コーネリアの過去―前編―
「ん……」
眩い光が消失し、リディアは小さく唸りながらまぶたを開けた。
「過去に飛ばされたみてェだな」
目の前にはファルシードがおり、視線を辿ると、小さな庭に金髪赤目の少女と男が立っていた。
二人とも過去に飛ばされるのは、二回目だ。
幸いなことに、勝手はわかっている。
うろたえることはなく、無言のまま過去を見つめていた。
可憐な少女は剣を握っており、男から剣術指南を受けているようだ。
厳しい言葉で幾度も叱責され、煽りたてられている。
何度も転ばされ、全身が砂と汗にまみれている少女の手はぼろぼろで、血も滲んでいる。
少女はがむしゃらに剣を振り下ろそうとしたが、乱暴に突き飛ばされ、派手に転んでしまった。
「コーネリア、とっとと立て! そんな軟弱な様子じゃ、騎士団入りすら夢のまた夢だ!」
虐待とも思えるほどの指導をする男と、涙を浮かべている少女。
過去のこととはいえコーネリアが憐れで、リディアは顔を背けた。
「もうこんなの嫌! 騎士団騎士団って、パパはいつもそればっかり。どうせ巫女として生きるしかないんだから、放っておいてよ!」
コーネリアが叫ぶように反抗すると、彼はずかずかと歩み寄ってきて、幼い娘の頬を叩いた。
少しの容赦もなかったのだろう。
離れた位置にいる二人の耳にも、その音ははっきりと届いていた。
コーネリアはわんわんと泣きながら、逃げるように家へと戻り、取り残された父親は悲しげな顔で呟く。
「頼むから、そんな悲しいことを言わないでくれよ」と。
リディアとファルシードは複雑な表情を浮かべ、コーネリアの後を追いかけて家の中へと入り込む。
すると、椅子に腰かける母親に抱きつき、大声で泣くコーネリアの姿があった。
だが、母親のほうは泣き喚く娘にさほど興味はなさそうで、本を片手にしながら適当にあやしており、リディアの胸はひどく痛んだ。
――・――・――・――・――・――・――
場面は移り変わり、この日はマティアスがコーネリアの家を訪問していた。
林に向かい、マティアスが剣術指南をしていたのだが、コーネリアは訓練に身が入らず、むすっとした顔をしている。
「今日はもうやめて、少し話さないか? お前の好きなオレンジマフィンも買ってきてやったから」
苦笑いをするマティアスは剣をおさめたあと、紙袋を取り出して倒木に腰かけた。
途端にコーネリアは機嫌を良くしたようで、目を輝かせながら駆け寄り、飛び乗るようにして彼の隣に座った。
マフィンを手渡され、コーネリアは幸せそうな顔でかぶりつく。
それを見ていたマティアスは、柔らかく目を細めて口を開いた。
「コーネリア。オリバーはお前を愛しているんだ。そろそろ口をきいてやれ」
「絶対に嫌! パパはいっつも騎士団とこの町の話ばっかり。私のことなんか嫌いなんだ。だからいじめてくるんだよ」
コーネリアは、食べかすが付いている口をとがらせた。
「それは違う」と、マティアスはコーネリアの口元をハンカチでぬぐってやりながら言う。
「オリバーは、コーネリアに生きる力をつけてやりたいんだよ。お前には才能もあるし、それが叶うかもしれないから」
「生きる、力?」
コーネリアが首をかしげると、マティアスは頷く。
「そう、これでもお前はまだ恵まれているほうだ。騎士として生きる道はゼロじゃないんだから」
「でも、周りの皆は巫女として死んでくれって思ってるよ、きっと……」
視線を落とすコーネリアの頭を、マティアスはそっと撫でて微笑む。
「だったらこれから、騎士としてここにいて欲しいと思ってもらえるようになればいいさ。そうだろう?」
コーネリアは、こくりと頷く。
「オリバーはお前のことを誰より考え、心を削って、必要以上に厳しく接している。あんなやり方なんて、向いていないくせに」
困ったような顔で笑うマティアスの隣で、コーネリアは膝を抱えてうつむいた。
「ねぇ、マティアスさん。私、どうしたらいい……?」
ぼそぼそと尋ねるコーネリアの肩を、マティアスは元気づけるように強く叩いて、はっきりと言葉を放つ。
「いまがどんなに辛くても、苦しくても、強くなるんだ。父のために。そして、自分の未来のために」