黒い正八面体
最近リアルが死ぬほど辛くて苦しいです、できるだけ更新できるよう頑張ります。
こんばんは、エディだよ。
夜の帳も降りて魔法灯の明かりだけがこの広い客室を照らしています。
今、僕は旧くからの友、盟友……運命共同体とでも言える友人と肌を重ね、息を潜め、ヒッソリと縮こまり、嵐が通り過ぎるのを待っています。
一日の約四分の一を共に過ごす友人さえもこの嵐からは僕を護ってくれません。
友人の名前は『おふとぅん』 毎日、欠かさず僕を包み、暑く抱き締めてくれる彼女は今日も今日とて、震える僕を優しく抱擁してくれている。
荒々しく部屋の扉をノックする音は鳴りやまず、もう十分も前から腹ペコオオカミはか弱い子豚兄弟に自宅訪問をしているのだ。
居留守に限る、さっきシャルノアさんから脅されて今度は何だ、寝かせて欲しい、眠い、寝るぅ。
だが徐々に大きくなる騒音が僕をまどろみから引っ張り剥がす。
本当に鍵を掛けておいて正解だ、面倒事はもう勘弁して貰いたい。さらにいえば一人部屋で良かった、後は嵐が過ぎるのを待つだけ、どうせ誰も見ていないのだ、気づかなかった、と明日の朝言えばいいのだ。
暫くするとノックの音が鳴り止む、やっと諦めたかと安心していると数分後、今度は鍵穴がガチャガチャと音を立て始める。
舐めないで頂きたい。僕とて一端の魔導師。アロホモーラ ごときが効くと思われては困る、布団から左手を伸ばし鍵穴に向かって氷結魔法を放つ、パキッという音と共に鍵穴は完全に凍りつき施錠する。
むしろ、少々賢い一年生の魔法で開く程度を、秘密の扉にするホグワーツのセキュリティーは甘すぎでは無いのか? マグルですらもうちょっとマシなセキュリティー会社を雇っている、例えば目からビームを出す霊長類最強のメダリストとか。
鍵穴を挿そうとするガチャガチャ鳴る音がやみ、再び静寂が戻る。魔法を使ってしまった以上、寝ていて気づかなかった、とは言いづらい気もするが、まぁ寝ぼけていた、で通そう。
さて、かれこれ三日ぶりのお布団様である、存分に堪能しようではないか。
瞬間、ドアノブから火花があがり、凍った鍵穴が爆ぜながらバキバキと不吉な音を鳴らしてゆっくりと回転する。半回転ほどしたところでドアノブは扉から剥がれてボトッ っと落ちた。
「…………」
残念ながら僕の防衛線は突破されてしまった。
「……エディくぅ〜ん」
扉を破壊して僕の至福のひと時を奪ったのは僕の婚約者でもあるサーフィアさん。
このまま寝たふりを続けてもお説教の時間が長引くだけなのでしぶしぶ、布団から這い出てサーフィアさんの前に正座する。
「お説教は後でね、それよりもお仕事の時間です」
お説教は後らしいがサーフィアさんに怒った様子は見当たらない、むしろもっと大事な用事がある様子。
後は用事が終わった後、サーフィアさんに愛を囁けばお説教時間はさらに短くなる。チョロいチョロい。
「はい、分かりました」
今更、どんな? とか何で? とかは聞かない。サーフィアさんがやれと言ったら僕はやるし、難しいことはサーフィアさんがやってくれる。
「帝国と共和国の防衛線が破られました、無関係の私達ですが『義勇兵』という形で帝国を援護、防衛線の奪還を目指します。私達がゾンネ王国の者とバレない為にも少数精鋭で、今からカラシヤに向かいます」
まぁサーフィアさんはオブラートに包んでくれたけど、要するに戦争に巻き込まれた訳らしい。難しいことはよく分からない。
予想はしていた事だが少し早い気もする、まさか成人するまでに駆り出されるとは思わなかった。が、まぁ仕方ない。あれだけ過保護のサーフィアさんが命令するという事はよっぽど致し方なかったのだろう、僕も未来の家族を護るために一働きしようではないか。
ただ、お布団様とはまだ暫くお別れになってしまった。
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「……眠い、疲れた、帰りたい」
「あともうちょっとです、頑張って下さい」
フォルカスが三歳児をあやすように僕を宥めてくれる、夜分遅くに叩き起こされて馬車馬の如く働かされているのに、フォルカスとその他護衛の方々は文句一つ零さない。
これが大人なのか、残業代も出ないオーバーワークなんてこの世界の労働基準法はどうなっているのだ。やっぱり働くとかダメだな、ヒモになりたい。
因みに、未成年といえどそれなりのお給料を頂いている僕だが、サーフィアさんから結婚資金とやら、ティナからは貯金とやらで徴収されて、僕の手元には小学校のお小遣い程度しか戻って来ない。
一度だけお金が欲しくて、おじ様にお酌するバーでバイトしたことが有るのだが、顔割れしている僕は僅か二時間でティナにバレ、両親にサーフィアさんにティナにレーナ先生にも囲まれてこってり絞られた。ちなみに二時間分のお給料は貰えなかった、ふざくんな。
そんなことはどうでも良くて、僕は今フォルカスの操る馬の背後に乗ってトップスピードで走っている。
もちろん重量靴も履いているので飛んでもいいのだが、背中からフォルカスの腹に腕を回しぴったりとくっ付いて彼女の背中に頬ずりするのと、一人寒い夜道を飛ぶのとどちらがいいか、もちろん後者だと僕は思う。
時折、動かした僕の腕が彼女の腹を擦り、艶っぽい声を我慢するフォルカスは素晴らしい、サーフィアさんが居なくて本当に良かった。
「見えました、あれが共和国の大隊ですね」
護衛の一人が指したその先に、円状の更地に20数個のテントが建てられ、漏れた光が共和国兵士達の野営地をオレンジ色に光らせていた。
その野営地の周囲には等間隔で見張りの兵士が立ち、目を凝らしている。
僕達は全員でも十人しかおらず、遠くの木々に囲まれた場所で隠れているの、まだ見つかっていない。
「……マスターどうしますか? 」
忘れてしまいそうだった、サーフィアさんがいない今、決定権を持つのは僕だ。
今、目の前にいるのは敵、今から、僕が、殺す人達。
できるだけ考えないようにしていたけれど、いざ目の前に来ると気が滅入る。
だが、まだ大丈夫だ。あの人達は僕とは全く関係のない人達で、挨拶すら交わしたこともないし、顔さえ見なければ思い出すこともないだろう。
それに、死ぬのは僕でも僕の知り合いでもない。僕は痛くないし、目さえ瞑っていれば、いつもアラトやリョウやクロナと笑いながら魔法を飛ばしているのと変わらない。
何より、これは仕事だから、サーフィアさんに頼まれたから、だから仕方ないんだ。僕は悪くない。
少しの間目を閉じて再び開く。
「僕がやるよ、ここから一撃で、あの一帯を吹き飛ばす」
意外だったのか、フォルカスも護衛の皆も僕を見る。
「ですが……」
「それが一番安全で確実に勝てる、わざわざこちらから出向かなくとも潰せるならここで潰す」
そもそも僕達は十人しかいないのに、百ちかい敵を倒すにはこれしかないだろう。シャルノアさんも多分僕にこうさせるつもりだろうし。
「……いいんですか? 」
「いいんだよ、早く終わらせて早く帰ろう」
そうだ、こんな所に長居するなんて気がおかしくなる。目の前のアレが、人型の〝何か〟に見えるうちに終わらせてしまおう。
「んじゃぁ、やって来る」
フォルカス達に待機を命じて、隠れていた樹々の間から出る。それでも共和国軍の野営地からは300メートル程離れているので、薄暗い山の中で発見されにくいだろう。
その場で重力靴を起動し、金属がそっと擦る様な音とともに羽を広げ、宙に浮く。
そのまま敵を野営地の上空までゆっくり移動して止まる。
魔導師が飛ぶなんてことは普通ありえないので、基本的に空を監視する兵士はいない。
人の輪郭がぼやけるくらいまで上昇し、個人の顔が分からないが、人の位置は分かる程で停止する。
こう見ると蟻の群れに見えないこともない、全員が同じ服を着てせかせかと動き回っている。
右手をその地面に向け、魔法を放つ座標を指定する。それと同時に魔法は完成し、後は引き金を引くだけになる。
魔法は感知できないかというと、そうでもない。理由は分からないが、魔導師が魔法を向けられると筆で全身を撫でられるような不快な気分になる。魔導師でなくとも、魔法の大きさによっては常人にも感じることができる。
ともあれ下の〝何か〟達はやっと僕を見つけて何やら騒いでいる。
「蟻は喋らないからな、うん」
力を抜いて、拵えた魔法を自由にする。
その瞬間僕を中心に半径50メートル程の赤い円が地面に浮かび、同時に灰色の煙が全てを覆い隠す。
「氷結層」
爆音を遮断し、遅れて飛んでくる爆風と破片が氷結層を揺らし、ミシミシと音を立てる。
数秒前まで使用中だったであろうテントの破片が横を通り過ぎた。
「鉄晶星」
この魔法は周囲の物資を無機物、有機物関係無く、全て引きづり飲んで、ガチガチに凝縮させ硬質化する。といった魔法だ。
そもそもはゴミを纏めるために作った掃除機みたいな魔法だが、……爆心地の光景を見たくなかったのだ。
暫くがたち、煙も収まり視界が晴れる。僕の放った爆発魔法によって穿った大穴はまるでフライパンの底のようで、その中心に真っ黒で、三メートル程の正八面体が場違いなオブジェのように建っている。
あの中に全部詰まっている、僕の壊した何もかもが、あそこにぎゅうぎゅう詰にされている。