本音
辺りに枯れ木がなくなってからも一行は森を駆け抜け、やがてリディアは風の盾を消失させた。
ガスの臭いは未だあるがあまり強くはなく、無事に山を越えられたようだ。
「リディア、お疲れさま! どうなることかと思ったわ」
笑みを浮かべたコーネリアが、馬から降りて駆け寄ってくる。
「私一人じゃ無理だったと思いま……って、ファル!!」
繋がれていた手がすり抜け、背後から聞こえてきたどさりという鈍い音に、リディアは叫ぶようにファルシードの名を呼んだ。
彼は気を失い、崩れるように倒れてしまったのだ。
――・――・――・――・――・――・――
ぐったりとしたファルシードに意識はなく、青白い顔のまま。
コーネリアは二人を交互に見て事の顛末を察したようで、「たぶん、ただの魔力切れよ」と、長く休めそうな場所を探しに出ていってしまった。
「私の、せいだ……」
自身の膝を枕にさせて寝転がらせたファルシードを見つめながら、険しい表情でリディアは呟く。
こんなにも長く盾を持続させられたことはなく、さらには疲れが残っているとはいえ、昨日とは比べ物にならないくらいに楽だ。
恐らく、リディアは彼の魔力を借りて盾を作り、最終的に根こそぎ奪い取ってしまったのだろう。
「また助けられてる」
今度こそ役に立てると意気込んでいた結果が、これだ。
情けなさから唇を噛み締めていくと、眠るファルシードが突然顔をしかめて唸りだした。
この苦しみ方にリディアは覚えがあった。
裁きの証がまた、彼に悪夢を見せているのだ。
夢にうなされる彼が呼ぶのは、決まって両親か恩人であるレオンの名前。
証はいつも、彼の辛い過去を夢として映し出しているのだろう。
「ねぇファル、早く起きて!」
リディアは急ぎ彼の身体を揺すって、目を覚まさせようと試みる。
二人旅の最中に悪夢に襲われる姿を幾度か目撃したリディアは、一度覚醒させることが最良の手と知ったからだ。
「やめろ、レオン! 行くな!」
突然、声をあげたファルシードは目を見開いて飛び起き、慌てたように振り返ってくる。
そして、リディアを見つけた途端、青白く憔悴した顔が安堵したようなものへと変わった。
「今日もまた、悪夢を見たの……?」
リディアが心配そうに問いかけると、ファルシードは両手を伸ばしてきて、ぐんと身体を引き寄せてきた。
強く抱きしめ、肩に顔を埋めてくる彼に、リディアの動揺は止まるところを知らない。
伝わってくる体温も、苦しいくらいの圧迫感も、首元をくすぐってくる髪も、全てがリディアの心を掻き乱してきて、冷静なままでなどいられない。
「頼むから、お前だけはずっと……」
懇願するような声を聞きながら、リディアが両手を彼の背中に回そうとした瞬間、遠くから蹄の音が聞こえてくる。
ファルシードは離れていき、ぼんやりしている頭をはっきりさせようとしているのか、自身の頭をがしがしと強く掻いた。
「悪い、寝ぼけていたみたいだ」
「ううん、気にしないで! 私もたまにベッドから落ちたりするし、よくあることだよきっと!」
何でもないふりをするリディアだが、頭の中の混乱はおさまる気配すらない。
気にするなと言っておきながら、全く気にされないのも寂しいという矛盾した想いも、自ら彼の背中に手を回そうとしたことも、リディアにはわけがわからない。
いや、正確には無自覚のうちに心に蓋をし、わからないふりを続けていた。
いつからか芽生えたこの感情に名前をつけてしまった途端、何かが大きく壊れてしまう。
リディアには、そんな気がしていたのだ。
甘く優しく、それでいてどこか苦く重い感情を抱えたリディアが小さくため息を吐くと同時に、馬を連れたコーネリアが戻ってきた。
「ファルシード、あなた起きて大丈夫なの? って、顔色まだ悪いわね。休めそうなとこ見つけたけど、行けそうかしら」
コーネリアの提案にファルシードは首を横に振り、ノクスがいるほうへと向かった。
「すまない、少し寝たら大分落ち着いた。このまま進もう。町までの時間をかけたぶんだけ、リスクが高くなる」