大人の模範解答
少し時間がかかってしまいました。できるだけ一日か二日に一話書くように頑張ります。
次の日の朝、僕は学園についてからもスラムの子供達の扱いに頭を抱えていた。
(当分の間は魔法を教えて、僕達が授業でいない間に働いてもらうんだけど……)
問題は住む場所だ、彼らは今もあの汚ならしい路地裏で寝起きしている。衛生的なこともあるが何より助けてやると言っておいてそのままは酷い。
「もう家作っちゃおうっかなぁー」
本職の大工さんには叶わないが緊急シェルターくらいなら作れる気がする。
あれこれ考えていると教室の外から石でできた床を駆けるような乱暴な足音が聞こえた。
「おいっエディ!! スラムが無くなってる! どうなってるんだ⁉︎ 」
その報せは瞬く間に学園中、いや王都中に広まっていた。
もちろん吉報としてだ。今まで王都の治安悪化の一端であり、学園からそう遠くないスラム街が消えることは喜ばれることである
。
授業があることも忘れ、僕達二人は昨日訪れたばかりのスラム街に飛び込んだ。
「ここ……だよな? 」
「……あぁ」
一日でこうも変わるだろうか、異臭を放ちゴミだらけだった地面は綺麗にタイルで舗装され、カビと落書きで覆われていた壁は美しく磨かれていた。
それだけではない、昨日は居た、目を逸らしなくなるような人達は一人もいない。
あの死にかけの子供も汚い浮浪者も、もちろんアラトに懐いていたあの子達もどこにも見当たらない。
昨日会ったばかりだろうと言われれば、そうかもしれない。だが一日でも、一時間でも会って話した。
ただそれだけでも情は湧く。
「……何とかしてやるって言っただろ、泣きそうな顔するなよ」
「……泣いてねぇよ、目から涙が出ただけだ」
それが泣いてるんだよ、と突っ込みそうになったが、いつも通りのアラトが僕に落ち付きを取り戻させる。
「これをしたのは誰か知ってるのか? 」
何故かアラトが気まずそうな顔をした。
「……知ってるんだろ? 」
「その……いや、これをしたのはクロナちゃんのお爺様なんだよ」
レナードのワイズガード家は、王を護る魔導師隊を率いると同時に、王都の治安維持にも力を注いでいる。
アラト自身もクロナと友達であることと、僕とクロナの仲も考えてくれたのだろう。しかしどれだけレナードが憎かろうと、レナードは正しいことをしたのだ。
本来スラム街がなくなって悲しむ人間などいないはずだった。
「どうせ学園はサボったんだ、今からあのクソジジイのところに行くぞ」
「クソジジイってレナード様のところか? ……お前がいてくれて助かる、ありがとう」
まだ何もしてないのに、アラトは本当にいいやつだ。
ちなみに、何故かは分からないがクロナの屋敷、つまりライズガード家の大きな豪邸に、僕は顔パスで入れたりする。多分ワイズガード家の屋敷の人達は、サーフィアさんとの婚約をしなかった僕をクロナの未来の旦那様だとかと勘違いしているんだと思う。
ここに来た僕を見るなり仕様人の人達は、ワイズガード家も安泰だとか何だとか言ってくるのだ。
もし僕はがクロナと結婚しても僕が新しい貴族となって、クロナをワイズガード家から引き抜くことになるのだが安泰なのだろうか?
(そもそもクロナと僕が結婚する妄想なんて、こっちに来てから僕は調子に乗っているな)
自分を戒めながらワイズガード邸についた僕達は、見知った門番の魔導師に挨拶をする。
「おはようございます、今日もお疲れ様です。本日はレナード様にお話があって友人と来ました」
今日は遊びに来たのではない。
「おぉ、エディ坊じゃねーか。そんなに改まってどうしたんだ、レナード様なら今日は客人が来るとかで一日屋敷に居られるぞ」
「ありがとうございます、正式にお話がしたいので確認をお願いします」
いつも魔法で飛び越えて行く僕の変わりように驚いていた門番だが、屋敷に入っていった。
「お前……敬語とか使えるんだな」
こんなときまで失礼なやつだ。
数分すると門番が帰ってきた。
「エディ坊が客人だったのか、それなら言ってくれよ。今すぐにでも話したいだってよ」
そんなはずはないのだが……どうせ通されてしまったのだからこのままレナードのところまで流れてやる。
ワイズガード邸に入り、途中の廊下でメイド長のリーナさんに飴玉を貰った僕とアラトは今、レナードの前に座っていた。
「誰かが来るのは分かっていたが、また坊主か」
レナードは開口一番にそう言った。
「僕が来るのを予想してなみたいだけど、なんでなんだよ」
隣のアラトが僕の言葉使いにあわあわしているがこいつ相手にはこれでいい。
「坊主達が来ることを予想していた訳ではないぞ? ただこの数年ずっとスラムの子供達に援助している子供が居るという噂は聞いていたからな。その子がスラムを掃除したワシのところに来るのは当然だろう? なぁアラトくんとやら」
いつになくレナードが挑発的な態度だ。
平民からしたら大物も大物であるレナードにすっかりアラトは萎縮してしまっている。
「アラト、しっかりしろ。一番このクソ野郎に用が有るのはお前だろ」
「クソ野郎ってお前……」
クロナに魔法を教えるため、度々顔を合わすレナードもクソ野郎扱いになど、今更気にも留めない。
「……レナード様、お…私がその、スラムの子供達にお金を分けていたものです。レナード様が間違ったことをしていないのは分かっています、ですがあの子供は私の弟さんや妹のような奴らなんです、どうか返して貰えないでしょうか」
「返せとは、ワシが人攫いのような言い方をするのだな」
「す、すいません! そうではなくて……」
「何で今日はそんなに嫌らしいんだ? 」
レナードの物言いに思わず口を挟んでしまった。
「……別に今日だけじゃない、それに返せと言われてもそう簡単にどうこうできるものでもない。奴らは一人の例外なく犯罪者だ、おいそれと返すわけにはいかないな」
「あいつらは犯罪なんかしてねぇ!! 俺と約束したんだっ!! 」
「君との口約束が証拠になるか? それにもししていなくともスラム住人からのこれまでの多大な被害、窃盗に恐喝、殺傷事件まで。一人ずつ取り調べることなど時間の無駄だ」
「それでも大人かよっ!! 」
「落ち着きたまえ、これが大人だよ」
非情だがレナードの判断が最も効率的で不満も少ない。今更スラムの住人一人一人に時間とお金をかけるより、全て等しく、同じように【なかったこと】にしてしまえばよい。
「……そうやって臭い物には蓋をして、見ないふりをするのが貴族の仕事なのか? 」
「……なんだ坊主、お前もか? ワシはお前を現実的で合理的な考え方をしていると思っていたのだかなぁ」
「話を逸らすなよ、僕やお前が現実的だとか言ってるのは、模範的な答えがあるからそれ以上考えるのをやめただけだ」
アラトのおかげで分かったことがある。僕は全員を救えないなら一部だけを救うのは不公平で間違っていると思っていた、でもそれを僕自身がスラムの子供達を助けないための理由にしていた。
「……坊主、お前はもっと大人ではなかったか? 何故今になって青臭い理想論を掲げる? 」
そう言ってレナードはため息をつく、確かに前世の僕ならこんなクサい台詞を吐く漫画の主人公を鼻で笑っただろう。こっちに来て10年が経つ、そろそろ前世に引っ張られる人生を変えたかった。
サーフィアさんに教わった、できることもせずに逃げ出す奴に価値は無い、まだ10歳だ、青臭いくらいがちょうどいい。
「青臭くても笑ってくれても結構だ、80点の大人にはなりたくない」
「ワシはお前から見て80点の大人か…… お前達の目をつけついた子供達はマークしてある、行き先くらいは教えてやる。それからは自分で考えろ」
この話は終わりだ、と言わんばかりにレナードは話を打ち切った。
こうなることを予想してか子供達に目をつけていたレナードも少し青臭い気がする。
「ありがとう……ございます……」
「……ありがとうございます」
アラトが礼を言ったので、不服だが僕も言ってやる。
だが、そう言ったレナードは緩めた目を再び鋭く尖らせ僕達を睨みつけた。
「赤毛の小僧も坊主も、お前達はこれから言う場所に向かい力尽くで子供達を奪い返すのか?人類最強かもしれん坊主がいれば簡単だろうが、言わずもがな犯罪行為だ。とくに赤毛の小僧、知らんだろうがお前が巻き込んだ友人は、王に将来を約束され、王女からの婚約まで届いた人間だ。その者の人生を狂わす可能性があることをゆめゆめ忘れるな」
アラトは驚きと後悔の入り混じったような表情をしながら、僕への言葉を選んでいるようだった。
「……心配するな、僕はロリコンなんだ。貴族なんかよりもあの子達のお兄ちゃんになってやるよ」