悲劇のヒロインからの脱却
前回更新できないかもとあとがきに書きましたが、どうにか間に合いました!
『フン、悲劇のヒロイン気取りか』
悲嘆に暮れるリディアは、かつてファルシードに言われた嫌味をふと思い出し、苦々しく笑った。
──本当にそう。あれからずっと、変わらず悲劇のヒロイン気取り。こんな状態じゃ、ごっこ遊びと言われて当然だ……
何の覚悟もないまま想いを伝えようとしたことを後悔し、リディアはきゅっとこぶしを握りしめる。
リディアは以前“最期の時に後悔しないよう、大切な人たちの側に居続けたい”と団長に話したが、その想いはいまも変わってはいない。
とはいえ、このままではファルシードの隣にいることを許されたとして、不安や恐れを抱くリディアが彼を困らせ、互いに傷つけあうのは必至だ。
──目をそらさずにちゃんと向き合わないと。ファルのこと、私のこと、過去や未来のこと、ぜんぶ。
もう、寄りかかってばかりじゃいられない。強くなるんだ。“今度は私が貴方を支える”そう胸を張って言えるくらいに。
決意したリディアは、目に光を取り戻して顔を上げた。
いつまでも膝を抱えて不幸を嘆いたところで、誰も何も変えてはくれない。
未来を変えたいと願うなら、自ら行動を起こさなければならないと、リディアはその身をもって知っていたのだ。
「コーネリアさん、お話聞いてくれてありがとうございました」
リディアが微笑みかけると、先程までとは違う表情に違和感を抱いたのだろう。
コーネリアが不思議そうに首をかしげている。
「ん、もう大丈夫なの?」
「はい。私、強くなります。ファルから“ずっと隣にいて欲しい”ってそう思ってもらえるように」
悲しい現実と向き合うことがどんなに辛く苦しくても、逃げたりなんかしない。
そう覚悟を決めたリディアは、乗船の日までに“終わり迫る恋”について自分なりの答えを見つけ、想いを彼に伝えようと心に誓ったのだった。
──・──・──・──・──・──
翌朝、朝食をとりにリディアとコーネリアが食堂へ行くと、ファルシードはまるで何事もなかったかのように接してきた。
恐らく彼は、昨晩のことは全てなかったことにするつもりなのだろう。
リディアはそれに寂しさを感じつつ、彼にそういう態度をとらせてしまったのは自分なのだということも理解していた。
ファルシードにとっては、昨日のリディアの沈黙が答え。
先が短い者との恋は難しい、と捉えられてしまっても仕方のないことなのだ。
「ねぇ、ファル」
リディアは、一足先に食事を終えて部屋に戻ろうとしたファルシードを呼び止める。
「なんだ」
「昨日の話の続き、また船に乗る日まで待ってもらえないかな……?」
振り返ってきた彼はいつもと変わらない様子だったが、リディアがそう言った途端、眉間にしわを寄せ、うんざりした様子を見せてきた。
「その話はもう終わ……」
「終わってないよ。私が終わらせたくないの」
紫の瞳をまっすぐに見つめ、リディアは言い放つ。
じっとリディアを見つめ返してきたファルシードは深く息を吐いて、「好きにしろ」とだけ言って去っていった。
一行は、祭の浮かれ気分がまだ村に残っているうちに、アクアテーレへと旅立った。
ラコルト村を出て以来、どことなくだが三人の空気はぎこちない。
会話も一切ないままどこまでも続く平原を、リディアとファルシードを乗せたノクスと、コーネリアを乗せた馬とが駆けていく。
やがて、ぎくしゃくした空気に耐えかねたのか、コーネリアが口を開いた。
「そういえば、あなたたちの仲間って、どんな人たちなの? 表向きは交易商で、裏稼業は盗賊ってことしか聞いてない気がするんだけど」
「どんな人……」
リディアは目の前でひょこひょこ揺れるノクスの冠羽を見つめながら考え込む。
すると、リディアの真後ろからファルシードの淡々とした声が聞こえてきた。
「のんだくれのジィサンに、お調子者のチビすけ、色ボケ優男に、筋肉野郎、あとは小姑航海士」
悪意溢れるファルシードの物言いに、リディアは苦笑いを浮かべることしかできない。
「何それ……変人しかいないじゃない!? それホントなの?」
コーネリアに話を振られたリディアは、何と返したらいいものかと考え込んで口を開く。
「ええと、さすがにちょっと言い過ぎのような……?」
「間違ってねェだろうが。違うんなら、どこが違うか言ってみろよ」
ファルシードはどこか楽しげにそんなことを言ってきて、リディアは“ホント意地悪な人!”と口を曲げていく。
毎度のようにからかわれて腹立たしい気持ちはあったリディアだが、以前のように話せるようになったことにホッと安堵の吐息をこぼした。
それからは、ぎくしゃくした空気になることは一度もなく、一行は幾日かの旅を終えて港町アクアテーレへとたどり着いた。