見せたくない過去
「ルイスさん、見させてください。巫女のことも世界のことも、もっと知りたいんです」
前のめりになってリディアが言うと、ファルシードとコーネリアもルイスに視線を送り、うなずいた。
「いいよ、僕の知っていること全部教えてあげる」
ルイスがにこりと微笑んだ途端、彼の胸元から青い光が溢れだす。
やがて彼の話通り証たちは共鳴を起こし、部屋いっぱいにまばゆい光が満ちて、耳鳴りに似た甲高い音が響き渡った。
──・──・──・──・──・──・──
リディアが恐る恐る目を開けると、そこは騎士の町、ブレイズフロルだった。
「あれ、コーネリアさんは?」
リディアの隣にいるのはファルシード一人だけ。
コーネリアの姿は見当たらない。
「ここにアイツの気配はない。ルイスの話が正しいとするなら、コーネリアには見せたくない話だったのかもな」
「どうして……?」
不思議に思うリディアだったが、謎はすぐに解けた。
遠くから「パパ、待って!」と、聞き覚えのある声がしたのだ。
リディアとファルシードは顔を見合わせ、急ぎ大通りへと向かった。
通りに出ると、遠くに幼いコーネリアが見え、父との別れの時を迎えていた。
リディアたちのすぐそばには神官たちが列をなし、門に向かってゆったりと歩みを進めている。
「ねぇ、ファル。あの子、ルイスさんかな」
列から外れた銀髪青目の小柄な少年をリディアが指差す。
一人立ち尽くしていた少年は、コーネリアと彼女の父をまばたきもせずに見つめていた。
「恐らくそうだろう。アイツ、早速嘘か」
ファルシードが呟く。
ルイスは先程、十三、四の頃コーネリアと友人関係だった、と話していたが、目の前のルイスの姿はどう見ても十に届かない。
「どうしてそんな嘘ついたんだろう……」
リディアは、不安げな表情を浮かべ続けている少年に、じっと視線を送った。
「おい、ルイス。列へ戻れ」
突如、背後から男の声が聞こえてきた。
現れたのは銀髪の男。
男に手を掴まれたルイスは、いまにも泣き出しそうな顔で、か細い声を発した。
「ねぇお父様、神の使いや祈りの巫女は本当に幸せな人たちなの?」
その問いに父親は複雑な表情を浮かべ「二度とその問いを口にするな」と、ルイスを列へ引き戻していった。
場面は移り変わり、ブレイズフロルでの別れの後、コーネリアの父であるオリバーは馬車に乗せられ、彼の世話役としてルイスが指名されていた。
広い馬車の中は、オリバーとルイスの二人きり。
気がついたら彼らの隣にリディアとファルシードは飛ばされ、中の椅子に腰かけていた。
「あの、オリバー様、どうして僕を世話役に……?」
ルイスが問うと、オリバーは寂しげに微笑む。
「その前に一つだけ、質問をいいかな?」
「ええと……はい、もちろんです」
「君は、どうして神官になりたいと思ったんだい」
オリバーの問いかけに、ルイスはぱちくりとまばたきをして、無邪気に笑う。
「僕は、たくさんの人の心を救いたいんです。病弱だった僕を、皆がいつも励まして支えてくれていたみたいに」
少年らしい笑みを向かいで見つめるオリバーは、どこかためらうように口元に力を入れていたが、やがて静かに声を発した。
「そうしたら、私の心も救ってはくれないだろうか。私には君と同じくらいの娘がいてね。君に……」
「え? 何!?」
リディアが慌てて声を出す。
まだ話の途中だというのに、耳鳴りに似た音が響き渡ったのだ。
「これ以上は見せたくない。そういうことだろう」
鳴り響く音がやかましい、とばかりにファルシードが耳を押さえて話した。
──・──・──・──・──・──
「ん……」
まばゆい光と耳鳴りとでリディアは一度気を失ってしまい、目覚めるようにゆっくりとまぶたを開けた。
辺りは暗く、あちこちでランタンの灯りが揺らめいている。
今度は、見知らぬ森に飛ばされたようだ。
リディアのそばには大きなテントのようなものが張られ、そのまわりで神官たちが食事をしていた。
「ここ、どこだろう?」
リディアは隣にいるファルシードに問いかける。
「俺にもわからねェ。まずはルイスを探すぞ。アイツのそばにコーネリアもいるかもしれない」
ファルシードは辺りを見渡し、テントへと歩みを進める。
見える範囲にはルイスの姿がないため、ここが一番怪しいと思ったのだろう。
中に入ると、そこにいたのは二十歳過ぎほどのルイスと、三十手前ほどで地味な見た目をした細身の女、そしてコーネリアだった。
「あなたたち、どこ行ってたの? 離ればなれになっちゃったから、どうしたのかと思って」
コーネリアは立ち上がり、リディアとファルシードの元へと駆けてきた。
コーネリアが無事だったことに、リディアはほっと安堵のため息を吐き出して笑う。
「私たちは……」
そう言って、リディアは慌てて口をつぐんだ。
ルイスにとって、先ほどの過去は恐らくコーネリアに知られたくないと思うもの。勝手に話して良いのだろうかと悩んだのだ。
「このあたりの森をさ迷っていた。少し離れたところに飛ばされたんだろう」
ファルシードの助け船に、リディアは顔を上げて大きくうなずいた。
「そうだったのね。再会できて安心した」
コーネリアが、にっと歯を見せて笑う。
「ここは?」
ファルシードがテントの中を見渡し、問いかける。
物が少なく、すっきりとしているところを見ると、野宿用に張られたテントのようだった。
「あの人、たぶん祈りの巫女で。神官たちが最果ての地へ護送している最中みたい」
コーネリアが黒髪の女を指差す。
女は品良く脚を揃えて座っており、ルイスをまっすぐに見つめていた。
「イレーネさん。どうしたの? 眠れない?」
ルイスがゆったりと声をかけると、イレーネと呼ばれた女はうなずいて、花が開くようにきらきらとした笑みを浮かべた。
「ルイス様、ごめんなさい。教典のお話をまた聞かせていただきたくて呼ばせてもらったの。ああ、もうすぐネラ様のお側に行けるのね。楽しみだわ」
三人は思わず無言のまま目を丸くした。
自ら生け贄を志願するなど、考えられなかったのだろう。
同じように思ったのか、ルイスも複雑な表情を浮かべていた。
教典を開くルイスを見つめながら、コーネリアがぽつりと呟く。
「私たちは、親がちょっと変わり者だったのかもね……洗脳されていたら、あの女みたいになっていたのかも」
リディアは左胸の証のあたりにそっと手を当てて母を想い、小さくうなずいた。