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私に世界は救えません!  作者: 星影さき
第七章 教会の裏側
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見せたくない過去

「ルイスさん、見させてください。巫女のことも世界のことも、もっと知りたいんです」

 前のめりになってリディアが言うと、ファルシードとコーネリアもルイスに視線を送り、うなずいた。


「いいよ、僕の知っていること全部教えてあげる」

 ルイスがにこりと微笑んだ途端、彼の胸元から青い光が溢れだす。


 やがて彼の話通り証たちは共鳴を起こし、部屋いっぱいにまばゆい光が満ちて、耳鳴りに似た甲高い音が響き渡った。


──・──・──・──・──・──・──


 リディアが恐る恐る目を開けると、そこは騎士の町、ブレイズフロルだった。


「あれ、コーネリアさんは?」

 リディアの隣にいるのはファルシード一人だけ。

 コーネリアの姿は見当たらない。


「ここにアイツの気配はない。ルイスの話が正しいとするなら、コーネリアには見せたくない話だったのかもな」


「どうして……?」

 不思議に思うリディアだったが、謎はすぐに解けた。


 遠くから「パパ、待って!」と、聞き覚えのある声がしたのだ。

 リディアとファルシードは顔を見合わせ、急ぎ大通りへと向かった。


 通りに出ると、遠くに幼いコーネリアが見え、父との別れの時を迎えていた。

 リディアたちのすぐそばには神官たちが列をなし、門に向かってゆったりと歩みを進めている。


「ねぇ、ファル。あの子、ルイスさんかな」

 列から外れた銀髪青目の小柄な少年をリディアが指差す。

 一人立ち尽くしていた少年は、コーネリアと彼女の父をまばたきもせずに見つめていた。


「恐らくそうだろう。アイツ、早速嘘か」

 ファルシードが呟く。

 ルイスは先程、十三、四の頃コーネリアと友人関係だった、と話していたが、目の前のルイスの姿はどう見ても十に届かない。


「どうしてそんな嘘ついたんだろう……」

 リディアは、不安げな表情を浮かべ続けている少年に、じっと視線を送った。



「おい、ルイス。列へ戻れ」

 突如、背後から男の声が聞こえてきた。

 現れたのは銀髪の男。

 男に手を掴まれたルイスは、いまにも泣き出しそうな顔で、か細い声を発した。


「ねぇお父様、神の使いや祈りの巫女は本当に幸せな人たちなの?」


 その問いに父親は複雑な表情を浮かべ「二度とその問いを口にするな」と、ルイスを列へ引き戻していった。



 場面は移り変わり、ブレイズフロルでの別れの後、コーネリアの父であるオリバーは馬車に乗せられ、彼の世話役としてルイスが指名されていた。


 広い馬車の中は、オリバーとルイスの二人きり。

 気がついたら彼らの隣にリディアとファルシードは飛ばされ、中の椅子に腰かけていた。



「あの、オリバー様、どうして僕を世話役に……?」

 ルイスが問うと、オリバーは寂しげに微笑む。


「その前に一つだけ、質問をいいかな?」


「ええと……はい、もちろんです」


「君は、どうして神官になりたいと思ったんだい」


 オリバーの問いかけに、ルイスはぱちくりとまばたきをして、無邪気に笑う。


「僕は、たくさんの人の心を救いたいんです。病弱だった僕を、皆がいつも励まして支えてくれていたみたいに」


 少年らしい笑みを向かいで見つめるオリバーは、どこかためらうように口元に力を入れていたが、やがて静かに声を発した。



「そうしたら、私の心も救ってはくれないだろうか。私には君と同じくらいの娘がいてね。君に……」


「え? 何!?」

 リディアが慌てて声を出す。

 まだ話の途中だというのに、耳鳴りに似た音が響き渡ったのだ。


「これ以上は見せたくない。そういうことだろう」

 鳴り響く音がやかましい、とばかりにファルシードが耳を押さえて話した。



──・──・──・──・──・──


「ん……」

 まばゆい光と耳鳴りとでリディアは一度気を失ってしまい、目覚めるようにゆっくりとまぶたを開けた。

 辺りは暗く、あちこちでランタンの灯りが揺らめいている。


 今度は、見知らぬ森に飛ばされたようだ。

 リディアのそばには大きなテントのようなものが張られ、そのまわりで神官たちが食事をしていた。


「ここ、どこだろう?」

 リディアは隣にいるファルシードに問いかける。


「俺にもわからねェ。まずはルイスを探すぞ。アイツのそばにコーネリアもいるかもしれない」

 ファルシードは辺りを見渡し、テントへと歩みを進める。

 見える範囲にはルイスの姿がないため、ここが一番怪しいと思ったのだろう。


 中に入ると、そこにいたのは二十歳はたち過ぎほどのルイスと、三十手前ほどで地味な見た目をした細身の女、そしてコーネリアだった。


「あなたたち、どこ行ってたの? 離ればなれになっちゃったから、どうしたのかと思って」

 コーネリアは立ち上がり、リディアとファルシードの元へと駆けてきた。


 コーネリアが無事だったことに、リディアはほっと安堵のため息を吐き出して笑う。


「私たちは……」

 そう言って、リディアは慌てて口をつぐんだ。

 ルイスにとって、先ほどの過去は恐らくコーネリアに知られたくないと思うもの。勝手に話して良いのだろうかと悩んだのだ。


「このあたりの森をさ迷っていた。少し離れたところに飛ばされたんだろう」

 ファルシードの助け船に、リディアは顔を上げて大きくうなずいた。



「そうだったのね。再会できて安心した」

 コーネリアが、にっと歯を見せて笑う。


「ここは?」

 ファルシードがテントの中を見渡し、問いかける。

 物が少なく、すっきりとしているところを見ると、野宿用に張られたテントのようだった。


「あの人、たぶん祈りの巫女で。神官たちが最果ての地へ護送している最中みたい」

 コーネリアが黒髪の女を指差す。


 女は品良くあしを揃えて座っており、ルイスをまっすぐに見つめていた。



「イレーネさん。どうしたの? 眠れない?」

 ルイスがゆったりと声をかけると、イレーネと呼ばれた女はうなずいて、花が開くようにきらきらとした笑みを浮かべた。


「ルイス様、ごめんなさい。教典のお話をまた聞かせていただきたくて呼ばせてもらったの。ああ、もうすぐネラ様のお側に行けるのね。楽しみだわ」


 三人は思わず無言のまま目を丸くした。

 自ら生け贄を志願するなど、考えられなかったのだろう。

 同じように思ったのか、ルイスも複雑な表情を浮かべていた。



 教典を開くルイスを見つめながら、コーネリアがぽつりと呟く。


「私たちは、親がちょっと変わり者だったのかもね……洗脳されていたら、あのひとみたいになっていたのかも」


 リディアは左胸の証のあたりにそっと手を当てて母を想い、小さくうなずいた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 役目が来た、という事は、子どもも産んで存在しているはずだよね。 それでもネラ様のところに行ける喜びの方が大きいっていうのは、相当だよねぇ……。 旦那さんも都合の良い人をあてがわれて、子育ても…
[一言] 神のために殉ずることが当然とされる世界で、そういう風に教育を受けたら、喜んで身を差し出すのが普通ですよね。 リディアたちが例外だったという話。 教会の欺瞞には怒りが湧きますが、すべての信…
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