衝撃は続く
「よォし、レイラの娘! これで今日からお前さんも、フライハイトの一員だ……って、そういや名前も聞いてなかったなァ」
ひげ面の男は堂々たる態度で歩み寄ってくるが、リディアはぼんやりと立ちつくしていた。
盗賊団の一員になるという事態を、どう捉えれば良いのかわかりかねていたのだ。
「お前さんは、何も心配しなくていい。おれは、レイラの恩義に報いたいだけだ。信じてくれ」
まっすぐに見つめてくる瞳は澄んでいて、とても嘘を言っているようには見えない。
リディアが静かにうなずくと、ひげ面の男は安心したように、ほっと息を吐いた。
「おれは船長のライリー・バレット。あっちの無愛想なのは二番手、ファルシード・クロウ。見た目はキツそうだが、悪いヤツじゃない。ああ、そうそう。おれはフライハイトの団長でもあって……」
「だ、団長!?」
リディアは、丸まっていた背すじを勢いよく伸ばした。
薄々そうではないかと感じていたものの、まさか本当にこの男が盗賊団の団長をしているとは思わなかったのだ。
――嘘でしょう……! 噂と違いすぎる。
リディアは、ライリーとファルシードを交互に見つめる。
繰り返し見たところで、ファルシードよりも背が低いという事実は変わらない。
――お腹を出していびきをかき、部下から叱られていたこの人が……団長?
酒瓶の転がるやかましい音も手伝って、ひどい頭痛がしてきそうだ。
「おう、急にどうした。二メートル超えの大男が団長をしているという噂話を本気で信じてたわけじゃないだろう?」
くつくつとライリーが笑う。
「ええと、その……信じて、ました」
冷静に考えれば、二メートルの男など滅多にいるはずがないとわかったはずなのに――と恥ずかしさのあまり、リディアはうつむき、熱が増していく顔を両手でおおった。
「フン、まさか金の船で、乗員千人ってのも、信じてるんじゃねェだろうな」
盛大な勘違いをファルシードに鼻で笑われ、耳まで真っ赤に染まり上がる。
「ううぅ……信じてました」
いたたまれなくなってしまったリディア。
そんな彼女を慰めるように、ライリーは肩にそっと手をあててきた。
「お前さんには悪いが、おれの身長は見ての通り。それに、この船もそこらの貿易船と形は変わらねぇんだ。夢を壊して悪かった。それで、そろそろお前さんの名前を教えてくれないかい?」
ゆったりとした声に落ち着きを取り戻したリディアは、ライリーをまっすぐに見つめる。
リディアの黄緑色の瞳からは、怯えや緊張の色は消失しており、真剣さだけが溢れていた。
危険を顧みず、救い出してくれたライリーに、きちんと向き合わなければならないと思ったのだ。
リディアは背すじを伸ばして、堂々とこう言った。
「私の名はリディア。姓はハーシェルです」
「リディア、か。素直そうでいい名だ」
ライリーは、もっさりとしたひげを手ぐしで梳かしながら微笑む。
少しも偉ぶらない態度に、情に厚く度量が広い……小さいけれど大きな男だ、と、そう思った。
ライリーに希望の光を感じたリディアは、柔らかく口角を上げて、深々と頭を下げた。
「ライリー団長、ありがとうございます。ご恩を返すため、私にできることは何でもします」
「そうさな。この船には客人なんてもんは存在しない。働かざる者食うべからず、だ。近々お前さんの係分担表を作ってやるよ、アイツがな」
ライリーは、後方にいるファルシードを指し示し、大口を開けて笑う。
一方のファルシードは不機嫌そうな顔で、小さくため息をついていた。
「よォし、リディア。仲間となったからにはお前さんに部屋をやるぞ……ってああ。男所帯だから悩みどころだな。どいつもこいつも女に飢えてやがる。いくらおれの宝だから手を出すなと言ったところでなぁ……」
「女がいることで風紀は乱れ、余計な争いが生まれる……だろうな」
ファルシードは呟くように言い、リディアを睨み付けてくる。
“女に飢える”という物騒な言葉にリディアの顔は途端に引きつり、身体も強張っていく。
彼女のこれまでの毎日は、庭の植物を育てたり、近所の家畜の世話をしたり、編み物をしたりという平和なものだった。
護身術など、当然身につけてはいない。
自分の身は自分で守れ、なんて話は到底無理なことなのだ。
頭を抱えるライリーに、ファルシードはさも当然のように人差し指を下に向けて言った。
「ジィサンのこの部屋でいいじゃねェか」
父親ほど歳が離れているとはいえ、さすがに男の人の部屋に住むのは――と、リディアは思い悩む。
「リディアをここに? そういうわけにゃいかんだろ。娘ほどの歳の女を入れてると知られたら、セリーヌに叱られる」
「昔の女を引き合いにだすなっての」
呆れたように息を吐くファルシードに、ライリーは顔をしかめた。
「おれは一途なんだよ、お前とは違ってな」
ケッと不愉快そうな声を出したライリーの言葉には、少しばかりの嫌味が含まれているようにも感じる。
だが、そんな態度も長くは続かず、ライリーは前で腕を組み、考え込む仕草を見せた。
「だが、おんな……なるほど。女、か」
「女が、どうした」
問いかけられたライリーは、にやりと笑う。
その顔は、何かを企んでいるとも思えるような、あくどさが混じるものだった。
「よし、名案が浮かんだぞ。リディア、お前さんはファルシードの女になれ!」
「は!?」
予想外の提案だったのだろう。
ファルシードが、がたりと物音を立てる。
一方のリディアは意味がわからず呆然とし、声を荒げた。
「私が、ファルシードさんの女……って、えええええっ!」