健康な身体があればいい
サボりもしていましたが、ずっと書きたかったところにきたので書いたり消したり繰り返していました。
それからどうやって帰ったのかは覚えていなかった、気付いときには見慣れたツギハギの壁と仕用人によって干された太陽の匂いする布団の中でうずくまっていた、震えが止まるのを目を閉じてひたすら待って小さく丸まることしかできなかった。
あの人の名前は何だったのだろう、そんなことすらも知らなかった、知ろうとも思わなかった。
生の人間の命を自分が奪ってきたことに気づいた。いや、たぶん気づかないふりをしてきたのだと思う、自分以外の誰かから死にたくないと聞くのが恐ろしかった、自分は特別だと思っていた。
考えたくないのに思考が止まらず、奥歯がカチカチと鳴り、背中にじっとりと気持ちの悪い汗が浮かんだ。
死にたくないと何度も何度も僕に訴えてきた、当たり前のことだ、今に満足していないから未来をよりよくするために期待する、僕もそうだったからあの時、あのトラックに轢かれる直前、死にたくないと願った。今まで自分が奪ってきた未来を想像するとどうしようもない吐き気がする。
申し訳ない気持ちや後悔ではない、1人の人間として、道徳心のような立派なものじゃない、他人と違うことをした自分が不安なのだ。
いやたぶん、それでいいと思っていた。自分じゃないからどうなってもいいし何をしてもいいと思っていて、自分は人より少し冷たい奴なんだとかっこつけていただけだった。
ママが子供に教えるような自分に置き換えて考えなさいだとかそんな呑気な話ではない、僕はベルトコンベアに流れてくるお菓子をパック詰めするような流れ作業で人を殺してきた。
初めて人を殺したとき、僕は泣いてすがった。今回は違う、他でもない僕が間違えた。戦う以外の方法を模索しなかった、それが一番手っ取り早かったから。
初めてここ1カ月の自分を客観視できた、まるで成長していない、ただ我が儘で能がなく喚く声が大きくなっただけの赤ん坊だ。
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それからどうしていたか覚えていない、昼食に誘われたがそんな気分でないと断った。
眠っていたのかもしれない、突然部屋の扉が強く叩かれ、返事をする間も無く開かれた。
「ティナ、いつも言ってるけど返事を聞いてから開けてくれ……そんで今は気分が悪いんだ、一人にしてくれ」
それだけ言ってティナに背を向けて芋虫のように布団に丸まる。
「……それどころではありません、急用です、今すぐ私とアウラ様のところへ行きましょう」
「後でもいいだろ、お願いだから今はそっとしてくれよ」
小言を言いつつも僕に甘いティナには珍しく、そして白い顔をさらに青白くして僕をベットから無理矢理剥がす。
「……アウラ様が、前線にて負傷されました」
「え? 」
「アウラ様が負傷され、帰還された今王宮にて治療を受けておられます」
「……父さんは、大丈夫なの? 」
「それを今から確認しに行くのです、早く支度をして下さい」
何も整理が付かないまま、汗を流すために体を洗い正装にあたる金の刺繍の入った服を手に取ったとき、訳のわからない怒りが心の底から湧いて、手が止まった。
しかしどこかに発散させる訳にもいかず、握り拳を上着に付いた金の勲章に向けて振り下ろしてみた。
父さんは白い顔をしていた、あれほど精悍とした顔は見る影もなく頰を欠けさせて額に脂汗を浮かべ、呼吸の間隔が短い。
脚が、動かない。父さんの目がぐるりと回って僕を見る。
怪我と言っても大したことは無いだろう、そうな風に思っていた。
「父さん……大丈夫? 」
いや、大丈夫な訳がないだろう、部屋一帯はアルコールと鉄の臭いが充満し、父さんの横たわるベッドの脇にはそれらしき血が滲んでいる。
「あぁ、大丈夫だ」
大丈夫な筈がないのに、僕の顔は引き攣った笑みを浮かべようとする、ドジ踏んだんだ? だっさいなぁ、そんな風に軽口を叩いて叱られる、そんないつものやり取りをしたいと思った。
父さんに何と言葉をかければいいのか分からない、頭の中から滲み出てきた黒い何かが視界を塗り潰すように、何をすればいいか、どう動けばいいのかが分からない。
「……エディ、私はもう怒ってはいない、この怪我もお前のせいだとは思っていない、そんな酷い顔をするな、私まで痛くなる」
「ごめん……なさい」
涙はまだ出ない、許されたかったのではない。ただ多過ぎる出来事に押し潰されそうになる。
「だから怒ってはいないと言っているだろう……そうだなぁ、もうあまり機会が無いかもしれない、二人で話さないか? 」
父さんがそう言ってティナを見ると、ティナは無言で頷き、治療室に居た数人の関係者とリーブズ王、サーフィアさんを連れて出る。
「さぁ、ゆっくり話さないか?……長くなるかもしれん、少し汚いかもしれないが、ここに腰をかけなさい」
そう言って父さんは自分のベッドの間場所を二度はたき、僕を誘った。
「ごめんなさい……」
他に言うことがある筈なのに、何が正解なのか分からない。
「だから怒ってはいないと……いや、そうではないのだなぁ。
まずはこの状況から話そう……落ち着くんだエディ」
「ごめん父さん……ごめんなさい。こんなつもりじゃなかったんだ、もっと上手くいくと思っていたんだ、いつもみたいに」
「そうだなぁ、上手くいかんもんだ、私ももっと上手くいくと思っていたんだ。お前がやっているみたいに、私もできるんだと思った。
……一人息子が一人で勝てる相手に、一部隊を率いる私が負ける訳にはいかない、そんな風に張り合ってしまったのだ、結果はこのざま、ユグドラル王国の何てことはない雑兵に不意を突かれて敗走だよ」
「……痛い? 」
そんな聞くまでもない事しか口にだせなかった。だが父さんは嬉しいそうな、あぁ痛いなぁ と言う。
「……そうだなぁ。何とか、ならんもんか……何とかならんもんかなぁ」
父さんは助からないかもしれない、座ったベッドと接した自分の体がジメジメと気持ち悪くなって、座る位置をずらした。
「なぁエディ、私がお前に お前が優秀でなくともいい、健康であればそれでいい と言ったのは、覚えているか? 」
僕が家出をしてデザルトガレオンと戦ったときだ。その言葉をそのまま信じれるほど僕は素直な性格ではない。僕は無言で頷いた。
「あれはな、半分は嘘だ。もちろんお前が健康であること以上に嬉しいことはない、ただ、自分の子供が優秀であることが嬉しくない筈がない。お前はもし自分が優秀ではなかったら? なんて考えるのだろうが、そんな もし の話はどうでもよい、私はお前を誇りに思っている。
お前もいつか気付くだろう、貴族の世界は醜いものだ、自分の子供に無理矢理課した物をまるで自分の功績のように吠えるのだ、私も似たようなものかもしれないがとても気分が良かったよ、普段私を田舎生まれのぽっと出名誉貴族だとバカにする奴らが……俺の息子にだけはケチをつけれない……何を言いたいかと言うとだな、お前の良いところ、悪いところのそれぞれをいくらかは知っている、その全てを……その、なんだ……とても大切に思っている」
父さんは自分の顔を隠すためか僕の頭に大きな手のひらを乗せ、わしゃわしゃと乱暴にかき混ぜた。
「ちょっと、痛いよ」
僕の顔も赤くなっていたかもしれないのでちょうど良かったかもしれない。
「お前も疲れているだろう、今日はこの辺にしておこう。
「……うん」
「そんな泣きそうな顔をするなよ、もう会えなくなる訳じゃない……お前の仕事が終わってからでよい、また明日も来てくれないか? 今まで話せなかったことがたくさんあるんだ」
読み返していると最初の方と全く毛色が違いますね、全部書き直したいくらいです。




