女帝シャルノア
そもそも、ファンタジーの定義って何なんでしょう?
ゾンネ王国と帝国との間の国境線は山の麓辺りで引かれている、これも僕達の国が帝国に狙われない理由の一つ。
帝国もわざわざ山を大きく回って攻撃しようとはしない、その気になればできるのであろうが、軍隊を引き連れてヒッチハイクするにはリスクリターンの終始が合わない。
そんなある意味恵まれた環境で、5台の馬車を引き連れた僕達ヒッチハイクも終わりが近く。
そう言えば、山を迂回する道中、度々魔物や盗賊紛いの冒険者にも狙われたが、ちょっとお手洗い、みたいなノリで地獄からやって来たナイトに屠られていた。
増長しているつもりは無いが、僕とてこの数年、それなりの訓練を受けている、殺しあいならいざ知らず、まぁ、護衛くらいなら十分にできる、と自負している。
帝国への国境線を超え、いよいよ敵地に入った僕達は、帝国市民による好奇心の視線を浴びながら、呼び出された帝国基地の一つの城門の前でスルリと開く門を眺めて、でっかいなぁ、ジャイアンの家は八百屋さんじゃないんだ、なんて考える。
なるほど簒奪者なだけあって、周りの国から頂戴した豊富な技術と資源で、僕達の王都よりも数倍整備されて清潔な街並みである。
門の左右で警備している2人の兵士がしている帝国式の敬礼を横目に門をくぐる。
食われると知りながら、ネギを背負って、鍋を煮ている人間様に出向く鴨はこんな気分なんだろうか。
「ようこそ帝国へ、サーフィア・バウル・ショトラーゼ様、エディルトス・ディアマン様」
馬車から降りた僕達を出迎えたのは、一人の中年男性。
白の制服に煩くない程の装飾、髪をオールバックに決めたダンディなおじ様である。
「この度はお招きいただき、ありがとうございます。この日を待ち望んでいましたわ」
サーフィアさんが、微塵も思ってない事をうふふと笑みをこぼしながら口にする。
僕も真似ようと、渾身の笑みを顔に貼り付ける。
見よっ! 母さんから受け継いだ、天使のような笑みだっ! うふふんっ
どこか悪かったのか、コンマ0秒でサーフィアさんに掣肘を打たれた、痛い。
では此方へ、とダンディおじ様に連れられ、僕とサーフィアさんは応接間に通される。それなりの客人相手を想定してなのか、応接間と言うには広すぎる。
その広々とした部屋の壁には、とてもではないが人間が持てないであろう大きさのアックスが掛けられている。
数々の武勲と偉人の肖像画らしき物も飾られており、帝国というのも相まって、正直怖い、今すぐ帰りたい。
まるで来客を脅すために、わざと威圧的にしているのかも知れない。
これから身に降りかかる未来に身を震わせて居ると、二度扉がノックされ、しばらくして扉が開かれる。
僕達は椅子から立ち上がり迎えたのは、二人の女性とさっきのダンディおじさん。一人は三十代半ばだろうか、しかし大人の色気を纏う魔女のような女性、オレンジ色の髪を後ろで纏め、少し皺のよった顔で僕とサーフィアに笑みを向ける。
この女性が帝国の女帝、シャルノア・ファン・グロニアス、サーフィアさんからの事前情報では、血と肉の焼ける臭いの大好きな、悪魔のような女だと聞いていたのだが、この綺麗な女性がそうなのか。
その背後には、娘だろうか、シャルノアさんよりも少し薄く、セミロングでオレンジ色の髪が毛先にかけて白くグラデーションになっている女の子、女の子というか、僕と同い歳くらいの女の子。
目は燃えるような赤色で、髪と同じオレンジ色のドレスを着ている、何故この子をこんなに詳しく観察したのかと言うと、かわいいから。
「久しぶりね、サーフィアちゃん」
「お久しぶりです、シャルノア様。本日はお招きいただき、光栄です」
サーフィアさんがドレスの両端を摘み、軽く礼をする。
「そっちの、借りてきた猫みたいになっている子がエディルトス君ね、初めまして」
「は、初めましてっ……えーっ、えーっと、本日はぁ、お日柄もよく……ぅぅ」
サーフィアさんの横で無言で立っているのがお仕事だった僕は、早くもボロがでる。
シャルノアさんはクスクスと笑っているが、サーフィアさんが顔を真っ赤にして恥をかいている、ごめんなさい。
「ほら、貴女も挨拶をしなさい? 昔はあんなにサーフィアちゃんサーフィアちゃんって懐いていたじゃない」
「……初めまして。オリヴィア・フォン・グロニアスと言います……サーフィア様、お久しぶりです」
どうやら、サーフィアさんはこの人達と浅からぬ関係があるようだ。
「サーフィアさんは、お二人と知り合いなんですか? 」
「えぇ、昔、お父様に連れて行って貰ったの、その時はオリヴィアちゃんとよく遊んだの、そう言えば、オリヴィアちゃんはエディ君と同じ歳よ」
そんな事よりも、口を挟めば不敬罪、なんてならなくて良かった。
「……ども」
紹介に預かったオリヴィアちゃんと目が合った、何となく会釈する。
すると、向こうも気まずさを感じたのか、頭をヘコッと下げて眼を逸らした。
「積もる話もあるでしょうが、お二人共長旅で疲れているでしょう、今日のところはこれくらいで……」
ーーーー
今度はどんな部屋に案内されるか、色々と妄想を膨らませていたが、どうやら杞憂で、至って普通の部屋。
サーフィアさんに一室、従者である僕やフォルカス等は二人で一室だったのだが、サーフィアさんの強い要望により、僕が一人部屋、サーフィアさんとフォルカスは同室であるらしい。
曰くフォルカスとの仲を深める良い機会なんだとか。
まだ陽は高いが、長らく揺れる馬車に引きづられ、お尻も心も擦り切れて早く横になりたい気分だ。
せめてもの、サーフィアさん用の客人なだけあってふかふかの羽毛布団が用意されている。
このまま眠ってしまいたいところだが、風呂にも入っていない不潔な体で、これからお世話になる高級布団様を汚したくない。
面倒だ、愚痴りながら浴場の場所を訪ねに行こうと思いついた矢先、ノックも無しに、荒々しく部屋の扉が開かれる。
「……びっくりしたぁ……、如何しましたか? シャルノア様」
飛び込んで来たのは、ゆっくりしていいって言ったシャルノアさん、ゆっくりさせて欲しい。
とりあえず、真面目なフリだけでも、と姿勢を正して、賢そうな顔をつくる。
「あぁ、そういうのはいらないわ、こちらの要件も検討はついているんでしょう? 早く応えて下さいな」
ついさっきまで柔和に微笑んでいたシャルノアさんだったのに、礼法をしようとする僕を指先でピッピッとはらい、腕を組んで睨んでくる。
「……えっと、……えぇ?」
言いたいことは分かるのだが、先ほどとのギャップもあり、戸惑うしかない。
「……察しが悪いのねぇ、貴方、帝国へ来なさい。それなりに働いてくれるなら、欲しいものは何でもあげるわよ? 」
「な、なんでもぉ? 」
何でもというのはつまり、あんなことやこんなことも……ぐへへ。
「えぇ、その歳で必要かは分からないけど、私なら帝国での地位もあげれるし、お金でも女の人でも何でもよ? ……そうねぇ、サーフィアちゃんよりも、ってなるとそうそうは見つからないだろうけど、オリヴィアなんてどう? 負けてないと思うんだけど、どうかしら? 」
「お、お気持ちは嬉しいのですが、私の心はゾンネ王国にありますので……」
別にそこまでの愛国心は無いけどね、でも日本は好き。
「……そう、まぁ、今日はこれくらいにしてあげましょう。でも、私が優しいうちに、聞いておく方がよくってよ? 」
シャルノアさんはそう言うと、僕の返事も待たずに出て行った。
優しいうちに、とか、怒らないうちに、って言う人って、だいたい既にキレてるんだと思います。




