ヒーローブルー
それから何人もの従業員に聞いて回ったがアラトはあれから一度も来ていなかった。
ただ一つだけ分かった、冒険者ギルドの裏手の路地に、赤毛で10歳程の少年が出入りしているらしい。
冒険者ギルドの裏路地というのは聞いたことがある、少し言い辛いが、簡単に言えばスラム街だ。
僕も両親やティナ、学園の先生まで多くは語らない。
(そんな所で何してるんだよっ……)
実際に見たことは無いが、自分が恵まれて育ったせいか余計に嫌悪感がでてしまう。
まだアラトが帰っていなければ多分まだそこにいる、一人で行くには不安だが、その話が本当ならアラトを連れ戻したかった。
結論を言えばアラトはそこに居た。スラム街といことが嫌でも分かってしまうほど路地は汚く、死んだ目をしたガリガリの子供が僕を見る、そんな中でアラトは同じくボロボロの子供達に囲まれて立っていた。
「何してるんだよアラト 」
思わず友達の名前を呼んでしまった。アラトの真新しく、ピカピカの制服に対して、スラムの子供達が着るボロボロのつなぎが対照的で。どうしてもアラトがここに居てはいけない存在に見えた。
「……なんだお前か、そんなに慌ててどうしたんだよ、さっきまでお楽しみだったんだがちょっと道に迷ってな。こいつらに聞いていたんだよ」
ずっとバカだと思っていたアラトが秘密を作った。見え見えの嘘は僕に立ち入ってくれるな、というアラトなりのメッセージなのだろうが、それでも自分の知らないところへ友達がいってしまいそうで怖かった。
「アラトが店に行ってないことは知ってる、こんな所で何してるんだよ、親父さんも心配してたんだぞ」
「……こんな所、か」
アラトの顔が少し悲しそうな気がした。
「なんだよって……親父さんの店はアラトがここに来ないといけないくらい危ないのか? なら売り上げからもっと渡すようにするから」
スラムの人間がする事と言えばどこも変わらない、物乞いに盗みや暴力等の犯罪、女性なら自分を売る。そうでもしないと生きて行けないから。
「そうゆうことじゃない、お前のおかげで不釣り合いなくらいの金が手に入ったし感謝してる。俺は馬鹿だから上手く言えねぇけど。こいつらだって金がないと生きれねぇんだよ」
スラムの一回り小さい子供達に囲まれていたアラトが前に出た、よく見たらアラトが稼いだであろう銅貨が数枚ずつ、子供達の手に握られている。
ただアラトのことが分からない、募金なら僕だってしたことはある。だけど素性も知らない子供達に自分のお金を渡すアラトが何をしたいのか分からなかった。
「……数日ちょっと稼いだ金をここの人達にやって、アラトは偉くなったつもりか? その子達に一生恵むつもりか? 」
アラトが馬鹿だとは思っていたが、ここまでだとは思わなかった。
「俺がそんなこと考えてる訳ねぇだろ? ただ俺の目の前でこいつらが苦しんでいたから、俺の持てる力で手を差し伸べただけだ。俺が見捨ててこいつらが死ぬなら俺は馬鹿でいい」
「……アラトがする必要があるのか? 」
「他に誰がしてくれる、誰もしないから俺がするんだよ。……馬鹿なことしてるのは分かってる、俺だって自分の金で遊びたい。ただ俺が遊ぶ金で一人が生きれるならそっちの方がいい」
アラトのそれが、優しさなのか、金を手にした優越感なのか分からない。
「アラトは後ろの数人を助けれたとしても、他の同じような子供達全員も助けれるつもりか? 」
「そんなの無理に決まってるだろ、なんで全員助ける必要があるんだ? たまたまこいつらが俺の前にいたんだ、理由なんてそれだけでいい」
「……そんなの無責任だろ」
「無責任なもんか、このスラムを見て見ぬ振りをし続けているのはお前らだろ。それに、なんでそこまで俺にこだわるんだ、俺の金なんだから文句はないだろ? 」
そう言われたら終わりだ、確かにアラトの稼いだ金を誰に貢ごうがアラトの勝手だ。そんなことは分かっている。
「……お姉ちゃんはアラトお兄ちゃんの、彼女さんなんですか? 」
ずっと黙って、アラトの後ろに隠れていた一人の女の子が僕に話しかけた。
「違うよ、僕はアラトの友達……のはずなんだけど」
出会ってまだ数ヶ月で、知らないところの方が多いはずなのに。友達の知らなかった部分が怖いと思った。
「アラトお兄ちゃんは馬鹿じゃないですっ! お兄ちゃんはもう何年も前から私達を助けてくれていて……ずっと、いつか助けてやるって。……それで最近、自分なんか足下にも及ばない凄い友達ができたって………」
「そ、そうだぞ! アラト兄ちゃんはバカだけどっ! ……バカだけど優しいんだ! 」
前に出たアラトを守るかように、一人、また一人とアラトの前に出た。
「理屈とか、これからのの事なんてどうなるか分からないけどよ、案外やってみれは救えるものはいっぱいあるんだぜ? 誰もやってみないだけでさ」
「お前は俺なんかよりもずっと凄いやつだよ。だから
俺にできないことも簡単にできると思う」
だから、とアラトは続けた。
「お願だ、こいつらを助けやって欲しい」
初めてアラトが僕に頭を下げて頼みごとをした。
羨ましかった。僕が理屈を盾に見て見ぬふりをした人達にアラトはまるで当たり前のように手を差し伸べる。同時に自分の限界も知っていて、誰かに頭を下げることを厭わない。
素直に大したやつだと思う、誰が彼を笑っても僕はアラトを尊敬する。
僕なんかよりも、アラトの方がよっぽどヒーローだ。
「任せとけよ、僕がなんとかしてやる」
戦隊モノのブルーも悪くない。