許可
「駄目だ、魔法の使用は許さない」
答えたのは、ファルシードだった。
「どうして? 私だって、できることがあればしたいよ」
リディアはすがるように言うが、彼は首を縦に振ろうとはしてくれない。
それを隣で見ていたコーネリアも、ムッと口元を歪ませた。
「許すも何も、もうこれしか方法がないんだけど! あー、わかった。アンタあえてこの子に使い方教えてこなかったんでしょ。見た目に反して過保護なのね」
「何とでも言っていろ」
ファルシードは吐き捨てるように呟き、ノクスを連れて森の奥へと足を進めていく。
「ほら、図星だから逃げるんでしょう?」
「薪を探しに行く。ここはもう結界の外、火を焚かないわけにはいかないだろうが」
ファルシードは挑発に乗ろうとせず、深いため息と共に森の奥へと消えていった。
「私なんかに魔法は使いこなせない、って言いたいのかな」
リディアは悲しげにうつむき、コーネリアは首を横に振る。
「付き合い浅いからファルシードのことはよくわかんないけど、違うと思う」
「でも、他に理由が見当たらないです」
自分は信頼されていないのかと、リディアは唇を噛み締めた。
「武器をとるのなら、自分の死も覚悟しなきゃいけなくなる。そこがアイツにとってネックなのかもね」
「え、無力なままのほうが危険だと思いますよ? これまでだってモンスターに襲われるたびに私、足引っ張ってましたもん……」
巨大海蛇や人食い魚、毒を持つ虎など、リディアたちは幾度もモンスターと相対してきた。
特別何ができるわけでもないリディアは、モンスターにしてみれば格好の餌でしかない。
仲間たちに守られていたからこそ無事でいられたが、そうでなければおそらく今ここに立ってはいないだろう。
「うーん、モンスターっていうよりも人に対して……かしら。傷つけた相手や、殺した者の家族が復讐しようとしてくることだって、珍しいことじゃないから」
コーネリアは困ったように笑う。
ひょっとしたら騎士団に所属していた頃、似たようなことがあったのかもしれない。
ふと、リディアはカーティス大神皇と幼いファルシードの姿を思い出した。
レオンの“復讐をするな”という願いが歯止めになっているのか、ファルシードは理性を保っているように見えるが、それがなければ復讐鬼に堕ちていたとしても何ら不思議ではない。
力を持つことは危険を伴うことであり、一歩間違えれば不幸を呼び寄せることだというコーネリアの話は、理解できるように思った。
「それにね、血で汚れた手は二度と元には戻らない。だから、アイツが悩むのも理解はできる。だけど、自衛のためにも力は持つべきだと、私は思うわ」
「私も、守られてばかりの足手まといはもう嫌です……」
しょんぼりと声を落としていくリディアに、コーネリアは呆れたように笑った。
「ま、男なんて、自分勝手でプライドばっかり高いのが多いからね。好きな女は守りたいし、綺麗なままでいて欲しいのよ」
「すき……?」
リディアはきょとんとした顔で首をかしげ、一方のコーネリアは訝しげな視線を向けてくる。
「アンタたち、付き合ってるんじゃないの?」
「ち、ちちち違いますよ!! 同じ船の仲間で上司と部下の関係です!」
「嘘でしょ!? アイツ、手ぇ早そうなのに……案外へたれなのかしら……」
コーネリアは愕然とした様子で何やらぶつぶつと呟いている。
一方のリディアは、寂しげに微笑んで視線を落とした。
「きっと、私に魅力がないんです。それに、コーネリアさんも見ましたよね、ファルの過去。たぶん、人に好かれたくないんだと思います」
「過去? 見えなかったわよ。私が見えたのは、レイラとあなたの過去が少しだけ」
「え、どうしてなんだろう……」
「一回で見える過去は一つの証のものだけなのかもしれないわね」
コーネリアの推測に、リディアはこくりとうなずく。
証には、まだまだ謎なところが多い。
共鳴にも何か条件が必要なのかもしれない。
やがて、ファルシードとノクスが戻ってきて、コーネリアが魔法を使い薪に火を点した。
「便利なもんだな」
揺らめく炎を見つめながらファルシードは呟き、コーネリアは得意気に笑う。
「でしょ。力なんて、使い方次第よ」
三人と一匹は無言のまま炎を囲み、あたりには虫の鳴き声だけが静かに響く。
「……あのね、ファル。私、やっぱり魔法を使えるようになりたい」
意を決して話すリディアを、ファルシードは睨むように見つめてくる。
リディアも負けじと見つめ返すと、彼は観念したのか長く息を吐き出した。
「わかった。だが、これだけは約束しろ。攻撃魔法は人獣問わず、決して放つな」
「うん! わかった!」
ようやく得られた魔法の許可に、リディアは満面の笑みを見せて大きくうなずいたのだった。