記憶の断片
耳鳴りに似た音が響き渡り、二人は眩い光に包まれる。
閉じたまぶたを開くと女騎士コーネリアがおり、呆然と立ち尽くしていた。
「なに、いまの……」
「コーネリアさんも、オリバーさんとの過去を見たんですね」
「ええ」
コーネリアは、状況の理解ができていないのだろう。
視線も合わず、放心状態のままだ。
そんな彼女はふと我に返ったのか、慌てたように首を横に振った。
「……って、違う! パパの名前ってことは、あなたたちが見たのは私の記憶? 私のほうは、リディア。あなたの母親の記憶の断片だった」
「お母さんの?」
目を丸くしたリディアの問いかけに、コーネリアはこくりと頷く。
「わかったわ、あなたが全然巫女らしくない理由が」
コーネリアによると、リディアの母レイラは美しい娘で、喜怒哀楽全ての表情を無くしていたのだそうだ。
感情があるのかさえわからないレイラが嫁いだ先は、植物学者の家。
「感情がない? そんなの、おかしいです。お母さんはいつも笑顔で優しかった……」
「そうね。だけど、その頃のレイラは別人のようだった」
うろたえるリディアに、コーネリアは一つ一つゆっくりと語る。
レイラの夫が、相当な変わり者だったこと。
研究ばかりで、妻には興味を示さなかったこと。
“子どもができないふりをして、二年間ここで好きに生きればいい”と彼がレイラに言ったこと。
そして、共に植物を育てて研究し、穏やかな日々を過ごしていくうちに、二人は惹かれ合い、レイラの表情も豊かになっていったことも。
「子どもができなかったレイラには、新たな婚約者があてがわれた。だけど、結婚解消が決まってすぐ、二人の間に子どもができたことが発覚したの。それが、貴女」
「私……?」
「そう。仲睦まじい両親で羨ましいわ、私の親は仮面夫婦だったから」
コーネリアは、苦々しく笑う。
リディアはコーネリアの過去を思い出し、視線を落とした。
「夫、だと……? 父親はいなかったように思うが」
ファルシードは、顎に手をあてて考え込んでいく。
「私もお父さんには会ったことないよ。事故で亡くなったって聞いて……って、まさか!」
リディアは跳ねるように体を震わせ、コーネリアは険しい表情で頷いた。
「彼は妻子と共に逃走する計画を立てていたみたい。だけど、信頼していた部下に裏切られて……教会に密告された」
「コイツの父親の死も、教会の仕業ってことか」
忌々しげにファルシードは舌打ちをし、コーネリアも苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「激昂したハンスとかいう司祭の手によって、彼は崖から突き落とされたの。それも、酔った末の転落事故扱いにされて、人々の記憶にも残らなかったようね」
「司祭様……ひどい……」
リディアは怒りと悲しみとでこぶしを強く握り、唇を噛みしめる。
ハンスはリディアの世話役だった司祭で、狂信的な男だった。
教えを破ろうとしたリディアの父を、容認できなかったのだろう。
「夫を失ったレイラは鬱ぎこんで、悩んでた。娘には生贄は素晴らしいものと教え込んで、心を消滅させたほうが娘のためにはいいんじゃないか、って。だけど……」
うつむいていたコーネリアは顔を上げてリディアを見据え、言葉を重ねる。
「もしも心を失い、夫とあなたとの日々もなかったら、温もりを知らず、生まれてよかったと思えなかった。だから、この子を洗脳するなんて、できない」
コーネリアの声なのに、不思議と母が語りかけてくれているようにリディアは感じた。
「彼女、泣きながらそう言ってた。あなたがいま笑っていられるのは、レイラの決断のおかげでもあるんだと思う」
コーネリアの言葉にリディアは頷きながら涙をぬぐい、鼻をすする。
その隣で柔らかく微笑んでいたコーネリアは、腰に差した剣を一撫でして、空を仰いだ。
「やっぱり私、ここを出るわ。地位も居場所も誇りも全部捨て、裏切り者だと言われても。パパの願いは、騎士として町を守り続けることじゃなくて、私が生き抜くことなんだから」