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私に世界は救えません!  作者: 星影さき
第五章 炎の騎士団
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この世の常識

 マティアスは、ナイフを向けられているというのに動揺する様子を見せず、むしろ穏やかに微笑みながら口を開いた。


「君たちの正体は、コーネリアから聞いた。隠してきた本性がばれたくせに、嬉しそうに話してきたよ。気付いた人がいた、とね。アイツのあんな顔は久しぶりに見た」


「コーネリアさんが……?」

 リディアが問うと、マティアスはすまなさそうな顔をして頷く。


「君たちとの約束を破ったことは、許してやってほしい。あの娘にとってこの町は思い出が詰まった宝で、万一の事態を恐れていただけなんだ」


 コーネリアは以前“この町に災厄を持ちこむ気なら、容赦はしない”と鋭い表情で話していた。

 それほどに、この町のことを大切に想っているのだろう。



「俺たちの正体を知っているのは団長、アンタだけか?」

 ナイフを向けながら尋ねるファルシードに、マティアスはまっすぐに目を見つめ返しながら答える。


「ああ、我が騎士道に誓って」



 ファルシードは深くため息をついてナイフをしまい、もう下ろしてくれとマティアスの両手を下げさせた。


「アンタ、なぜ俺らを教会に売らないで、共に行かせようとする」

 ファルシードの問いに、マティアスは(あご)をさすりながら笑った。


「そうか、君らを売って交渉をするという手もあったな! ……って、冗談だよ。そんなに怖い顔をしないでおくれ」


 マティアスの空気の読めない冗談と、不機嫌さを全身から醸し出すファルシードに、リディアは苦笑いを浮かべることしかできない。



 困ったように微笑んだマティアスは、次第に視線を落としていった。


「交渉で結婚を引き延ばしたとして、いずれ同じ運命をたどるのは目に見えている。教会も民も、未来を変える気が無いからね」


「未来を変える気が……ない?」

 復唱して尋ねると、マティアスは静かに頷いた。


暗黒竜(ジェリーマ)と戦い、殺すことができれば以後犠牲者はいなくなるし、怯えながら生きる必要もなくなるだろう。なのに、千年もの間それをしようとはしない。さて、なぜだかわかるかい?」


「巫女として命を捧げることが、名誉なことと思っているからじゃないんですか?」

 リディアははっきりと答える。


 実際に司祭から何度も言われてきた言葉であり、周囲からもそう思われているようだったからだ。


 だが、マティアスは首を横に振ってきた。


「熱心に信仰している者は本気でそう思っているだろうが、私はそれだけが原因とは思わない」


「じゃあ、どうして……」


「……生贄など、民にとっては関係のない出来事だからだ。どこかに住んでいる見知らぬ誰かのために、いまの生活を壊せる者は、多くない。それに、教会にとってみれば、あの竜は信仰を継続させるための必要悪で、このままのほうが都合がいい。そういうふうにもとれないか?」


 予想だにしなかった発言に、リディアの(のど)はひゅっと音を立てて一瞬呼吸を止めた。



 本当にそんな理由で……? と言わんばかりの目でファルシードに視線を向けると、彼も苦しげな表情を浮かべていた。

 その態度一つで、世間が“祈りの巫女”や“神の使い”をどう認識しているのか、はっきりと感じとれてしまった。



「じゃあ、私とコーネリアさんの家族は、現実から目を背けて保身に走った人たちや、教会の安定のために死んでいったってことなんですか……!? 名誉なことだなんて、そんなの思ってもいないのに、平気な顔で(うそぶ)いてきた人たちの平和のために!」


 リディアは立ち上がって、マティアスを激しく責め立てる。

 怒りと悲しみとで、目は白黒としており、顔も赤く染まり上がって、声も震えていた。


 言い返せずにいるマティアスをけしかけようとすると、立ち上がったファルシードが肩に手を置いてきて「もう、やめろ」と、静かに声をかけてきた。


「だって……!」


「気持ちはわからないでもないが、マティアスにあたるのは的はずれだ」

 座るように促されたリディアは息を整え、気持ちの整理をしながら腰を下ろした。



「……すみません、取り乱しました。裏が見えていたからこそ、マティアスさんは暗黒竜(ジェリーマ)を退治しようとしていたんですもんね」


 未来を変えようと動いてきた人に突っかかるなんて、確かに見当違いだ、とリディアは縮こまって頭を下げていく。

 一方のマティアスは、申し訳なさそうに微笑みかけてきた。


「いや、こちらも配慮が足りなかった。すまない」



 しんとした静寂が流れ、空気が重くなる。

 ぎくしゃくした雰囲気に耐えかねたのか、ファルシードが深く息を吐いて、静かに口を開いた。


「コーネリアを連れ出せと言う理由はわかったが、アンタは俺らを信頼できるのか? ハタから見れば、教会(じょうしき)に楯つく頭のおかしい集団だろう」


 その問いにマティアスは顔を上げ、堂々とした様子で言葉を発する。


「この世の常識なんて、多数派の人間が作っているというだけ。移ろいやすく、あやふやで。正解などなく、不確かなもの。だったら……」


 二人に視線を向けられたマティアスは、にこりと口角を上げ、柔らかく目を細めて、言う。


「自分の信じるものくらい、自分で決めるさ」

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