと呼べ」


「ええと、うん。わか、った。ファル……」

 指導を受けたにも関わらず、話す言葉はぎこちない。

 うまくできない自分を情けなく思い、下唇を噛んで視線を落とした。


「……勝手にしろ」


 呆れたようなファルシードの態度が悔しくて、リディアは自身のスカートを強く握った。

 だが、リディアにも言葉づかいを簡単に変えられない理由があるのだ。



「ごめん……私、友だち一人もいなくて。普通に話すのって、難しい、の。友だちできないのは、おかしいってわかってるんだけど、ね」


 リディアはうつむいたまま、自嘲気味に笑う。


 祈りの巫女として生きてきたリディアは、物ごころついた時からずっと、周りから一線をひかれていた。

 向けられる視線はいつも、崇拝(すうはい)か監視のどちらか。


 『祈りの巫女』以外の名で呼ばれることもほぼなく、気安く話しかけられることもない。

 さらには、怪我をさせてはならないという理由から、遊びや行事にも一切参加させてもらえなかったのだ。


 そんなリディアの過去の話に、ファルシードは眉を寄せてくる。


「だからどうした。できない理由を言って何になる」



 ファルシードは同情する様子もなく、リディアを突き放してくる。

 厳しい言葉は甘えを許してくれず苦しめてくる一方で、なぜか胸にすとんと落ちたようにも感じた。


 これまでリディアはできない理由を探しては諦める、ということを繰り返し続けていた。

 自分には無理だと納得すれば、心を乱さずにいられたし、無力を受け入れる方が(あらが)うよりも、よほど楽だったのだ。


 ――そっか。私はいつも、できない自分を悔しく思いながら、ずっとそれに甘えていたんだ。



 得心(とくしん)がいったリディアは顔を上げて、ファルシードの瞳を真っ直ぐに見つめた。


「うん、確かにできない理由を並べていたってしょうがない、よね。私、ちゃんと頑張る。だから……見捨てないで下さ、ううん。見捨てないで、お願い」

 たどたどしくも必死に(つむ)がれていく言葉に、ファルシードは小さく息を吐いた。



「まずは巫女じゃねぇ普通の生活に慣れる努力をしろ。まぁ、(ここ)がそうかは分からねぇが」


「そっか、普通の生活……か。慣れたらいい、な。ありがとう、ファル」

 一生懸命に言葉を探りながら話し、リディアはファルシードを見上げる。


 すると、それまで鋭かったファルシードの瞳が、わずかな緩みを見せていく。

 下がっていた口角も微かに上がり、柔らかく弧を描いていた。


「ぎこちないにもほどがある」


 そう言って(きびす)を返した彼は、再び歩き出す。

 憎まれ口を叩くファルシードの顔は、これまでとは違い、どこか優しく見えた。



 『普通の生活に慣れろ』という言葉に、リディアはくすぐったい気持ちになって、ひっそりと微笑む。

 これまで、普通でないことを強いられた彼女に、そんなことを言う者など一人もいなかった。


 もしかすると、ここなら祈りの巫女ではなく、一人の娘リディアとして見てもらえるかもしれない。

 そんな期待が胸を膨らませていく。


 視線の先にはファルシードの背中と、メインマスト、そして眩いばかりの光が見える。

 まだ見ぬ新しい世界への期待と不安に、鼓動は高鳴る一方だ。


 ――もしかしてファルは、使命を恐れる私を安心させるために『普通に慣れろ』なんて言ったのかな。

 そんな思いが頭をよぎる。



 多くを語らない彼の真意は、恐らく誰にもわからない。

 だが、彼に対する苦手意識は、ずいぶんと薄くなってきていた。


 新しい世界は不安だけど、ライリー団長もいる。ファルもいる。きっと大丈夫――


 リディアは甲板に降り注ぐ光を見つめながら、破顔する。

 塩辛い風を肺の深くまで吸いこんだあと、凛と胸を張り、彼の後ろをついて歩いたのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] イラストはほんわかかわいい、文章はしっかり堅実。さきさん多彩! まだまだ冒頭ですが、健気なリディアやファルを見守っていきたいと思いますー!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ