君が好きだから
「律教だと……そんなヤツがどうして」
ファルシードが唸るような声を出し、眉をひそめた。
神職の家に生まれ、地位も得たルイスの将来は約束されたようなもの。
それなのに教会に背くなど、正気の沙汰ではない。
ファルシードがいぶかしく思うのも当然のことだった。
ルイスは苦々しく微笑み「長くなるし、人目もあるから」と中に通してきて、促されるままリディアたちは席に着いた。
「僕はね、聖職者だけど、純真なわけでも無垢なわけでもない。教会を裏切ってでも欲しいものがあるんだ」
「欲しいもの?」
リディアとコーネリアが同時に声を発し、首をかしげる。
「そう。欲しいものは……」
ルイスはゆったりと右手を前に出し、「君だよ」と向かいのコーネリアを見つめながら言い放った。
「へ!? 私? ちょっと、え? なんでよ! 私たち初対面で……って、ん? 初対、面?」
困惑するコーネリアに、ルイスは首を横に振り寂しげに笑う。
「はじめましてじゃないよ。まだ十三、四くらいの頃かな、ブレイズフロルにいたのは一年だけだったけど。その間、何度も話したでしょう?」
「何度も話した? 変わり者の神職で、名がルイス……って、もしかして、あー! あのちびっこのルイス!!」
コーネリアは椅子から跳ねるように立ち上がり、「成長期って恐ろしい」とぶつぶつと独り言を呟き、一方のルイスは、ほっとしたように目を細めた。
「やっと思い出してくれた。コーネリア、あの頃うっすら恋してたロンの話をいつも報告してくれてたよね? こっちは聞きたくもないのに、毎日毎日飽きもせず」
「そんな昔の話やめてってば! だけど……いまの話聞いて、なんだかいろいろ納得したわ」
「コーネリアさん?」
リディアが不思議そうに見つめていくと、ファルシードも合点がいったのかなるほどと、うなずいた。
わけがわからないリディアは一人、むっと口を曲げて考え込む。
すると、向かいのファルシードが呆れ笑いをするように小さく息を吐いた。
「引っ掛かる話だとは、思っていた。あの教会がコーネリアにだけ特例を設けて、結婚の猶予を許すなんざおかしいと」
コーネリアは険しい表情を浮かべ、こくりとうなずく。
「それに、騎士団で持ち上がった暗黒竜討伐の計画。最後の最後で棄却されたけど、途中までやけにスムーズに話が進んでいて。それも変だと思っていたのよ」
三人の視線がルイスへ向かうと、彼は柔らかく口角を上げてうなずいた。
「どちらも騎士団長と僕が計画したことだよ。彼とは目的が同じだったし、ずっと秘密裏に連絡をとって、話を進めてたんだ。それに、僕は君の婚約者候補に自薦もしてた。だけど……」
にこやかだったルイスの表情が途端に沈んだものへと変わって言い淀む。
そのまま彼は、重そうに口を開いた。
「討伐計画もお役目の猶予も白紙に戻り、僕も婚約者候補として失格の烙印を押された。婚約者は、教会にとって与しやすい者を選んでいるようでね。巫女を守ろうとするような者は選考外らしくって」
「ルイス、貴方どうしてそこまでして……」
コーネリアが怪訝な顔で尋ねる。
「君が好きだから、というのは理由にならない? それにね、教会は大きな嘘を抱えているんだ。民が知ったら、大混乱に陥るような、ね……君たちが望むのなら、全部見せてあげるよ」
ルイスは、自身のシャツの前身頃をぐいっと引っ張り、証を露出させた。
胸元で青く光る水の模様をじいっと見つめたリディアは、呟くように尋ねる。
「もしかして……証の共鳴、ですか?」
「知っているなら、話が早いね」
「だが、こっちでコントールできた試しはなく、毎度勝手に発動しやがる」
ファルシードが眉間にしわを寄せると、コーネリアも彼とリディアに視線を送り、口を開いた。
「それに、過去を見られる人と見られない人がいるみたいだし……」
見つめられたリディアも、こくりとうなずく。
コーネリアはリディアの過去は見ることができても、ファルシードのそれを見ることは叶わなかったらしい。
共鳴には何か条件があるのかもしれない、と二人は以前話していたのだ。
「確かに、共鳴には条件があるね。見る側が“相手を知りたい”と思い、見せる側が“この相手になら知られてもいい”と思わなければならない。誰にでも起こるものじゃないんだ」
ルイスの言葉に、リディアの胸がとくんとわずかに動く。
あのファルシードが、少しでも自分のことを受け入れてくれていたことがわかり、喜びを感じたのだ。
ちらとファルシードを見やると、紫の瞳と視線が重なってリディアの鼓動は大きく跳ねる。
照れてしまったリディアは慌てたようにうつむいて、視線をそらした。
「ふぅん、なるほど。そういうことね」
コーネリアもにやついた顔でファルシードを見つめ、一方の彼は面倒そうにため息を吐き出していた。
ルイスは三人の様子に首をかしげていたが、リディアとファルシードを交互に見つめ、にこりと微笑む。
「仲が良さそうで、なにより。さ、どうする? 僕は見せても見せなくてもどっちでもいいけど」