手紙
その翌日、リディアとファルシードは買い物をするため、町に出ていた。
食料やオイルなど、明日の旅立ちに向けて準備しなければならないのだ。
「やっぱり知らない町だと、欲しいものを探すの難しいね」
リディアが話しかけると、ファルシードもうんざりしたような顔をしている。
「無駄にデカイ町だしな……って、ん?」
「あ! コーネリアさんとロベルトさんだ!」
二人の視線の先には、軽装の鎧を身にまとい、大通りを闊歩するコーネリアとロベルトがいた。
声に気付いたようで、振り向いたコーネリアは爽やかに微笑み、駆け寄ってきた。
「リジー! 買い物か?」
「え、ええと、はい!」
昨晩とは異なる雰囲気を醸し出すコーネリアに動揺し、リディアはたじろぐ。
言葉づかいや声質どころか、顔付きや細かい癖まで、まるで別人のようだ。
「必要なものを揃えるのは難儀するだろう? 付き合うよ。町に詳しい者がいたほうがいいだろうし」
コーネリアは懐中時計を取り出して時間を確認し、提案してくる。
「そんな、申し訳ないですよ」
「いいんだ、見回りの時間は終わった。今日は半日休みだからね」
“さぁ、行こう”と言わんばかりにコーネリアはリディアの腕を掴んで歩き出そうとしている。
「ちょっとコーネリア様! 俺とお茶をする約束は……」
虎に襲われかけた騎士、ロベルトが慌てて歩み寄ってきたが、コーネリアはきょとんとした顔を見せたあと、楽しそうに笑った。
「茶なんていつも隊舎で飲んでるじゃないか。それに、せっかくの休みなんだから、上司がいないほうがのびのび過ごせていいだろう?」
「そんなぁ……」
がっくりとロベルトは肩を落としている。
ネコのように丸まってしまった背中にはどこか哀愁が漂っていて、先ほどまでの堂々とした雰囲気が台無しだ。
「……鈍い女」
一連のやりとりを眺めていたファルシードは、呆れたように呟く。
「何か言ったかい?」
コーネリアはにこやかに微笑むが、悪口を言われているのを感じとったのだろう。
こめかみには青筋が立っていて、全く目が笑っていない。
「いいや、何も」
一触即発な二人をリディアはヒヤヒヤしながら見守っていたが、どうやら最悪の展開は免れそうだ。
「まぁいいか。行こう! ブレイズフロルには大体の物が揃っているから」
コーネリアは笑顔を見せたあと、リディアの手を引きながら通りを歩きはじめた。
初めて会った時、リディアはコーネリアに鋭い印象を抱いていたのだが、いまではそれも薄れ、明るく爽やかで良く笑うというイメージに変わっていた。
歩くだけで、コーネリアは次々に町民から話しかけられており、一つ一つ笑顔で応対している。
昨晩彼女は“完璧な騎士を演じている”と言っていたが全てが演技のようには、とても見えなかった。
「コーネリアさんは、騎士のお仕事が好きなんですね」
リディアは、町民に手を振り返したコーネリアに話しかける。
彼女はわずかに目を丸くしたあと、照れたように笑った。
「確かにそうかもな。団長の下にいれば、この目にとまる人々くらいは守れるってわかったからね。いつの間にか、騎士であることが私の存在意義で、誇りになっていたのかもしれない」
そう話すコーネリアの瞳は澄んでいて、きらきらと輝いているように見える。
彼女はリディアと同じく“祈りの巫女”と呼ばれる者。
だが、諦めることしかしてこなかったリディアとは違い、コーネリアは自ら道を切り開き、運命を変えようとしている。
そんなコーネリアが眩しくて、リディアは強烈に憧れた。
――・――・――・――・――・――・――
「明日は旅立ちか……寂しくなるな」
フラム城に足を踏み入れて、コーネリアは呟く。
「秘密を知るやつらなんざ、とっとといなくなったほうがいいんじゃねェのか」
憎まれ口を叩くファルシードに、コーネリアはむすっとした顔を見せた。
「アンタのことは心底どうでもいいよ。私が寂しいと思うのは、リディアに対してだけ!」
その言葉に、リディアはくすくすと笑った。
「なんでそこで笑うの?」
首をかしげるコーネリアに、リディアはにこりと微笑む。
「コーネリアさん、騎士の雰囲気崩れちゃってますよ」
その言葉にコーネリアは、ぼっと赤面し、視線を泳がせた。
予期せず素の自分を出してしまったことが、よほど恥ずかしかったのだろう。
「わ、ごめんなさい! 余計なこと言っちゃったかも……」
「いや、むしろ教えてもらえて助かるよ」
コーネリアは表情と姿勢を正し、凛とした様子で言ってくる。
どこか面白そうに眺めるファルシードを睨みつけるのは、忘れていないようだ。
「ああ、こんなところにいたのか。やっと見つけた」
突然、背後から声がする。
わずかに動揺したような低い声は、騎士団長であるマティアスのものだった。
「団長、どうされました? 至急の任務でしょうか」
「コーネリア、すぐに伝えたい話がある。ついて来い」
険しい顔をしたマティアスは、せかせかと歩んで廊下の端にある扉を開けていく。
団長室で見た時のような余裕はなく、彼の額には汗が滲んでいるように見えた。
「団、長……? すぐに参ります!」
コーネリアも異変を感じとったのだろう。
小走りで彼の下へと向かった。
扉の向こうに消えていくコーネリアとマティアス。
リディアはふと、マティアスの手元を見てしまい、表情を一変させた。
「どうした」
ファルシードに問いかけられ、リディアは顔面を蒼白にさせながら呟く。
「金色の封筒……」
「封筒?」
「団長さん、金色の封筒を持ってた。あれにはネラ教会から“第一の使命を果たしなさい”と告げてくる手紙が入ってて……」
不安からリディアは口元に手をやり、微かに震える。
「第一の使命とは、なんだ?」
ファルシードは声を落として尋ねてきて、リディアは過去の恐怖も思い出して涙目になっていた。
「このままじゃコーネリアさん、許婚と無理やり結婚させられちゃうの」
その言葉にファルシードは、無言のまま目を見開いた。
「猶予が三年あるって言ってたのに何で……どうしたらいいの……?」
おろおろと狼狽えるリディアの隣で、ファルシードは視線を落として唇を固く結んでいく。
“自分たちにできることは何もない”
リディアには、彼がそう言っているようにも見えたのだった。