旧い友人
「へぇ、なかなか素敵な町ね」
コーネリアが辺りを見渡し、嬉しそうに笑んだ。
アクアテーレは、かなり規模の大きな港町。
潮の香りが微かに漂ってはくるものの、未だ海の姿が見えてこない。
その代わりに、町には水路が蜘蛛の巣のごとく張り巡らされており、ところどころで噴水が飛沫をあげていた。
「皆、無事に着いているといいけど……」
リディアが表情を曇らせて呟く。
教会の船に遭遇したフライハイトの仲間がどうなったのか、現在もわからないまま。
無事だと信じたい一方で、教会の残酷な一面を知りすぎてしまったリディアは不安を隠しきれずにいた。
「……船を探しに行くぞ」
ファルシードも仲間の安否が気にかかっているようで、険しい表情を浮かべて港方向へと歩きだした。
──・──・──・──・──・──
港町だけあってアクアテーレは賑やかで活気があり、船乗りや旅人らしき者もかなり多い印象だ。
これならよそ者も目立ちにくいだろうとリディアが安心していたのもつかの間、彼女の袖を何者かが引っ張ってきた。
「え……?」
びくんとリディアは身体を震わせ、恐る恐る振り向く。
そこにいたのは、腰の曲がった見知らぬ老婆だった。
「アンタたち、旅人だろ? 宿を探しているんならウチへおいでよ、安くするからさ」
宿の女主人なのだろうか。
老婆は、にやっと不気味な笑顔を見せてきて、リディアは恐れから思わず身をすくませた。
「結構よ。悪いけど、もう宿はとってあるの」
コーネリアは微笑む顔を見せたが目は笑っておらず、一方のファルシードは「そいつから手を離してくれ」と不愉快そうに眉を寄せている。
それでも老婆は退く様子を見せず、むしろ逃がすまいとリディアの腕を強くつかんできて、声を荒らげてきた。
「この町の宿賃は高いだろう? だから、ウチにおいでってば!」
あまりにも必死な姿にリディアは後ずさりをし、老婆から鋭い目で睨まれた。
ただの客引きにしては、明らかにおかしい。
困惑したリディアがうろたえながら老婆を見つめていくと、通りから静かな足音が近づいてきて、ふっと影ができた。
「ねぇバーバラさん、手荒なことはやめましょ。もし、友人が何かしてしまったのなら、僕が代わりに謝るので」
穏やかな男の声にリディアが顔を上げると、銀髪青目の若い男がにこやかに微笑んでいた。
「え、あの、ルイス様……? ご友人なのですか……?」
老婆は途端に勢いをなくし、ルイスと呼ばれたやや線の細い色白の男を見つめた。
二十歳過ぎほどに見えるルイスは、質のよさそうな服をまとい、“様”と敬称をつけられている。
ゆったりとした動作にも上品さが漂っているところをみると、恐らくは地位のある者なのだろう。
老婆から“この者たちは友人なのか”と問われたルイスは、目を柔らかく細めて頷いた。
「彼女たちは、旧い友人でね。久々に会う約束をしていたんだ」
全くといいほどに状況がつかめないリディアは、ちらとファルシードに視線を送る。
すると、彼は口元を掻くような仕草を見せながら“シィ”と一瞬だけ人差し指を唇にあてていく。
黙っておけ。そういうことだとリディアは判断し、怯えず普段通りに振る舞おうと努めた。
老婆はリディアたちを選別するように見渡してきた後、ほっと安心したようにため息を吐き出した。
「ああ……申し訳ございません。どうやら、とんでもない勘違いをしていたようです。不快な気分にさせてしまいました」
「こちらも旅の疲れが溜まっていたもので、申し訳ない」
深々と頭を下げる老婆にファルシードも謝罪をしていくと、老婆は失態を誤魔化すように笑い、再び口を開いていく。
「よく考えれば、噂の悪魔たちがこんなに早く来るはずはないのに。私ってば何てことを……」
その言葉に、思わず息が止まったリディアの顔面は血色を失っていた。
噂の悪魔とは間違いなく、巫女の使命を恐れて逃げ出したリディアのことだ。
この女はリディアの背格好を見て、脱走巫女の可能性があると判断してきたのだろう。
ルイスはリディアと老婆の間に割って入るように立ち、老婆の肩を優しく叩いてあっけらかんと笑った。
「バーバラさん、大丈夫だからそんなに気にやまないで」
「ルイス様、本当に申し訳ございません」
「何も問題はないから、早く帰っておあげ。きっと、コビーさんも待ってる。では、また明日の朝にね」
ルイスは老婆に手を振って別れを告げる。
老婆の姿が見えなくなった頃、彼の背中から深いため息の音が聞こえた。
「はーびっくりしたなぁ、もう……」
「お前、何者だ?」
ファルシードがピリピリとした威圧感を発し、コーネリアも剣の柄にそっと手をかけている。
リディアも、まだ不完全とはいえ防御に向く魔法を放てるよう、左胸に手を近づけた。
警戒されているのを感じたのだろう。
ルイスはリディアたちに向き直り、苦笑いを浮かべながらシャツのボタンを外し、前身頃をわずかに開いた。
「心配しないでいいよ、敵じゃないから」
左胸に輝いていたのは、青い水滴と波紋のような模様。
一瞬だけ見せられたそれは間違いなく、何らかの“証”だった。
1ページ目のキャラ紹介イラスト、少しずつ更新しています。