リディアとコーネリア
宿は村外れにあるらしく、ノクスを森に放した後、三人は馬をひきながら賑やかな通りを進む。
「秋祭りの日に来れるなんてラッキーね」
コーネリアの言葉に、リディアとファルシードはこくりとうなずいた。
「夜にお祭りなんて、すごく楽しそうですよね」
「ヨソ者も多いようだし、いい隠れ蓑になるな」
「そうよ、だから隠れ蓑にするためにも早く魔力切れ治さないとね。雇われ護衛の設定ならリディアの側にいなきゃだし、祭の夜に閉じ籠るとか不審極まりないから!」
コーネリアは畳み掛けるように言葉を放ち、反論の隙を与えない。
一方のファルシードは疲れもあるのか、生返事でうなずいていた。
彼の身体は心配だが、それでも祭を共に楽しめそうなことにリディアの心は躍り、口角が上がっていくのを抑えられない。
そんなリディアに視線を送ってきたコーネリアは、なぜかにこにこと微笑みながらウィンクをしてきて。
リディアはいけないことをしてしまった子どものように、小さく縮こまった。
――・――・――・――・――・――
ようやく一行は村外れの宿にたどり着き、女二人と男一人は別々の部屋に入り、祭の時間まで自由行動することとなった。
「リディア、お疲れさま。私は旅の汚れを落としたら、ちょっと村を散策してくるわ」
どっかと荷物を置いたコーネリアは、大きく伸びをしながら言う。
「行ってらっしゃい。私は疲れちゃったので休みますね」
リディアは窓際に置かれた椅子に腰掛け、机に吸い込まれていくように突っ伏した。
「あ、そうそう。祭直前の日が沈む頃、絶対この部屋にいてよね」
「もちろんです、一緒にお祭行きましょ」
顔を上げたリディアは穏やかに微笑んだ。
どんな祭なのか見当もつかず、わくわくと心も躍る。
だが、コーネリアはそんなリディアを見て、眉根にしわを寄せてきた。
「一緒? 冗談よしてよ。もうあなたたち二人のオジャマ虫になるのはゴメンだわ。今日はね、ヘタレなアイツが放っておけなくなるくらい、あなたを可愛くするの。それに、作戦会議もしなきゃね」
「ヘタレにオジャマ虫に作戦? どういうことです?」
コーネリアの言いたいことが全くわからない、とリディアは首をかしげて考え込む。
そんなリディアにコーネリアは、うんざりだとでも言うように深いため息をついてきた。
「だって、もう見てらんない。夜中に二人で顔近づけてるわ、昨日だって手は繋ぐわ、休憩場所探して戻ってきたら抱き合ってるわで、それで付き合ってないとか何なの? 好き合ってるなら好き合ってるで、とっととくっついともらわないと、私が困るの!」
「え、ええと、あの、それ全部事故で……」
「ただの事故でそんなに顔赤くして、うろたえるのがどこにいんの!」
おろおろとするリディアの鼻先に、コーネリアは呆れ顔で人差し指を突きつけてくる。
一方のリディアは慌てた様子で、自身の頬の熱を確かめるように両手をあてた。
「そんな赤い、ですか……?」
恐る恐るコーネリアを見ると、彼女はこくりとうなずいてくる。
「かなりね」
その言葉にまたリディアは動揺し、顔どころか耳まで赤く染まり上がった。
恥ずかしさから縮こまってしまったリディアを横目に、コーネリアはピッチャーの水をコップ二つ分注いでいく。
彼女はそれを机に置き、リディアの向かいに腰かけて困ったように微笑みかけてきた。
「ほら、これ飲んで落ち着きなさいな。まぁ、変な宿命背負わされて、恋愛に臆病になるのはわかるよ。私も昔そうだったから」
「コーネリアさん、付き合っている人いるんですか?」
リディアは嬉しそうに身を乗り出して、尋ねる。
巫女として扱われてきたリディアは、誰かと恋の話などしたことはなく、恋や愛は本の中だけの世界。
沸き上がる興味を抑えきれなかったのだ。
そんなリディアの勢いに目を丸くしたコーネリアは、面白そうにくすくすと笑った。
「期待に添えなくて悪いけど、ただの片想い。恋と気づいたときには遅すぎて、好きな人は後輩に告白されて、そのまま仲良くゴールイン。それからずっとひきずって荒れて。ようやく去年抜け出せたとこ」
片想いや恋が実らなかった時の苦しみは、恋愛経験のないリディアにはわからない。
だがそれでも、その悲しみは察するに余りあった。
「コーネリアさん、美人で優しくて頭も良くて強いのに、どうしてなんだろう……。ごめんなさい、嫌な記憶を思い出させちゃって……」
しょんぼりとうつむくリディアに、コーネリアはからからと笑う。
「そんなあからさまに落ち込まないでってば! それに、褒められ過ぎてくすぐったいわ」
「私が男の人なら、コーネリアさんみたいな人を選ぶのに……」
なぜ、他の女性を好きになったのだろう、と、リディアは一人ごちた。
「あはは! それは、あなたが男ならの話でしょ? 腕っぷしや気が強い女はね、結構敬遠されるわよ。好きと言ってくれたロベルトも、あれは尊敬をこじらせていただけだしね」
コーネリアは声をあげて笑う。
だが、リディアは『こうなりたい』と願う憧れの女性よりも他の女性を選んだ男性の心理が、さっぱりわからなかった。
「恋愛って難しいですね……」
「そうね、難しい……って、私のことはいいの! リディア、あなたはちゃんと自分の感情と向き合ったほうがいいわ。自分の心の奥底の本音とね。あとで後悔したくはないでしょ?」
「はい、ご心配ありがとうございます。気にかけてもらえて、すごく嬉しかったです」
「お節介かなとも思ったけど、なんかあなたのこと放っておけなくって。それじゃまたあとで」
コップの水を飲み干したコーネリアは、ひらひらと手を振って部屋を出ていく。
リディアは、もしも自分に姉がいたらこんな感じなのかな、とくすぐったい気持ちになって、ふわりと微笑んだのだった。