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私に世界は救えません!  作者: 星影さき
第五章 炎の騎士団
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コーネリアの過去―後編―

「パパ、行ってくるね!」

 幾度も場面は移り変わり、今度は無邪気な笑みを浮かべたコーネリアが、見送りの父に声をかけている。


「ああ、マティアスにもよろしく言っておいてくれ」


「うん! って、え……?」

 扉を開けたコーネリアだったが、父親であるオリバーから腕を掴まれており、振り返る。


「なぁ、これまでの稽古はきつかったか?」

 静かに問うてくるオリバーに、コーネリアは視線をそらして頷いた。


「そりゃ、そうだよな……私も辛かった」


「パパ……?」


「私の願いは、お前が幸せに生き抜くこと。そのための力を、与えてやりたかっただけなんだ。ずっと、辛い思いをさせて、ごめんな」


 オリバーは、コーネリアを強く抱きしめて何度も頭を撫でていく。 

 父親の行動が照れくさかったのか、コーネリアはもぞもぞと身体を動かして抜けだし、笑った。


「変な、パパ。行ってくるね!」


――・――・――・――・――・――・――


「リディア、どうした」

 そっとファルシードが声をかけてくる。

 リディアの表情が強張っていたため、心配になったのだろう。


「たぶんコーネリアさん、そろそろ八歳なの。お別れのときだ。過去のことってわかってても辛いね……」


「そうか……」

 ファルシードも口を閉ざして、視線を落とす。

 二人は押し黙り、苦しげな表情を浮かべていた。



 またも場面は移り変わり、コーネリアは軽快に町中(まちなか)を駆け抜けている。

 すると、突然マーケットの若い店員が声をかけてきた。


「コーネリア様、リンゴお一ついかがですか? 今日は旅立ちの日ですし、お祝いに差し上げますよ」 


 差し出されたリンゴを見たコーネリアは、不愉快そうに眉を寄せた。


「旅立ち、って、パパのことですか? 私の誕生日は明日ですけど」

 コーネリアはリンゴを睨みつけ、神妙な面持ちをしている。

 明日に迫った、父との別れを意識してしまったのだろう。



「オリバー様が一日早く向かいたいとおっしゃっていた、とうかがっていますけれど。本当にあのお方はこの町の誇りです。どうか、ネラ様のご加護を」

 微笑む店員は雪の形のペンダントを握り締めて、静かに祈りを捧げていく。


 一方のコーネリアは目を見開き、跳ねるように(きびす)を返した。


「パパ、どうして……!」

 何度も転びそうになりながら、コーネリアは自宅へと駆ける。



「ママ! パパは、どこ!?」

 壊れそうなほど乱暴に扉を開けたコーネリアは叫ぶように尋ねた。


 キッチンからは甘い香りが漂い、微かに鼻唄も聞こえてきている。

 緊迫した様子のコーネリアとは、ひどく噛み合わない。

 どうやら母親が、菓子を作っているようだった。



「パパはどこ行ったって聞いてるの!!」

 金切り声を上げたコーネリアがキッチンに向かうと、母親はいかにも(わずら)わしそうに振り向いて来て、ため息をついていた。


「いましがた、お役目を果たしに出ていきましたよ」


「ねぇどうしてそんな顔をしていられるの。パパがいなくなっちゃうんだよ!? もう、絶対に会えないんだよ!」


「相変わらず変な子。いなくなるわけじゃないでしょ。あの人は、ネラ様のお側に行けるんだから。あぁ、本当に羨ましい……」


 恍惚とした表情にリディアの胸はえぐられ、涙をこらえた。

 世間の常識からすると、母親の反応は間違ってはいないのかもしれない。

 だが、それでもコーネリアのことを想うと、苦しくて悲しくて。リディアの心はズタズタに裂けてしまいそうだった。



「ママのばか! 大っ嫌い!!」

 涙を溢れさせたコーネリアは、クッキーをひっくり返して家を飛び出した。


「何よ、せっかく作ってやったのに! 本当にかわいくない子!!」

 割れたクッキーが、キッチンに散らばる。

 残された母親がコーネリアを追いかける様子はなく、何事もなかったかのようにクッキーを拾い、菓子作りを続けていたのだった。



――・――・――・――・――・――・――・――


 場面は移り、今度はブレイズフロルの門前に飛ばされた。


 人だかりの中にはマティアスがおり、彼はオリバーを護送する祭服(さいふく)を身に付けた者たちの行列を、ただじっと見つめていた。


「パパ、待って!」

 息も絶え絶えな少女の声が響き渡る。


「コーネリア!!」

 まさか、ここにいるとは思ってもいなかったのだろう。

 オリバーとマティアスの声が同時に聞こえた。



「お願い、いい子にするから! 稽古も頑張るから、行……ッ」

 マティアスが慌てた様子でコーネリアの口を塞ぐ。


「余計なことは言うな。目をつけられる」

 辺りを警戒したマティアスは、声を落として言う。


 だが、知ったことではないとばかりに、コーネリアは暴れ出し、マティアスの手に噛みついた。

 手加減をしなかったのだろう。

 深紅の血が溢れて垂れていくが、それでも彼はコーネリアを離そうとはしなかった。



「コーネリア」

 オリバーが列からはみ出して、やってくる。


 落ち着きを取り戻したコーネリアを前に、オリバーは身体を屈ませてにこりと微笑み、口を開いた。


「騎士団幹部となり、いつまでもこの町を守ってほしい。お前ならきっとできるはずだから……。マティアス、娘を頼むよ」

 囁くようにオリバーは言い、敬礼をするとマティアスも敬礼を返していた。


 コーネリアはマティアスの手を握り、父の言葉に大きく頷く。


 繋がれたマティアスの手とコーネリアの手。

 相当な力で握り合っているのだろう。


 血管と筋とが浮き出ており、駆け寄りたい想いを互いに制止し合っているようにも見えた。



 コーネリアは無言のまま、小さくなっていく父の背中を見送っていた。

 涙も流さず、凛と背筋(せすじ)を伸ばしてまっすぐに。


 だが、父の姿が見えなくなった瞬間、糸が切れてしまったように崩れ落ちた。


 喚くようにコーネリアは泣き出すが、見送りに来ていた町民たちの、割れんばかりの拍手で掻き消された。

 あれは、オリバーとネラ神への祝福の拍手。

 誰もが笑顔で、幸福そうな表情を浮かべている。


 あまりにも落差のある光景にリディアは声を詰まらせ、ファルシードは忌々しげに眉根を寄せた。



 悲しみか、それとも世界への怒りでだろうか。

 目を血走らせ、門を睨み付けたマティアスは、コーネリアをきつく抱き締め、言い聞かせるように言葉を放つ。


 「四年後、入団試験を受けなさい。私も君を守るため、団長になってみせる。父の想いを無駄にはするな」と。

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