帝国への道中
遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
「ねぇねぇ、サーフィアさん」
「何? 浮気症の旦那様? 」
「だからしてませんよ、いつまで怒ってるんですか」
「疑わしきは皆殺しよ」
とんでもない世紀末、浮気が文化で靴下を履かないおじさんは真っ先に処刑台に送られるだろう。
「あれ、監禁じゃないんですか? 」
「されたいの? 」
「まぁ、機会があれば」
純粋で、混ざりっけのない変態であるサーフィアさんは、年々発言が同人誌のようになってきてた。
てか純粋な変態って何だよな。
「今失礼なことを考えているでしょ? 今すぐその書類の山を片付けるか、私に痴漢されるかを選びなさい」
非常に魅力的な提案ではあるが、特に後者は。今それを選んでしまうとこれから暫く悶々としたまま過ごすことになってしまうので却下。
そもそもそんな事言ってるから変態って言われるんだと思うよ?
しかし、ガタゴトと揺れる馬車の中で書類の山を片すことなど不可能な訳で。
「仕事を後回しにした僕が悪いのは分かってるんですが、こんな状況ではできるものできないといいますか……はぅんっ」
「色っぽい声で鳴くじゃないの、私は二択と言ったはずよ? 」
サーフィアさんは口を嗜虐的に歪ませ、大きな眼を妖艶に流しながら僕の腹部に長い指を沿わせる。
「やりますやりますごめんなさい、僕が悪かったですっ!! 」
サーフィアさんもドS王女様が板に付いたようだ。
嫌っ、とか辞めてっ、は、もっとやって! の意訳なんだと偉い人、もといエロい人が教えてくれた。
とまぁ、脳みそを妄想ピンク色にしている場合ではない。
ただ今僕とサーフィアさんは畦道をガッタンゴットンと走る馬車の中、さらに僕の部下というか後輩と言うべきか、ウラニアス・フォルカスも一緒である。
後輩と言っても僕より年上の16歳。少し紺色の入った黒髪を腰まで伸ばし、濃い青色に鋭いが大きな眼、薄い桃色の唇に高い鼻。
出るとこは出ているが美しく体型に鋭い表情は、嫌というほど軍服が似合っている。
脚を組んで頬杖をついている気だるげな姿も相まって、余裕のある有能指揮官のように見える。
両耳には三角形のピアスを垂らし、時折溜息をつくその姿は渋谷にいるクール系美女といった感じである、僕の部下でもある、ほんとだよ?
少々難はあれどフォルカスは無能ではない、いやむしろ僕の方がお荷物と言ってもいい。
見た目によらず性格は真面目、魔導師ではないが彼女は騎乗兵である。詰まるところ、大きな馬でパカラッて敵をプスプス刺して回るのがお仕事らしい。偏見かも知れないが。
その実力も折り紙付きで、同じく騎乗兵や歩兵からは『地獄の騎士』とまで呼ばれている。
そんな『ナイト・オブ・ヘル』様が何故僕の部下に成り下がって居るのかと言うと、単純に彼女が志願して来たからに他ならない。
まだ未成年の僕は年齢的に部隊を持てず、サーフィアさんの護衛隊を持つ事は許されていない。どのみち後半年も待てば晴れて15歳になり、僕の兵を集め、部隊編成を行うつもりだったのだが、そんなものは待てないとフォルカスが自分を売り込みに来たのだ。
初めこそ『地獄の騎士』様が何用だと戦々恐々だったのだが、どうしようもなく僕に憧れたらしく、押し負けて採用。サーフィアさんは少しだけ御立腹だったが、下心が無かったとは言うまい。
むしろ僕のどこに憧れたのか小一時間ほどサーフィアさんと首を傾げた程だ。
「ねぇねぇ、フォルカスさん? 」
僕が遠慮がちに声を掛けると、彼女は眠たそうに、そして面倒そうに、頬杖をつきながら窓の外に向けていた視線を僕に向ける。
「はい、マスター、何でしょうか? 」
舐め腐った態度だが、彼女は別段機嫌が悪いのではなく、ただ単に態度がデカイだけである。
「その前にさ、そのマスターっての辞めてくんない? 」
「はぁ……マスターがそう呼んでくれと」
「まぁ、そうなんだけどさ、やっぱりちょっと恥ずかしいというか、何といいますか」
事の発端は厨二病を拗らせてマスターと呼べ! と言ってみたところ、本当に呼び出したのである、僕が悪いのだが、冗談の通じない部下には困っちゃうね、全く。
「まぁ、いいや、その話はまた今度で。ところでフォルカスは僕の何かな? 」
「はっ! 私は、我がマスターと祖国とに常に忠誠を尽くし、実直に仕え、勇敢で従順な兵士として、いかなる時もこの宣誓のため身命を賭する用意のある者でありますっ」
うん、何回か聞いたけど、重いよ。
「私には忠誠を尽くさないのね……」
サーフィアさんも呆れた顔をする、僕をの部下なら必然的にサーフィアさんの部下兼奴隷であるはずなのだが、本人はまるでサーフィアさんがいないかのように振る舞う。
「そっか、じゃあはい、実直に仕えて下さい」
そう言いながらフォルカスの前に書類の山を降り注ぐ。
「マスター……」
「はい何でしょう」
先には忠誠を誓う僕をも射抜くような目をしていた彼女だが、今は目尻を下げ、青の眼を潤ませ、困り果てた歳相応の顔で僕を見る。
「あまり、みっともないことはなさらないで下さい」
「……はぃ」
恋人に弄ばれ、部下に哀れまれた僕は、せっせと書類にぽんぽこと判子を押しては片す、時折確認せずに判子を押した書類のミスをサーフィアさんに指摘され、罰として触られる。
右手に印鑑を持ち、上下に振りかざすだけの機械になりながらこれからのことについて考える。
只今僕達が、何のために馬車に積み込まれ、何処へ輸送されているのかと言うと。
結論を言えば アプソリュマン帝国へ、スゲー兵器ができたから見に来い、さもなくばぶっ潰す、と殆ど脅迫のようなお手紙が届き、招待されたのである。
アプソリュマン帝国とは、僕達の住む大陸の中央に位置し、最大の帝国、国土は分かりやすく言えば中国くらい、僕達のゾンネ王国を含む5つの国に囲まれ、年がら年中周りの国に戦争を吹っかけては勝利し、『ここも俺の領土だぁ』とばかりに周りの国から摂取していくジャイアンみたいな国だ。
ところで何故僕達のゾンネ王国が戦争をしていないかと言えば、スネオだからである。帝国の怒りを買わないように、時々手を貸したり応援したり。
頑張ってゴマを擦ってイジメられないようにリーブズ王が日々汗水垂らしているからだ。
そんな王国に不満を抱く人間も居るわけだが、例えばヴァヌスさんとか、僕はと言えば別段不満はない。
そもそも僕は戦闘狂ではないし、スネオで結構。のび太も4人もいればこれ以上要らないだろうし、ドラえもんの居ないワンサイドゲームも見る分には困らない、巻き込まれたら堪らないが。
話を戻すが、ジャイアンが高級ラジコンを手に入れたスネオをどうするか、簡単に想像がつくだろう。
高級ラジコンとは、この僕。ジャイアンこと帝国は、お空をブンブン飛んでドラゴンフライを駆逐したラジコンエディが欲しくて堪らないのだろう。
そんな理由で、僕とサーフィアさんはよく分からない名目で、前後に護衛の馬車2台づつ、計5台の馬車で大名行列のように帝国に向かって居るのである。
明るく振る舞おうとぎこちない空気は、ふとした瞬間にカラッと乾き、息苦しくなる。
帝国の意図は明白である、わざわざ寄こす相手に僕を指名してきたのだから。
もしそれを断って、帝国の逆鱗に触れるようなことがあれば、リーブズ王の努力は全て水の泡になる。のび太が5人になるだけで、帝国は僕の大事なものを全て踏み潰した後、僕を回収するだけだろう。
誰もこれからの事に触れようとはしない、触れてしまうと実感となって自分を襲うから、3人とも、必死になって頭の隅に追いやろうとしては意識してしまう。
「あ、あの、マスター」
「どしたの? 」
僕もできるだけ明るく応じる。
「もし……例えば、ですが、マスターが本気になれば、帝国と渡り合え、ますか? 」
「さぁ、どうだろうね。少なくともエースには慣れるんじゃないかな? 」
誤魔化し交えつつ、フォルカスに答える。
10人倒せばエース、50人倒せばエース・オブ・ザ・エース。
そんなものに成りたいだなんて、少しも思わないけれど、僕だってただで自分を売り渡すつもりはない。
人に迷惑を掛けないように、でも自分の大事なもののために、スネオだって刃物を持てばジャイアンに勝てるのだ、多分、きっと、……自信はない。