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私に世界は救えません!  作者: 星影さき
第二章 盗賊団フライハイト
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扉の向こうに

 会話を交わすこともなく、二人は歩き続ける。

 リディアはこちらを見ようともしない男の横顔に、ちらと視線を送った。


 精悍(せいかん)で美しい顔をしているのに、それを台無しにするほど言葉遣いが荒く、雰囲気も鋭いこの男。

 だが、港では神官に穏やかな口調で話しかけていたし、礼儀を知らないというわけではないのだろう。


 頭の回転も良いようだし、盗みなどしなくとも普通に働けばそれなりの暮らしが出来そうに思える。


 それなのに、何故盗賊というネラ教会に睨まれるような危険な仕事を選んだのだろう。

 リディアにはそれが不思議でならなかった。


――・――・――・――・――・――・――


 急勾配きゅうこうばいの階段を三、四回ほど上った頃だろうか。

 甲板が近くなってきたようで、廊下にも日の光が射しこんできている。


 ランタンの灯りを消した黒髪の男はこれまでよりも広く明るい廊下を通り、扉の前で足を止めた。

 恐らくこの向こうに、二メートルの巨体を持つという盗賊団の団長がいるのだ。


 リディアは緊張のあまり、ごくりと唾を飲み込んだ。

 心の準備ができるまで待ってほしいと思うが、彼にとってそんなことは知る(よし)もないのだろう。

 乱暴に扉を叩いて、返事もないままドアノブをひねっていく。

 身体を縮こまらせたリディアは、彼の背中に隠れるようにして中へと足を踏み入れた。



「これって、お酒のにおい……?」

 リディアは思わずそうこぼした。

 部屋に入った途端、酔っ払い特有の妙な甘い香りが鼻をついたのだ。



 黒髪の男の背後から、恐る恐る室内を覗きこむ。

 視界に飛び込んできたのは、自分の家とは大きく違う内装だった。


 部屋の中心には海図や羅針盤、砂時計など様々な道具が置かれた大きな机があり、天井からはランタンが吊るされている。

 古ぼけた木の床には数え切れないほどの酒瓶が無造作に置かれていた。

 否、放られていたと言った方が正しいかもしれない。

 船内が揺れるたびに一斉に転がって、うるさいほどの音をたてている。



 ぎょっとしながら視線を部屋全体に戻したところで、リディアは人の姿を見つけ出した。

 部屋の奥のソファに、もっさりとひげをたくわえている男が横になっていたのだ。

 歳は、四、五十歳ほどだろうか。

 寝転んでいるせいで身長ははっきりしないが、小柄なバドに比べると高く、黒髪の男よりは低そうに見える。

 腹には脂肪を蓄えていたが骨格たくましい体躯(たいく)は、いかにも船乗りという印象をリディアに与えた。


 そのひげ(づら)の男はどうやら腹を出したまま眠っているようだ。

 情けなく身体を()いては時折むにゃむにゃと口を動かしている。

 どてっとした腹が上下するたび、豚の鳴き声にも似たいびきが部屋中に響き渡っていた。



「この、クソジジィ」

 黒髪の男はソファの側に立ち、低い声で呟く。

 その姿はまるでひげ面の男を見下(みくだ)しているようにも見えた。


 自分を起こした時のように今回も顔をはたくのだろうか――と、リディアは思っていたが、それはどうやら予想違いのようだ。

 右足を上げた黒髪の男は、靴底でソファを勢いよく蹴りつけたのだ。


 よほど衝撃が強かったのだろう。

 ひげ面の男は身体を大きく震わせて、むくりと上体を起き上がらせた。

「あァ、何だ? 襲撃か」


(ちげ)ェよ。テメェの指示で来たんだろうが。まさかもう、ボケてんじゃねぇだろうな」


「へへ。あいにく、頭はしっかりしてるさ。昨晩のメニューも言える……ってあれ。そういや今朝はメシを食った気がしねぇな」


「……昼間から呑んだくれやがって」

 会話の支離滅裂ぶりに呆れたのだろう。

 黒髪の男は小さく息を吐き出した。


 それを愉快そうに見つめるひげ面の男はソファに腰かけ、大口を開けて笑う。

 その表情からは悪びれる色など一切読みとれない。



 離れた場所に立つリディアは、困惑しながら二人のやり取りを見つめていた。

 団長の元へ行く、と先程黒髪の男は言っていたように思う。

 それなのになぜここに寄り道をしたのだろうか。

 考えてみても全く答えが見つからない。


 噂では、盗賊団フライハイトを束ねる団長は二メートルを超す大男という話だ。

 ひげ面の男は、身長や(とが)められている様子からしても盗賊団の団長にはとても見えなかった。



 あの人は一体、誰なのだろう――

 不思議に思いながら顔を向けていくと、ひげ面の男と視線が重なりリディアは思わず息をのんだ。


 見つめてくる瞳から伝わる感情が崇拝でも怖れでも警戒でもなく、全く別のものだったからだ。

 柔らかく細められた目はなぜか、懐かしい母を思い起こさせた。



 瞳をそらせずにいると、ひげ面の男は穏やかな微笑みを浮かべていく。

 そして、今度は黒髪の男を見上げたのち豪快に笑った。


「ファルシード、ケチくさいこと言うなや。おれァ、やっとレイラとの誓いが果たせて嬉しいんだ。今日くらいは、いいじゃねぇか」


 思いがけない言葉にリディアの身体はぴくりと跳ねる。

 レイラ。それは、彼女が最も大切に想う者の名前。

 辛く厳しい現実の中、レイラのくれた言葉だけがここまでリディアを生かし、救ってきてくれたのだ。 



 こんなところで聞くはずのない名に、リディアは目を丸く見開き、震えた声で尋ねた。


「どうして。貴方はなんで、おかあさんの名前を知ってるの……?」

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