ドラゴンフライへ爆弾を
「……行こっか、エディ君」
「はい」
今僕達は三匹のドラゴンフライに襲われたテント前から移動し、できるだけ空を横切るドラゴンフライから見つからないよう、木々が地面を隠す森の中を歩いている。
ぐちゃぐちゃになった顔をサーフィアさんに拭いてもらって、もはや恥ずかしさなど通り過ぎてしまい、僕はサーフィアさんに手を引かれて歩いていた。
「ドラゴンフライは人間が入らない森の中にコロニーと呼ばれる大きな巣を作るの、そこで大量に産まれた個体がさらに仲間を増やすために一斉に外へ出て主に家畜や人間を餌にするためコロニーに持ち運び貯めておく、だからまだ皆は無事なはずよ」
「……うん」
初めて自分の身直に死を感じた僕には、終始凛としているサーフィアさんが本物の姉のように見え、ついつい甘えたくなる。
ドラゴンフライの羽音がますます大きくなってきた頃、ついに僕達の前に屋根の付いた野球場くらいか、土色の壁で覆われた大きなドラゴンフライのコロニーが現れた。
「あれね、それじゃあ私が中に入って皆を連れ出すから、エディ君は外のドラゴンフライを引きつけて欲しいの、できる? 」
つまりは囮になってくれということだ、もちろん嫌で嫌で仕方ないし今すぐにでも帰りたいがここで帰る訳にはいかない。
「……分かりました、できるだけ早くして下さいね」
サーフィアさんは苦笑いしながら拗ねた弟を宥めるように僕の頭を撫でた。
「エディ君、帰ったら私のことお姉ちゃんって呼んでもいいよ? 」
そう言ってサーフィアさんはコロニーへ走っていった。
まだ10歳とはいえ、精神年齢が30に近いはずの内心を見透かされ、恥ずかしさを紛らわすように重力靴を起動してドラゴンフライの群れの前まで上昇する。
(……絶対に呼ばないからな)
怖い、初めて至近距離で見るドラゴンフライは人間の頭ほどの大きな複眼二つで突然現れた獲物をギョロギョロと見ている。
「こっち見んなよ‼︎ 気持ち悪いんだよッッ‼︎‼︎ 」
半ば錯乱状態だが先手必勝とばかりに眼前に広がるドラゴンフライの群れへ特大の爆発魔法を撃つ。
鼓膜が破れるかと思うほどの轟音が響き、空に広がる真っ黒な絨毯に特大の穴がぽっかりと空く。
この攻撃で完全に僕を敵と見なしたドラゴンフライは不快な羽音を撒き散らしながら一斉に向かってくる。
(怖い怖い怖い怖い怖い怖いッッ‼︎‼︎ )
自分よりも二倍以上大きな化け物が万単位で押し寄せてくる、反射的にコロニーから遠ざかる方向へ重力靴を走らせるがドラゴンフライは空の専門家だ、地球にいるオニヤンマですら時速70Kmで飛行するのに逃げ切れるはずがない。
「うわぁぁぁぁぁぁああああ‼︎‼︎ 」
しかも追いかけるドラゴンフライはズバズバと風刃を撃ってくる。
(このままじゃヤバイッ‼︎ ほんとに死ぬっ! )
(とりあえず防御ぉぉお‼︎ )
「氷結層ッッ」
自分の周囲に球を描くように高密度の氷の膜を貼る。
そう簡単には割れないと分かっていても氷結層をガンガンと鈍い音で叩く風刃に恐怖ばかりが増す。
「怖いって、言ってんだろっ‼︎ 」
群がるドラゴンフライを吹き飛ばすが、いっこうに減る様子はない。
「何か、何か一気に減らせる魔法があればっ! 」
今の魔力で全力の水素爆発を撃ってもドラゴンフライは殲滅できない。
「氷柱槍ッ! 」
必死に考えながら氷礫の雨を降らしブンブンと群がるドラゴンフライを蹴散らしていく。
「はぁはぁはぁ……やばい、このままじゃジリ貧になる」
もう魔力は半分も残っていない、しかしドラゴンフライと言えば減った分だけコロニーから湧き出てくる。
焦って周りが見えなくなって来た僕の左側から、割れない氷結層に痺れを切らした一匹のドラゴンフライが体当たりをしかけてきた。
「⁉︎ っっ……ぐぅ」
(……もう無理っぽいんだけど)
ドラゴンフライの体当たりによってアイスバリアの中でシャッフルされた僕は朦朧とした意識で考える。
(……もう水素爆発で少しでも…………爆…… )
「爆弾だっ!! 」
(水素爆発よりももっと威力の高い爆弾だ‼︎ )
ドラゴンフライから逃げながら、魔法を使い空気中にある窒素(N2)と水素(H2)を高温高圧下で反応させる、これでアンモニア(NH3)ができる、このアンモニアの精製法を『ハーバー・ボッシュ法』と言う。
さらに必要なのはトルエン(C7H8)、これは簡単に言うと油である、ゴミだ、その辺にある。
この二つを反応させてできるのが2-4-6-トリニトロトルエン、またの名を『TNT火薬』という。
「ぁぁぁあ‼︎ もう!……くらえぇぇっ‼︎ 」
因みに僕はTNT火薬の作り方は知ってるけどそれの威力などもちろん知らない、教えてくれない化学の先生が悪い。
「……えっ? 」
錯乱状態の僕が作り出したのは火薬量約1キロトン、言わずもがな作りすぎである。TNT火薬は15キロトンで原子爆弾に相当すると言われているのだ。
空を黒く覆っていたドラゴンフライを一瞬で灰へ化し、爆風が地面の森を深く削り取る。
もちろん例外なく吹き飛ばされた僕だが自分が起こした光景に口が閉まらない。
「……やりすぎた……サーフィアさん達、大丈夫かな」
先ほど戦っていた場所にはドラゴンフライはおろかチリ一つ無くなっていた。