ダイヤモンドとサファイア
最近、と言っても執筆活動を始めてまだ3カ月ですが、書くのが楽しくて仕方ありません、年内に100話書けたらなーなんて。
ところで執筆活動って作家さんみたいでかっこ良くないですか?
「……どういうことだ、このカマ野郎」
メーデーメーデー
サーフィアさんから全てを聞いたアラトは僕の襟を掴み、ギリギリと締めながら持ち上げる。僕よりも一回り大きく、体格も悪くないアラトに成す術もなく、宙に浮いた脚をジタバタさせて抵抗する。
「どういうことだと聞いている」
アラトは悔しさのあまり血涙を流し噛み締めた口からは血が流れている。
「どうもこうも聞いた通りだよっ! 何でアラトが怒ってんだよっ! 」
別にこの世界なら幼い内に婚約が成立することも珍しくない。現にそういう輩もいた。爆発せよ。
「…………ぅぅ……俺たちの生徒会長がぁ……こんな、こんな変態オカマ包茎野郎に……しかもあの凛としたティナさんまで……」
アラトは言い終えると僕の襟から手を離し、地面に膝をつき崩れ去る。包茎って言うな、二度と言うな、ばーかばーか。
そう言えばアラトはティナと僕と一カ月を過ごした、もしかしたらティナに惚れていたのかもしれない。
「あ、もしかしてアラト、ティナに惚れてたの? 」
そう言った瞬間、ピシッっという擬音が聴こえるかのようにアラトが硬直する。
「……ちょっと、エディ君……それはさすがにかわいそうよ」
まさかサーフィアさんに常識を語られるとは、しかしまぁ分からなくもない、歳上の美女と一カ月も寝食を共にして意識するなという方が難しい。
「……くぅ、将来はこいつの部下か家来にでもなって、安定した収入と共にティナさんにお近付きになろうと思ってたのにっ! 」
知らんがな、そんなこと考えてたのかこいつ。まぁいいけどさ。
「エディ君の部下ってことは私の下僕でもあるのよね……アラト君、何か買ってらっしゃい」
よく分からない暴論を振りかざし、サーフィアさんがアラトに命令する。当のアラトも犬のように従順に、女王様への供え物を探しに向かった。
「……僕はどうしたらいいんですか? 」
ずっと黙っていたリョウがついに口を開く。
「……サーフィアさんがキレる前にアラトのところに行ったら? 」
素人目には分からないが、僕の目にはサーフィアさんが苛立っているように見える。
「そうしますね、エディも会長もあんまりハメを外さないようにして下さいね? ではまた明日」
リョウは僕に手を振り、サーフィアさんにお辞儀をして、溜息を吐きながらアラトを探しに行った。
「……あの子の爪の垢を煎じてエディ君に飲ませてあげたいわね」
サーフィアさんこそ飲めばいいんじゃないかな?
リョウを見送り、僕とサーフィアさんは二人になった。三日目ともなると魔法祭の雰囲気にもなれ、落ち着いた場所を探す。
少し前、僕とアラトが炭酸飲料を売った灰色のタイル張りの地面に、噴水が建つ学門前の広場に腰掛ける。
サーフィアさんは噴水の盛り上がった縁を椅子代わりにする。何と無く、僕は座らずサーフィアさんの目の前に立つ、こうするとちょうどサーフィアさんの頭と僕の頭が同じ位置にくる。
「ねぇ、エディ君、魔法祭は楽しい? 」
サーフィアさんは大きな目を真っ直ぐ僕に向ける。
僕は恥ずかしいのか怖いのか、反射的に目を反らす。
「ほら、またそうやって目を反らす。かわいいね」
サーフィアさんは太腿を土台に、両腕で頬杖をついて小さく笑う。
「楽しいですよ?……」
目のことは自分でも気にしているので敢えて応えない。
「そう、それは生徒会長として頑張った甲斐があるわ……」
サーフィアさんは僕の知らないところで頑張っていた、そんな彼女を僕は誇らしく思い、同時に羨ましく思う。
しかしサーフィアさんの言葉は歯切れが悪かった、どこか、本当に言いたいことを喉で留めているようだ。
「何か……あるんですか? ……ぼ、僕で良ければ聞かせて下さい」
漫画や小説の主人公にはおきまりの口説き文句だが、生憎僕はただのヘタレだ、でもヘタレなりにも、自分の大事な人には向き合いたい。
「……ふふっ、なんだ、エディ君も頑張ってるじゃない」
サーフィアさんは驚いた顔を直ぐに引っ込め、今度は少し寂しげな顔、僕に初めて告白した時のような寂しそうな顔だ。
「エディ君は、後悔してないの? 」
「何をですか? 」
後悔なら沢山した、もう数え切れない。
「私と婚約したこと、まだ10歳の、才能も知識も持っていて、これから自分の世界を創ってゆこうって人生を私に台無しにされたこと。指輪とか、私の立場とかで貴方を縛って逃げれなくしたこと……」
言ってから、サーフィアさんの目にはほんの少しの涙が浮かぶ。
あんなに強気で、不遜で、僕からしたら王の器を持つ彼女も、色々と抱えて心に壁を作ってきたんだろう。僕にはよく分かる、必死に取り繕ってもいつかは限界がくるのを。
信頼できる、自分を肯定してくれる誰かに『大丈夫だよ、大丈夫』と言って欲しい。
今のサーフィアさんもまさにそうだ、まさか僕に後悔している何て言われると思っていない、肯定してくれる僕に大丈夫と言って欲しいんだろう、僕はそれが醜いなんて全く思わない。
むしろ逆だ、王族という強固な壁で心を覆っているサーフィアさんが、僕にだけドアを開けてくれる、それが堪らなく嬉しい、見知らぬお偉いさんにスカウトされるよりも。
「大丈夫ですよ、大丈夫です」
僕はそう言って俯くサーフィアさんに近づき、少し震える手を彼女の頭に、ポンッと触れる。
サーフィアさんは僕のらしくない行動に驚き、目を大きな開けて顔を上げる。
「ほら、見てくださいよ」
僕は左手にした指輪と、昨日サーフィアさんに買ってもらった髪留めを見せる。
どう見ても女性用の髪留めをするのは少し恥ずかしかったので、右耳に掛かる髪を留めるように、見えない場所に付けていた桜色の髪留めを見せる。
「ちょっと恥ずかしくてなかなか素直になれないだけなんです、この前は失礼なことを言って本当にすいません。でも、サーフィアさんが思っている以上に僕は貴女のことが好きです」
言い終わって、感じた。こんな臭いセリフも恥ずかしくない。僕もサーフィアさんが肯定してくれると分かっているんだろう。
「……懐かしいね、この前はエディ君に好きなところは顔だけだ、なんて言われたものんね」
サーフィアさんは涙を拭って、笑いながら応える。それらしきことは言ったけど、そんな酷いことは言ってないと思う……
「……撤回してくれる? 」
今度は怯えるような表情、今日のサーフィアさんの表情はよく変わる。
「もちろんですよ……でも、どこが好きかって、その確固たるものが無いというか、ここが好きなだから好き、みたいな一次元的なものじゃなくて、もっと複雑で、色んなものが絡み合って、その結果僕はサーフィアさんが好きなんだって……すいません、自分でもよく分かりません」
伝えたいことを上手く伝えるのは本当に難しい、僕のツルツルの脳みそではこれが限界だ、伝わっていると嬉しい。
「もちろん顔も大好きですけど」
心を見せることに抵抗がある僕は、テヘヘと笑ってはぐらかす。
「なんか……今のエディ君、かっこいいね」
またサーフィアさんは笑顔になる、僕も嬉しくて笑う。
「そうですか? かわいいじゃなくて? 」
僕は嬉しいと一言多い性格だ、面倒くさいやつだと思う。
「えぇ、今みたいに誰かに自分の内面を曝け出すところ、かっこよかったよ」
あんまり褒めらるとソワソワしてしまう、能力や才能じゃなく、自分自身を褒められるのはまだ慣れていない。
「サーフィアさんこそ、僕に色々と言いたいこと、有るんじゃないですか? 」
見て見ぬ振りはしたくない、いつまでもサーフィアさんの好意に甘えるのはむしが良すぎるだろう。
「……そう、でも今から私が言うことを気にしなくてもいいわ、どうにもならないって分かってるから。でも私がこう思ってるってことだけは知っていて欲しいの」
サーフィアさんは一息ついて話を続ける。
「私は、やっぱり……やっぱりエディ君に私だけを選んで欲しかった」
サーフィアさんは声を震わせて、上ずらないように抑えながら、それでも僕から目を離さない。その目と言葉が僕に重くのしかかる。
「『好き』ってものがとても曖昧で、対象によっても様々だから一つに絞れないのだと思うよ。それでもさ、エディ君って共通点を持った私とティナさんは『好き』ってものを並列にして、それを比べることでしかエディ君からの愛情を計れないの。ここは私の方が優れているからここで好かれるのは私だ、って具合にね。
今からどちらかを選べってことじゃないよ。ただね、代わりと言ってはなんだけど、それに見合う人になって欲しい、私達のエディ君はこんなに凄いんだ、かっこいいんだって誇れるようになりたい」
長くなってごめんね、とサーフィアさんは話を終える。
散々ゴネて言い訳を探して、努力から逃げてきた僕だが、驚くほど素直にサーフィアさんの願いを叶えたいと思った。
僕は先の見えない努力が大嫌いだ、あと確率って言葉も大嫌いだ。今している努力が本当に意味があるのか? いつか報われるのか? 具体的に何%?
100%保証されているもの以外は、脚が震えて動かない。
前世でも、そして今だって、僕の歩く道の90%くらいは誰かが整えて、照らしてくれている、それでも見えない10%が怖くて踏み出せなかった。
「頑張ろう……うん、頑張ろう……」
サーフィアさんに向けて言ったのではない、口から溢れるように、出てきた。
月並みな言葉だ、本当に言葉通りだ、月に1回は言っているし先月もその前も、何なら産まれた瞬間思った。でも今度こそ今までとは違う。
例えるなら僕は、外装だけピカピカに整えられて、中身はオンボロの中古車だ。前世から乗り回したボロボロの車に、頑張る頑張ると何度エンジンを掛けてもなかなか掛からない、掛かってもすぐにエンストする。
それでもそんなハリボテの中古車に、二人も乗り込んだ、残念ながら車内まで取り繕うことはできなかったが、二人は文句一つ言わない。ハンドルは僕だ、こんないつ動けなくなるか分からない奴に、二人は人生を預けてくれた。
ちゃんとハンドルを持とう、ライトを点けよう、ガソリンも満タンだ。
やっとエンジンが掛かった。