行きついた先は
「おい、起きろ」
真っ暗な闇の中、ぶっきらぼうな男の声がする。
続いて頬にペシペシとわずかな痛みを感じたリディアは、顔をしかめて小さく唸った。
いつの間にやらリディアは、グリフォンのノクスにもたれかかって眠ってしまったようだ。
昨晩は突っ伏したまま朝を迎え、そこから極度の緊張状態が続いていたわけで。
こうやって気絶するように寝入ってしまったのも無理はなかった。
「相変わらず、色気がねェ」
呆れたような声がして、リディアはもそもそと上体を起こし、まぶたを開けていく。
強くこすって霞みがとれた瞳に映し出されたのは、黒髪の男の姿。
箱の扉は開いていたが、なぜだか外も夜のように暗い。
足元に置かれたランタンの灯りでは箱の中しか照らせておらず、リディアにはここがどこなのか見当もつかなかった。
「ええと……キャプテン、さん?」
「お前の上司になった覚えはねぇんだが」
いかにも不機嫌そうな様子にリディアは困惑し、声を詰まらせた。
――そんなこと言われたって、キャプテンとしか呼べないよ……だって私、貴方の名前を知らないんだもん。
だが、そんな正論を伝えたところで、この男の機嫌がますます悪くなるだけだというのは目に見えていた。
「すみません。私、眠ってしまってたんですね」
リディアがそれだけ言うと、黒髪の男はあごをくいと動かし口を開いた。
「さっさと立て、団長のところへ行くぞ」
――・――・――・――・――・――・――
檻から出たリディアは、黒髪の男の背中を追いかける。
彼のランタンが辺りを柔らかく照らしているが、人の姿はなく見えるのは物ばかり。
座り心地の悪そうな長椅子は脚が固定されており、その奥には巨大な樽や箱が所狭しと置かれている。
もしかすると、ここは倉庫なのかもしれない、とリディアは推測した。
「うわ……!」
足元がゆらりと強く揺れ、バランスを崩して棚に手をつく。
その揺れから、船内にいるということを確信した。
船の中は揺れるものだと、町の者から聞いたことがあったのだ。
恐らく盗賊団の船は、無事に大海原へと出港したのだろう。
波が荒れているのか次第に揺れは激しくなり、リディアの足元はおぼつかない。
どうしてまっすぐ歩けるのだろう。と、よろめくことなく前へ前へと進む黒髪の男を見やる。
あまりの差に、自分の周りだけが夜闇のように暗く足場が不安定なのではないかという錯覚にさえ陥ってしまい、嫌でも心は深く沈んでいく。
ネラ教会か、盗賊団フライハイトか。
究極の二択を迫られたリディアは、盗賊団へと続く道を選びとってしまった。
盗賊団とは、奪うことで生きる集団だ。そんな無法者たちの元へ行くなど、自分はどうかしてしまったのではないだろうか――
そんな思いも沸き上がるが、時すでに遅し。
出港した船に逃げ場など、ない。
そして、これまでネラ教会は、巫女であるリディアの安全を過保護なほどに守ってきていた。
その庇護がなくなるということは、安全の保証は無くなったのと同じこと。
これから何が起こったとしても、自分自身の手で解決していくしかないのだ。
唇を噛みしめ、暗い床に視線を落とす。
この選択が正しかったのかは分からない。
けれど、せめて二メートルもあるという盗賊団の団長が、話のわかる人であってくれ、と強く願った。