しばしの別れ
「リディア、ファル。お願い、私も連れていって」
すがるように頼んでくるコーネリアに、ファルシードは一言だけ呟く。
「……ファルシード」
「へ?」
「リディアと同様、俺も偽名を使っていた。俺の名はファルシード・クロウだ。勝手な行動だけはするなよ」
不敵に微笑むファルシードに、コーネリアも、にっと口角を上げて笑った。
「了解! 足は引っ張らないわ」
三人が団長マティアスのいた部屋へ戻ると、彼は旅に必要な物品をカバンに詰めているところだった。
「話はついたようだね」
吹っ切れた表情のコーネリアを見て、マティアスは微笑む。
「はい。騎士団や民を裏切る形になって、申し訳ありません」
「私が彼らに頼み込んだんだ、気に病むことはない。後のことは、どうにかするよ」
マティアスはコーネリアにカバンを差し出しているが、その表情はどこか固い。
無理もないだろう。
騎士団が独立した組織とはいえ、強大な力を持つ教会に歯向かうわけにはいかない。
逃走したコーネリアを見過ごすわけにはいかず、追跡・捕縛する命令を下さなければならなくなるのは目に見えている。
幸い、目的地は騎士たちに知られてはいないが、進める方向など限られているわけで。
さらには、ひとたび追跡を始めてしまえば、騎士団長とはいえ運を天に任せるしか、出来ることはなくなってしまうのだ。
一礼してカバンを受け取ったコーネリアは、真剣な表情でマティアスを見上げて口を開く。
「団長、私の不在が知られたらすぐに、追っ手を差し向けてほしいの」
「えっ!?」
「コーネリア、お前どういうつもりだ」
リディアとファルシードは驚きを隠せず、問いかける。
なるべく時を稼いでほしいと言うならまだしも、想像だにしなかった依頼に、一同声を失った。
「おい、自棄になるなよ。ラルゴ平野やカロスの森に追っ手なんか出したらすぐ捕まるだろうが」
マティアスは苦笑いを浮かべるが、コーネリアはにこりと微笑み、得意気に胸を張った。
「大丈夫。勝算はあるから。団長や皆に責任を押し付けるわけにはいかないもの」
「本当に大丈夫なんだろうな……お前を教会に突き出す役だけはごめんだぞ」
マティアスをはじめとする不安げな三人に「まかせて」と、コーネリアは大きく頷く。
「わかった、絶対に捕まるなよ」
身軽な服装に着替えたコーネリアと共に、リディアたちは受け取った隠し通路の地図に従って、会議室の本棚を動かしていく。
すると、頑丈な扉が現れて、三人は恐る恐る中へと足を踏み入れた。
マティアスとは、すでに別れの挨拶を済ませていた。
湿っぽいのは嫌いだし、どうせいつかまた会える、と、彼は別れ際もあっさりした様子だった。
三人が無事に逃げ延びると、信じたかったのかもしれない。
ランタンの灯りしかない狭く暗い通路には、足音だけがよく響く。
いくつもの通路が迷路のように枝分かれしていて、地図がなければ目的地にたどり着くことは相当困難なように思えた。
「……さっきの勝算、って何だ」
ファルシードの声が静かに響く。
「町を出たらゆっくり話すわ。この道曲がると厩に出るから一度寄らせて。馬を迎えに行きたいの」
コーネリアの頼みを聞いて、三人は広い通路を通り、厩へと出ていく。
すっかり日も暮れており、人の姿は見当たらない。
厩の奥へと進むと、美しい栗毛の馬が主人の迎えを待っていた。
「モネ、一緒に行こう」
コーネリアはてきぱきと馬の支度を進め、ファルシードもそれを手伝った。
ようやく出立が可能となった時、一つの灯りが見え、続けざまに若い男の声が響く。
「コーネリア様、一体何を……!!」
月明かりの下、愕然とした様子で立っていたのは、コーネリアの部下で赤茶髪の騎士、ロベルトだった。