想いを伝えるとき
広場には賑やかな音楽が鳴り渡り、食欲をそそる甘辛い香りが漂っていた。
一角には受付らしきものがあって、女性たちに白い花を手渡している。
リディアもそこで花をもらい、まじまじとそれを見つめた。
バラに似た形だが、金木犀のような甘い香りがする。
リディアには見覚えがないため、この土地特有のものなのかもしれない。
周りの女たちにならい、リディアもそれを髪に差し込んでとめた。
あたりは人でごった返していて、リディアははぐれないようにファルシードのすぐ隣を歩く。
船上では先へ先へと行ってしまう彼だが、いまは少し前を歩いて道を作ってくれているようだ。
リディアもそれに気づいているのに、なぜか“ありがとう”の一言がうまく出てこない。
普段とは違う距離感に彼女が狼狽えているうち、二人は人混みを抜けてしまっていた。
その後も二人は出店の食べ物を食べたり、楽器の演奏を間近で見たりして、祭の夜を過ごしていく。
「また来年も一緒に来れたらいいなぁ」
リディアがぽつりと呟いて微笑むと、ファルシードも「そうだな」と微笑み返してくれる。
何気ないやりとりだったが、彼と未来の約束ができたことが何よりも嬉しくてリディアは人知れずはにかんだ。
祭の夜という浮かれた雰囲気のおかげだろうか。
いつもは孤独を貫く彼の態度も、軟化しているようだ。
「あれ? なんか周りの雰囲気変わったね」
リディアは顔を上げて、きょろきょろと辺りを見渡した。
それまでは陽気な音楽が鳴り、歌いたい者が歌って踊りたい者が踊る、という状況だったのだが、いつの間にやら流れる音楽がしっとりとしたものに変化していたのだ。
中央にいた人々も撤収して、がら空きになったそこへ今度は女たちが飛び出すように集合し、色とりどりの衣装を翻しながら優雅に踊りはじめた。
「わぁ、綺麗! もしかして舞踏会って、こんな感じなのかなぁ」
「いや、どう見ても違うだろ……」
手を叩いて喜ぶリディアにファルシードが苦笑いを浮かべてくる。
それもそのはず、広場の中心で踊っているのは女たちだけで、男たちはそれを囲うように見ているだけなのだから。
「そうなの? 本の舞踏会のシーンにあった“壁の花”って、ああいう感じなんだろうなと思ったんだけど……」
リディアは、踊る女を見つめる筋肉質な男に視線を送る。
一方のファルシードは、リディアの話が笑いのつぼに入ったのか、噴き出すように笑った。
「壁の花ってのは踊りに誘われず、端に立ってる女のことを言うんだ。あんなガタイのいい男を花に例えるヤツはそうそういない」
「そっか、言われてみれば花っぽくはないよね」
リディアもくすくすと笑い、また広場へと視線を送ってすぐに違和感を覚えた。
真剣な顔つきで広場を見つめているのは、若い男ばかり。
遠巻きに眺めている男たちは皆、胸元に花を挿しており、必ずと言っていいほどその隣には花飾りのない女がいた。
どうしてあの人たちは飾りが男女逆についているのだろうとリディアは首をかしげ、やがて一つの結論にたどり着いた。
「ねぇファル。一応恋人同士ってことなら、これ挿しておいた方がいいんじゃない?」
そう言ってリディアは自分の花飾りを外し、そっと彼の胸ポケットに挿し入れる。
恋人がいる場合、男は胸ポケットに花を挿し、相手の女は花飾りをつけないのでは、と考えたのだ。
花を挿し入れた直後ちょうど音楽がやみ、若い男たちは中央にいる女たちの元へと一斉に駆けだした。
「えっ、何? どうしたの……?」
広場が突然騒がしくなってリディアが混乱していると、目を輝かせた小さな女の子が二人を見上げてきて笑うように口を開いた。
「お姉ちゃん! がんばって!」
途端、周囲の視線がリディアとファルシードに一斉に注がれてしまい、リディアはたじろいでうろたえることしかできない。
それを見かねたのか、村人の男が後押しするようにリディアの肩を強く叩いてきた。
「ほら嬢ちゃん、想いを伝えるだけだ。勢いのまま言っちまえ」
その言葉にリディアとファルシードは、ぴくりと身体を震わせた。
“感謝の想いを古い言葉で伝えると、相手に幸せが訪れるっていう伝説があるみたい”
コーネリアは間違いなくそう言っていた。
祭で使う言葉を教えてもらった、とも。
つまり、いまが教わった言葉を伝えるべき時なのだろう。
リディアはそう推測して、口を開く。
「リディア、待て……ッ!!」
ファルシードが止めようとしてきたが時すでに遅く、リディアは教わった言葉全てを口にしてしまっていた。