風と炎
「コーネリアさんと一緒に行こう。船の皆もわかってくれると思うの」
すがるように、黙したままのファルシードに言うが、彼は慎重になっているのだろう。
返事がない。
「ファル君、コーネリアのことは断ってくれてもいい。だが、その時は君たちについて、教会に報告させてもらう。こちらも義理立てする理由はなくなるし、背に腹は変えられないからね」
笑みを消したマティアスは、威圧するような強い目で二人を見つめてくる。
何度も冗談を言ってくる男だったが、こればかりは本気でこちらを脅しているのだと、リディアは肌で感じとれた。
うつむいて考え込むファルシードだったが、やがて観念したのか長く息を吐いて、顔を上げた。
「……わかった。だがあくまで、本人の意思次第。こっちにもリスクがあるし、無理矢理連れていくことはできない」
「それで十分だ。助かるよ」
マティアスは穏やかな表情を取り戻し、ホッとしたように微笑んでいた。
「あの、マティアスさん。コーネリアさんとお話したいんですが、どこにいるかってわかりますか?」
リディアは、恐る恐る尋ねた。
金色の封筒を渡されて動揺し、心細い思いをしているだろうと、過去の経験から痛いくらいにわかっていたからだ。
「恐らく、中庭の噴水のところだろう。昔からアイツは、壁にぶつかるとあそこに行くから」
「わかりました、ありがとうございます!」
リディアとファルシードが部屋を出ようとした途端、マティアスが声をかけてくる。
「後程三人でここに来てくれ。嫁入り話は広まりつつあって、危険だ。抜け道から城を出たほうがいい」
――・――・――・――・――・――・――
中庭に行くと、コーネリアが噴水の緣に腰掛けていて、ぼんやりと夕焼け空を仰いでいた。
「コーネリアさん……」
「やっぱり口約束じゃ、ダメだったみたいね」
コーネリアはリディアのほうを向いて、悲しげに微笑んでくる。
感情が決壊寸前なのであろう。
彼女の笑顔は痛々しくてとても見ていられず、リディアは思わず視線をそらした。
「私の婚約者ね、よりによって神官将なの。一般人なら、私のほうが強いのに……」
コーネリアは、あははと乾いた笑いをこぼしながら語りはじめる。
神官将というのはネラ教会所属の兵士のことで、その中でも特に地位の高い者のことだ。
信仰心が篤く、命令にも忠実で、戦闘力も高い。
本部所属の彼らだが、祈りの巫女や神の使いが第三の使命を果たす時……すなわち生贄として家を出る日に迎えに来るため、リディアも幼い頃に一度だけ目にしたことがある。
張り詰めた空気をまとい、一切の甘えを許さないような冷酷な瞳は人のものとは思えず、恐ろしく感じたことを彼女はいまも覚えていた。
「婚約者とは数回話したけど、アイツは大事な何かが欠けてた。人を使い捨ての駒としか思っていないし、部下を半殺しにするような男だった」
淡々と語られる言葉に、リディアもファルシードも何も言えないままだ。
一方のコーネリアは何かを思い出したのか、ふふっと自嘲気味に笑った。
「そうそう。美しい貴女のために、鉄格子で囲われた豪邸を用意しておきましょう、と笑いながら言われたわ。気持ち悪いと思わない?」
「……確かに、悪趣味にもほどがあるな」
「でしょー!」
ファルシードの同意にコーネリアは笑い声を上げていたが、すぐに視線を落とし、呟くように言葉を発した。
「アイツのところに行けばきっと、死ぬまで人形のように生きることになるんだと思う。情けないけど、怖くて怖くて仕方がない……」
コーネリアは、不安から逃れようとするように強く自分自身を抱き締めていた。
「あの、私たち、団長さんに“コーネリアさんを連れて行ってくれ”と言われたんです。一緒に来ませんか?」
リディアの問いかけに、コーネリアは寂しげに笑う。
「ありがとう、やっぱりあなたたちって変わってるわ。巫女や神の使いとは思えない目をしてる。本当に不思議」
「コーネリアさん、行きましょ。いまを逃したら、きっともう逃げられない」
必死に語りかけるリディアだったが、コーネリアは押し黙り、重い腰も上がらないままだ。
「ごめん、なかなか決心がつけられない。騎士団で上を目指してこの町を守っていくのは、大切な人との約束だから……」
困ったようにコーネリアが微笑むとすぐに、三人の表情が険しいものへと変わった。
耳鳴りに似た甲高い音が、あたりに響き出したのだ。
「これってもしかして……」
「証の共鳴か……!」
「何なの、この音!?」
三人が驚きの声を上げると同時に、リディアの胸元から黄緑の光が、コーネリアの胸元からは燃えるような赤の光が溢れだす。
眩いばかりの光はみるみるうちに増大し、一瞬にして辺りを包みこんだのだった。




