風習残る村
一行は魔力切れを起こしたファルシードに負担がかからぬよう、スピードを緩めてラコルト村へ向かう。
“自分たちの魔力を渡す”とリディアとコーネリアは言ったが、ファルシードは首を縦には振らなかった。
触れた手を通じて魔力の受け渡しが可能なことは、昨日彼がリディアを支えてきたときに偶然気がついたばかりのようで。
どうやら彼は、双方に何らかの副作用が起こる可能性を心配しているようだった。
太陽が真上に到達する頃、ようやく森が開けてポツポツと民家が見えてきた。
ラコルト村だ。
村の入り口を前にコーネリアは下馬し、リディアに愛馬を預けてきた。
「ちょっとの間、この子を見てて。祭の時期だしどこも混んでると思うから、宿の交渉してくる」
そう言い残し、彼女はリディアとファルシードを残して町中へ消えてしまった。
「具合は、どう……?」
リディアは、石段に腰かけたファルシードに問いかける。
少しは改善したものの、顔色は未だ優れない。
「だいぶいい」
そう言ってはいるが、疲労困憊といった様子に見えた。
「本当にごめん、私のせぃ……むぐぅ」
情けなさからうつむき、謝罪する途中で、両頬を摘ままれ、言葉を遮られる。
「誰かのミスやできない部分は他がカバーする。まさかもう、忘れたんじゃねぇだろうな。それにリディアがいなければ、山を越える前に全員死んでいただろ」
「船の掟……忘れるわけないよ。ありがとう、早く皆に会いたいね」
「ああ」
柔らかく微笑む彼に、リディアは思わずどきりとして顔が熱くなり、慌てて視線を背けた。
難航するだろうと思っていた宿の交渉は案外スムーズにいったようで、コーネリアはすぐに戻ってきた。
しかも、二部屋も確保してきたらしい。
本人いわく“少し甘えたら、宿屋の主人が部屋を見繕ってくれた”のだそうだ。
満足げに、肩のあたりまで短くなった髪を掻き上げるコーネリアの仕草は色気で溢れていて、同性なのにも関わらず、リディアはどぎまぎとしてしまった。
ラコルト村は丸太造りの家が立ち並び、どこか垢抜けず素朴な雰囲気が漂う村だった。
そんな村では老若男女がせわしなく駆け回り、秋祭りの準備を進めている。
「あの旗……怒られないのかな。たぶん、古代文字だよね……」
リディアは、通りのあちこちに掲げられている飾りを見て不安げに言う。
どの飾りにも模様のような文字が書かれており、堂々と禁忌を破る村人たちに、リディアの困惑は止まらない。
隣を歩くファルシードは、旗に書かれた古代文字を眺めて、口を開いた。
「ようこそ、ラコルトへ。ネラ様ご一行を歓迎いたします……?」
恐らく、古代言語を知るファルシードはそのまま文字を読み上げたのだろうが、それを聞いたコーネリアはただの想像だと思ったようで、声をあげて笑った。
「そう書かれていてもおかしくないかも! 元々ここのお祭りは、ネラが竜退治の旅で通ったことから始まってるから。あれも古代文字なんだろうけど、宗教行事の一つだから問題ないみたい」
「ネラ教の行事なんですか? こういう明るいお祭りはめずらしいですね」
教会の祭といえば、静かで厳かなものが多い。
こんなふうに活気に満ちたものは、リディアには覚えがなかった。
「ずいぶんと古い祭みたいだし、騎士イアンがネラに求婚をした場所だから、めでたい感じにしてるのかもね」
コーネリアが知識を披露すると、聞き覚えのない男の声が背中から聞こえてくる。
「お姉さん美人な上に、博識だね~! あのさ、今夜の祭は俺と過ごさない? 夕飯もおごるよ」
振り返るといかにも遊び人な男がいて、親しげにコーネリアの肩に手を置いていた。
「結構よ。飲みの相手くらい自分で探すわ。馴れ馴れしくない紳士的なのをね」
コーネリアはにっこりとした笑みを浮かべながら、男の手を振り払い言い放つ。
「ありゃ、手厳しいな~! 気が変わったらそこの酒場来てよ。待ってるからさ、じゃあね!」
懲りない男はひらひらと手を振り、去っていく。
面倒そうにため息をこぼすコーネリアを、リディアはじっと見つめる。
金糸のような艶やかな髪も、強く輝くルビー色の瞳も、メリハリのある女性らしい身体も色気も、全て自分にはないものだ。
もしも自分が彼女のように美しくて強く、博識で魅力的な女性であったなら、もっと自分に自信を持つことができただろうか。
孤独な彼にあと一歩、踏み込むことができただろうか。
そんな雑念が泡のようにぷかぷかと浮かんでくるが、それを振り払うように首を横に振った。
コーネリアとファルシードが仲睦まじく寄り添う姿を想像してしまい、胸が苦しくなってしまったのだ。
「断ってよかったのか? 酒豪にゃ、いいカモだろうが」
ファルシードの問いかけに、コーネリアが呆れたように笑う。
「タダ飲みは好きだけど、相手があれじゃせっかくの酒が不味くなる。それに、私の好みは容姿端麗な青目! ここは絶対譲れないからね」
“ブルーの瞳はサファイアのようでたまらない”とコーネリアは熱弁しており、リディアはその言葉にひっそりと安堵の吐息を漏らしたのだった。