◇閑話 タヤ
タヤ君視点のSSです。
そんな奴もいたなぁ、とか思い出しながら読んで頂けると嬉しいです。
実のところ、本編よりキャラを深く掘るSSの方が書いていて楽しかったり。
もし、このキャラをもっと掘り下げて欲しい! などが有れば、喜んで書きます、ではでは。
タヤ、俺の名前はタヤだ。
親につけられたのか、誰かにそう呼ばれるようになったのか、もう覚えてない。
まぁどうでもいい、名前は、それ呼んでくれる誰かがいるだけで名前は誇りになる。受け売りだけど。
俺達はつい一カ月前まで、スラムでゴミを啜って生きていた。
いや、それはいい過ぎか、アラト兄さんが少なくない金を俺達にくれていた。
そんな俺達だが、なんの因果が今こうしてエディ様の部下という立場で十分すぎる食料、柔らかい羽毛、そして大きな屋敷に囲まれて生きている。
俺がエディ様と呼んでいるのは馴れ馴れしくしているのではない、エメリア様が子供は子供らしくしろと言って聞いてくれないのだ。
そんなこと言われても自分の実年齢が何歳なのかも分からない、便座上5歳だが多分もうちょっと上だと思う。
当のエディ様は、エディ様だろうがエディルトス様だろうがどちらでもいい様子。というか、そもそも俺達にあまり興味がない模様、あの人の中では俺達を連れも戻した時点で、問題は解決したことになっているんだろう。現に解決している。
あぁ誤解がないようにしたいのだが、俺がエディ様を嫌っているとかそんなことは全くない。むしろ尊敬している。
遠目でしか見ていないが、あの巨大な地龍に一騎打ちで勝利したのだ、男としてクるものがある。
そんなエディ様だから、俺は構って欲しい。
構って欲しくて彼のパンツを引っ張ったりして注意を引く。しかし、今のところあまり効果はない。
ガキっぽいと思うだろうが俺だってまだガキだ、許してほしい。
ここに来て数日と経っていないが、あの人はあの人なりに沢山することがあって、悩んでて、俺達にまで割く時間があまり無いのも知っている。
はじめは何でもできる超人かのように思ったが、全然そんなことはない、俺よりちょっと背負う物が多いだけのガキだ。
……口が悪いな、最近ティナさんによく怒られる。これから貴族になるエディ様に恥じない部下になれだの何だの、本当にあの人はエディ様のことが好きだな、口を開けばエディ様エディ様。
それにエディ様もティナさんが大好きだ、帰るたびにティナは何処だティナは何処だって、……本当は、少し羨ましい。
エディ様は……何というか、実のところドライだったりする。
彼は自分の大切な人、例えば両親のアウル様やエメリア様、ティナさん、そしてアラト兄さん。俺が知っているのはこのくらいだが、この人達には多分本心で向かい合っている。
俺やハルノには、口調こそ親しみやすいがどこか隔たりがある。
俺達もいつか、そこに入れたら、と思う。
エディ様の部屋の前に立ち、二度コンコンとノックする。返事はない。
「……失礼します」
本当にこの人は朝起きない、普通ノックしたら起きるだろうに、エディ様は幸せそうに口を大きく開けて、スピースピーと寝息を立てている。
「……本当に幸せそうだな」
思わず独り言を零す。寝言だろうか、時々エヘヘとにやける声が聞こえる。
相変わらず綺麗な顔だ、生物学上は男なのだがやはり不思議だ。今日も俺は御主人様のパンツをずらす。
「……ふむ、やはり、ついているな」
今日も今日とてエディ様は男だ。生命の神秘とはこのことか。
あまり仕事をサボるのもよくないので、ようやくエディ様を起こしにかかる。
「エディ様、起きて下さい、朝ですよ…………チッ」
どうせこの人はこんなものでは起きない、時間の無駄なので強引に掛け布団を剥ぎ取り、エディ様の体をベッドから落とす。
「ぐふぅ?! …………ぅぅ……タヤか……やり過ぎだ」
エディ様がヨロヨロと立ち上がる。
「おはようございます、着替えを持って来ました」
「うん……ありがと……ねぇ、やり過ぎじゃない? ねぇ? 」
あぁもう、朝のエディ様は鬱陶しい。
「すみませんね、じゃあ早く起きて下さい」
あまり構ってやると面倒くさいので、早々にエディ様を残し部屋から出る。
俺の仕事はこうして始まる。
「あっ、タヤ君だ、おはよ〜ん」
アホっぽいセリフで挨拶してくるのは先輩のミシェルさん、この人はようやく自分に後輩ができたのが嬉しいのか、事あるごとに俺達に構ってくる。
「おはようございます、……では」
エディ様もそうだが、こういう輩は相手にするとつけあがる、スルー安定、放置プレーだ。
エディ様はゾクゾクするぅぅ〜、なんて言ってたけど、バカじゃないのかあの人は……はぁ。
「ちょっとちょっと! 無視はよくないんじゃないかなっ!? 仮にも先輩だよ? 敬いなさい崇めなさい」
朝からこのテンションは辛い、もう黙って、お願い。
「あーはいはい、挨拶したじゃないですか、何かようですか? 」
「んぅ? 用? ないよ? 」
ギギギギ……飢えて死ぬことは無くなったが今度はストレスで死にそうだ……
「用がないなら「あっ!! そうだっ!」
……う、うぜぇ。
「タヤ君さっきエディ様の部屋に入ったんでしょ!? 今日のエディ様はどんな感じだった? かわいかった? 」
ミシェルさんはぴょんぴょん跳ねながら泡色の目をキラキラとさせて、僕の顔を覗き込む。
「ちょっ、ちょっと近いですって! ……い、いつも通りですよ。……幸せそうにむにゃむにゃしてました」
もう何なんだこの職場は……エディ様中心に回ってるじゃないか、あんな人のどこがいいんだが。
ミシェルさんはは興奮気味に、かわいいかわいいと連呼しながらはしゃいでいる。
「……ミシェルさんは、エディ様のどこがいいんですか? 」
せっかくだから聞いてみる、どうせ顔と金に決まってる。
「どこがいいってねぇ……んー、なんだろ、やっぱりあのかわいい顔かなぁ〜」
ミシェルさんは斜め上の空を見ながらうーんうーんと悩んだ後、応えた。
ほら、やっぱりそうじゃないか。あの人が魔法の練習をしているのなんて見たことが無い、所詮産まれ持ったものを振り回してるだけじゃないか、全然凄くない。
「あっ、でもさ、タヤ君もエディ様と遜色ないくらいには綺麗な顔してるのに、あんまりモテないよね? 」
余計なお世話だ、やっぱり話す人を間違えた。皆が皆、エディ様エディ様って……あぁ、イライラする。
やっぱり俺の居場所はここじゃない、何なんだよ、エディ様も、勝手に連れてきて、自分で面倒くらい見ろよ。
「じゃあっ ……俺とエディ様の違いって何なんですかっ? 」
思わず口調が荒くなる、何にもしてないくせに慕われるエディ様と、そんな奴に少しでも憧れる自分が嫌だ、考えれば考えるほど胃が逆流するよな気分になる。
「ちょっ……ちょっと、え? 怒ってるの? ごめんね? で、でもあれだよ、私も上手く言えないけど、エディ様は…………なんだろ、よく分かんない」
やっぱりこの人にこんなこと聞いても意味がないか、これ以上話しても時間と精神の無駄だ。
「……はぁ、もういいです。俺は仕事に戻るので」
目を逸らしながらミシェルさんの横を通り過ぎる。
居心地の悪い職場だが、このままあの人について行けば間違いなく勝ち組の人生だ、ハルノ達もきっと幸せにしてやれる。
それに……俺がエディ様に一方的に嫉妬してるだけだ。
「待って待ってっ! エディ様はねっ……
後ろではまだミシェルさんがうんうん言っているが、聞こえないフリをしてどんどん離れていく。
〜〜♪〜♪
聞き慣れないリズムの鼻歌が聴こえる。機嫌が良いのか、制服に着替え終えたエディ様がニコニコしながら屋敷の廊下でスキップしていた。
この鼻歌のリズムはエディ様が造ったのだろうか、色んな音を声色で使い分け、メロディーを紡ぐ。
歌詞もあるようで、たびたび口ずさんでいるのを聴く。
齧り聴こえた程度だが、どれも素晴らしい唄だ。
エディ様の透き通った声も相まって聴き惚れ、立ち止まってしまいそうになる。
何で才能まで持ってるんだよ、どれだけ不公平なんだ……
俺は今日も、主人の後ろを追いかける。