異世界転生万歳!!
アリーナの凍っていない部分に大の字になって転がる。
まぁまぁ、上々の結果ではないだろうか。入学四ヶ月で学園中の猛者が集まる大会で二回戦進出、80点くらいは貰えると思う。
また80点と思う一方、どこかで満足している自分もいる。昔どこかで、現状に満足しているとそれ以上進めない、なんて聞いたことがあるけれど。
生憎僕は名言や熱い激励なんかで変われるほど素直な性格ではない。大丈夫、僕は凡人よりかは凄い、だから大丈夫。
「お疲れ様……とはちょっと違うかな? でもありがとう、いい試合だったよ」
シタさんが寝転ぶ僕の前に近づき、折れていない方の手を僕に向ける。
手を取り合って立ち上がる、どこかのリア充や体育会系みたいでちょっと恥ずかしかったが、シタさんの手を取り立ち上がる。
「……そうですね、腕は大丈夫ですか? 」
「大したことはないよ」
負けた相手と仲良くおしゃべりする気にもならず、シタさんに礼を言い、早足で立ち去る。
マイルさんの司会と観客が何やら盛り上がっているが、もうただの騒音にしか聴こえない、ここはもう僕のステージじゃない。
あまり意識はしていなかったが、両親やティナも観に来ていた、きっと負けた僕を優しく慰めてくれるだろう。堪らなく惨めだ。
僕は控え室に戻り、汚れた服を着替え、荷物を纏めて早々と控え室を出る。誰かに引き止められる前に何処かへ行ってしまいたい。
外へ出ると同時に重力靴を使い、空に飛ぶ。このまま居なくなるほどグレていない僕は、高等部校舎の屋上の登り、再び地面に寝転ぶ。
校舎の屋上なんて青春漫画とかで無い限り普通は鍵がかかっている、飛べる僕には無意味だが、逆に誰も来ないという利点もある。
コンクリートらしき灰色の床と無骨な鉄骨の手すりしか無いここで、しばらくの間ゆっくりと思考を深める。最近色々あってこうしてゆっくり考えることもなかったし避けていた。
まず思いつくのはティナのこと、そしてさっきの試合のこと……なんだかなぁ、夢みたいな転生をしたのに人生が全く甘くない。とりわけ大きな出来事がある訳でもなく、誰もが持つ小さい悩みばかりだ。
まぁでもドラゴンフライみたいなのはもう勘弁だけど。
「はぁ〜〜あ 」
組んだ腕を枕に空に向かって大きな溜息を吐く。
「どうしよっかなぁー」
ティナのこと、きっと魔法祭が終わる頃には母さんがティナの見合い相手を探し、上手くいけば数ヶ月でティナは僕の前から居なくなるだろう。
でももう以前のように泣いて喚くほど強い感情は湧いてこない、だいたいは時間が解決してくれる。消えることはなくても、水で薄めるようにだんだん色褪せて、今日負けたことだって一週間も経てば思い出になっていくだろう。人間ってうまくできている。
「……小雨」
それでも今は悔しい訳で、下で祭りを謳歌しガヤガヤと楽しんでいる人達へのささやかな嫌がらせとして魔法で小雨を降らせる。サーフィアさんの魔導具のおかげで思った二倍の雨になってしまった。まぁいいや、ざまーみろ。
器の小さい自分に、自分で心配になる。
しばらく雨を降らし、突然の雨に戸惑う人達を上から見下ろしていると、ガチャっという鍵が解かれる音が聞こえる。
「あら、負け犬のエディ君じゃない」
生徒会長権限か、よく分からないけれどサーフィアさんが屋上の鍵を開け入って来た。真意は分からないがさすがに今の言葉には腹が立つ。
「何なんですか? 煽りに来たんですか? 今はちょっとそんな気分じゃないんですがねぇ」
多分サーフィアさんにこんな嫌味を込めて話すことは初めてだと思う。言い方を変えればいい子ちゃんぶっていた。
「でもどうせ慰めても、ほっといてくれー、とか言うんでしょう? 」
まぁ、言うんだけど。
「じゃあほっといて下さいよ」
「嫌よ、私はエディ君と喧嘩しに来たの」
意味が分からない、Mなのかこの人は。
「じゃあ仲直りしましょう、ごめんなさい」
僕の頭は風船よりも軽い。さっさとどっか行って欲しい、サーフィアさんにあたって嫌われたりしたら目もあてられない。
「……ほんと子供ね」
サーフィアさんは溜息をつき、面倒くさそうな顔で呟く。
「わざわざ何の用ですか? まさか本当に馬鹿にしに来ただけじゃないですよね? 」
さんざんかわいがって貰って、つい数時間前に五千万円もする物をくれた人への対応として間違っているのは分かっている、それでも誰かに当たり散らさないと気がすまなかった。
「まぁそれもあるんだけどね」
あるんだ。
「負けて傷心してるエディ君に漬け込んであわよくばものにしてしまえ、って作戦よ」
サーフィアさんはいつもの、そしてよく分からない自信と共に胸を張る、胸を張るってエロくない? ないか。
「……言ったら意味ないんじゃないですか? 」
「そんなことないわ、よく聞きなさい。エディ君、もし貴方が私のものになるなら絶対に、何が有っても捨てないわ、もし貴方が役に立たないゴミだったとしても、無能のヒモになったとしても私は貴方を見捨てないし馬鹿にもしない。この国の第二王女として誓うわ」
……甘い甘い言葉だ。もしサーフィアさんのものになってしまえば無意味な劣等感に悩まされることも無くなるし、ティナが居なくなる心の穴も埋めれるかもしれない……
それでもサーフィアさんが僕に拘る理由が分からない、分からないから怖い、信じれない、本当はいつか捨てらるんじゃないだろうか? 実は僕は、サーフィアさんが気に入った大勢の中の一人じゃないのか?
自分の醜さが嫌になる。
「……前も聞きましたけど、何でそんなに僕に拘るんですか? それを知らないと僕はサーフィアさんを信じれない……です」
「……そんなことでいいの? さんざん悩んだ私が馬鹿みたいじゃないの」
「そんなことって……」
まるで僕の悩みが取るに足りないと言われたみたいだ。
「そりゃあ……サーフィアさんみたいに凄い人からしたら僕みたいな凡人の悩みなんてそんなことかもしれませんけどね」
口から流れるように悪態が出てくる。しかしサーフィアさんはまるで気にする様子はない。
「はいはい、じゃあ言うね? まずはやっぱり顔ね、顔が好みよ、もう成長しなくていいと思うくらいね、そして良すぎず悪くもない頭も好き、無駄に強いところも好き、後はそうね。ここが一番のポイントなんだけど」
サーフィアさんは一泊おいて僕の目を見る、恥ずかしくて直視できなかった。
「これでもかって位普通で、分かりやすいところが好きよ。私だって知らないことや分からないことは怖いけど、君のいちいち全部に反応して、すぐ人にあたって。そんな一つ一つは小さい悩みにぐるぐる巻きにされてるエディ君を見てると私も安心するの」
……変な人だなぁ。真っ先に浮かんだのはなかなか失礼なことだった。
悩んでる人を見るのが趣味なのか? いまいち意味が分からない。
「……それって、自分よりも下の人を見て安心しているのとどう違うんですか? 」
自分の性格が悪いことなんて百も承知、でも聞かずにはいれなかった。
「人間なんて皆そんなものよ、エディ君だってそうでしょう? 」
そうかもしれない、まさに今、自分は凡人よりかは強いから大丈夫、と安心していた。
何故か論破された気がする、このままサーフィアさんについて行きたい、きっと幸せになれる。幸せが何なのかイマイチよく分からないが、きっと今よりは幸せになれると思う。
「……はぁ」
今日何度目か分からない溜息。出かかった言葉を再び飲み込む前に吐き出す。
「サーフィアさん、僕と、その、えっと……う〜ん……付き合って下さい……」
あぁかっこ悪い、かっこつけようと準備したのに。
サーフィアさんは完璧美人に似合わない面喰らった顔で固まっている。
「えっ……え? 本当に? 本当に本当に本当に?? 」
サーフィアさんが僕の方を掴み前後に振る。
「本当に本当ですから離してくださいいいい」
頭をシェイクされながら応える。今のサーフィアさんが年相応の自分なのかもしれない、立場に見合うために必死に取り繕っていたのだとしたら僕とあんまり変わらない。
ふつふつと彼女ができた喜びが湧いてきた、異世界転生万歳!!
おかしい……予定と違う。




