騎士として
しばし無言のまま立ちつくしていたリディアだったが、こぶしを握り締め、二人が入っていった扉を見据えた。
“騎士であることが誇りだ”と語るコーネリアの姿を思い出し、巫女になどさせたくはないと、強く思ったのだ。
騎士団長マティアスは、暗黒竜を倒してみせると教会に提案した人物と言われている。
必死に訴えかけたら、味方になってくれる可能性もあるのではないか。
考えを巡らせたリディアは、そう思い至った。
「ファル、ごめん。このまま放ってなんかおけない」
言い終える前に強く床を蹴り、全速力で駆け出した。
背後から、ファルシードのため息が聞こえてくる。
リディアのしたことは、追われている身としてあまりにも軽率で勝手な行動だったが、ファルシードに止められることはなかった。
急ぎドアを開けると、マティアスはソファに腰かけており、テーブルを挟んだ向かいに、コーネリアが座っていた。
「君は、昨日の……」
突然の訪問者に、マティアスは訝しげな表情を見せてくる。
一方のコーネリアは金色の封筒を握り締め、マティアスをまっすぐに見つめていた。
「マティアスさん、聞きたいことがあるんです。その封筒って……」
必死に息を整えながら尋ねると、マティアスは無言のまま逃げるように視線をそらしてきた。
通常ならば、巫女の使命を果たせることを誇りと言い、破顔して大喜びするはずだ。
だが、いまの態度は正反対。
彼が生贄制度をよしと思っていないことが、はっきりと感じとれた。
「マティアス団長」
コーネリアがそっと静寂を破る。
マティアスとリディアは沈黙を保ったまま、視線を送った。
「巫女として婚約者の下に行くことは、私の本意ではありません。ですので、私に“行け”と命じてください。騎士として命じられた任務を果たせるのであれば、本望ですから」
淡々と語るコーネリアに、マティアスの表情が苦しげに歪む。
無言のマティアスにしびれを切らしたのか、コーネリアは前のめりになり、今度は切羽詰まった様子で訴えかけた。
「団長、お願い。押し付けられた役割なんかで、自分を物みたいに扱いたくないの。だけど、騎士として命じられれば、私はきっと、誇りを忘れずに頑張れるから……!」
途端、机を乱暴に叩く音が響き渡り、リディアとコーネリアは身体を震わせた。
「心にもない残酷な命令をしろと私に言うのか! 娘同然のお前に!」
恐る恐る視線を送ると、マティアスは怒りでだろうか、顔を赤く染めており、コーネリアのことを鋭い瞳で睨みつけていた。
ぐっと顔をしかめたコーネリアは立ち上がって、逃げるように飛び出していく。
そして、彼女と交代で、ファルシードが部屋へと入ってきた。
ファルシードと視線が重なったマティアスはすでに落ち着きを取り戻しており、寂しげな表情で微笑んだ。
「君も来たか。呼ぶ手間が省けたよ」
――・――・――・――・――・――・――
マティアスは、リディアとファルシードに座るように促し、ぽつぽつと呟くように話し始めた。
「相談があってね。アイツを共に……連れて行ってくれないか」
返事をしようとするリディアだったが、ファルシードが“止めろ”と机の下でサインを送ってきたため、慌てて口を閉ざした。
「騎士団長様。貴方は何をおっしゃっているのですか。彼女は巫女なのでしょう? 外に連れ出すなど言語道断の話です」
ファルシードは恐らく、団長を警戒したのだろう。
教会に反する者をあぶり出そうとしている可能性もあると考え、思ってもいないことを口にしたのだ。
団長の提案が罠である可能性もあることに気付いたリディアは、迂闊だった自分を反省し、こぶしを握り締める。
一歩船を下りれば、周りは敵ばかり。
少しの選択ミスが生死を分けてしまうのだ。
部屋は沈黙で包まれるが、笑うようなため息がそれを破った。
「さすがだよ。道理でこんなところまで逃げて来れたわけだ。私の目は、間違ってなどいなかった」
マティアスは柔らかく目を細めて、手で指し示しながら言葉を続ける。
「君はミディ町の巫女だろう? こっちの君は、巫女を攫った盗賊だ」
正体を知っているマティアスにファルシードは警戒を強め、リディアは愕然とした様子で「どうして……」と、言葉を発した。
「大丈夫、私は敵じゃない。心配ならこの通り武器も捨てておくし、このまま話そう。なんなら武器を向けてくれたっていい」
マティアスは腰に下げた剣と短剣を遠くに放り投げたあとに、両手を上げていた。
「提案通り、そうさせてもらう。こっちも必死なもんでね」
ファルシードは懐から漆黒のナイフを取り出し構えていく。
緊迫する空気に、リディアは冷や汗を垂らして固まったまま、ごくりと唾液を飲み込んだのだった。




