ティナとアラト、僕とオーク
マリーナ鉱山へ連れて行かれた子供達を取り戻すために王都を出発してから数日、僕は当初の目的も忘れてしまうほどティナにしごかれていた。
「全くダメですね。敵との距離を開け過ぎです、それに腰が引けています。もっと接近してヒットアンドアウェイが基本です」
今、僕はなぜかティナの魔法刀を持って魔物と対峙している。
僕の半分以上もある大きな狼型の魔物ワイルドウルフにえいえいと魔法刀を振り回しては空振りをする。
僕が雑魚であることを十分に分かったであろうワイルドウルフは大きな欠伸をした後、チラリとこちらをみてふっと鼻で笑った。
犬っころに笑われるのは何故こうも腹が立つのか。
「……なぁティナ、僕は一応魔導師なんだけど」
剣を持って斬り合いとか、剣道すらしたことが無いのに。
「またその話ですか? いい加減諦めてください。エディ様の魔法は強力ですが対人戦や集団戦では使い所が限られてしまいます。それにエディ様には強固な防御魔法も有るようなので、切り込み隊長として一対一の戦いにも慣れて頂きます」
対人戦や集団戦って、誰と戦うんですか……
にしてもアラトには緩い、魔法が失敗してもティナはアラトを励まして終わりなのに、僕が魔法の制御を誤るとくどくどと、それはもう僕の心を抉りにくる。
心の中でティナに毒突いていたらワイルドウルフが飛びかかってきた。
「うわっ!!」
ガキンッという音と共に魔法刀とワイルドウルフの爪が鈍い音を立てる。
僕は二三歩よろけた後、ティナのように魔法刀に魔力を流しウィンドカッターを放つと、ワイルドウルフは綺麗に二つに割れた。
「……どうだっ⁉︎ 」
渾身のドヤ顔でティナを見る。
「気色の悪い顔はやめてください、論外です。今修行しているのは近接戦闘であり魔法刀は遠距離武装ではありません」
ティナだってやってたくせに。
「私はいいのです」
「心を読むな」
「……仲良いんだな」
「なんだアラト、嫉妬か? キモいぞ? 」
これがティナと七年間育んだ愛だ。
「エディ様、気持ち悪いです」
だから心を読むな。
「何度も言いますがとにかくその屁っ放り腰を直してください、腰が入っていないと簡単に押し負けます」
「……分かった分かった、分かりましたよセンセー」
ティナはしつこいけど今日はとくにしつこい。
「分かってくれましたか、では新たな御相手をご紹介します。こちら三匹のオークさんです」
そう言ったティナの後ろから、濃い緑色の肌に顔は豚、でっぷりと腹の出ただらしの無い胴をしたオークが三匹、豪快な音と土煙を上げながらこちらに走ってきていた。
「無理無理無理!! 」
相手は2メートルはあろう巨漢に対し僕はやっと150センチに達した程、しかもそれが三匹。
ティナとアラトを置いて全力ダッシュだ。
「そちらのオークさん達はなんと男性しかおらず、繁殖するために他種のメスを孕ませます。お気をつけて」
誰が他種のメスだ、じゃあなんでティナは襲われないんだよ。
「……オークに陵辱されるエディルトスか、悪くねぇな」
逃げる僕の向こうでアラトとティナがうんうん頷いている。
覚えておけよお前ら。
もちろん体作りなどした事もなく、もやしっ子の僕はあっという間に追いつかれ、振り向いたときには一匹のオークがどこから取り出したのか、刃こぼれのした方手斧を振りかぶっていた。えっ、僕を孕ませるんじゃないの? 殺しちゃうの? 孕まないけどさ。
「……って臭っっ!! 」
オークの体臭の臭さに耐え切れず、思わず振り返った僕は、迫り来る方手斧に土魔法で作った石つぶてを当て、反動で体制を崩したオークの腕を手斧ごと切除する。
さらにまだ距離のある二匹目のオークは片足を氷魔法で地面と接着したまま凍らせ、頭から倒れ込んできたところを狙い首をはねる、最後の一匹は脚が遅いのか少し遠いので得意の爆発魔法でドーン。
……お? 意外とやればできるもんだな。てゆうか切れすぎじゃない? この剣。
「ようやく及第点、というところでしょうか」
「何が及第点だ、このことはママンに言いつけてやるからな!! 」
今度の今度は許さないぞ。
「何がママンですか。しかしいいのですか? ……かわいい息子が親に隠れて女の人を買いに行ったと知れば、エメリア様がどう思われるか…… 」
何故知ってる……アラトをチラリと見るとガタガタ震えていた。何を吐かされたんでしょうか……
「……よし、今回はそれで手打ちにしようか」
「いいでしょう、先に進みましょう」
「お二人さん、それはいいけどこの惨状はどうするんですか」
敢えて触れなかったが僕達の周りはR-18G状態だ。片手を肘から斬り落とされた一匹目のオークは紫色の血をドクドク流しながら痛みのあまり失神しているし、二匹目は生首状態、三匹目なんてもう色々ブチまけてる。
ちなみに僕もオークの返り血で大変なことになっていたりする。
「別にいんじゃない? 流石に食べたくないし」
旅の一貫として自給自足もありだが、多分臭くて食べれるものではない。
「そうですね、このままにしていても他の魔物が綺麗に平らげてくれます。後エディ様、臭いです近寄らないで」
自分でくっさいオークを差し向けておいてそれは酷くないですか……
オークの返り血を浴びた僕は臭いという理由で馬車に乗せて貰えず、その場でティナによって丸洗いされ、ようやく馬車に乗って進むこととなった。
どうでも良いのだが丸洗いとは、丸裸にした僕を樽の中に水と一緒に放り込み、風魔法を使いながら洗濯機よろしくトルネードすることである。ただティナが僕の裸になんの興味も示さないのが悩みどころだ。
「いやぁ、実際見たのは初めてだがお前もちゃんとついてるんだな、ちっせえのが」
アラトが僕を見ながら勝ち誇った顔をする、死ねばいい。
「あらあら失礼ですよアラト様。エディ様も気にしているのですから」
こいつは本当に僕のメイドなのだろうか。
「……それにしても後どれくらいかかるんだ? もう一週間くらいは進んだと思うけど 」
「強引な話題転換ですね、子供達を連れて行った馬車は私達よりも荷物が多い分遅いと考えれます。ですので早ければもう一週間くらいあれば追いつくのではないでしょうか? 」
後一週間か、できればもう少し早く追いつきたい。行きの道は三人でも子供達を連れ戻せればその分だけ増える、帰りに時間がかかってしまうことは明白だ。
魔法祭に間に合うにしても一ヶ月以上学園をサボることになっているし、クロナに魔法を教えることを滞ってしまった。色々心配事はあるのだが、何よりこの三人でずっと居るのは僕のメンタルが持たない。
「もっと急ぐ方法はないのか? 」
「急げと言われましても……」
「……思ったんだけど、エディの魔法で馬車ごと飛べばいいんじゃないか? 」
というわけで馬車は馬車ではなくなりました、動力はこの僕。連れて来たお馬さんは馬車ごと浮かせたことで運ぶ荷物はゼロ、もはやお散歩である。こんなことなら連れてくるんじゃなかった。
「馬がいなけりゃもっと早く行けるけど、置いていく? 」
「この馬はアウル様の大事な馬です、勝手に持ち出して捨てるなどダメに決まってるでしょう」
まぁそりゃそうだね、馬さえいなければこの馬車が飛行機になったりするのだが。
こうして手ぶらになったお馬様は先ほどの二倍以上の速さで進むこととなった。
(何となく釈然としないけど、魔力増加にも繋がるしいっか)
次話からどんどん戦闘を増やしていきます。