クロナのお願い
目標は決まった後はなら向かうだけだが。
等身大の人間にとってその努力こそが最も難しい。
とりあえずは御前試合、そこで勝って……その後はその後に考えたらいい
先が見えない努力ほど気が滅入るものもない。
試合に勝つために僕が必要なのは、多分攻撃を受けない事だけ。
(こっちの攻撃は最悪数打ちゃ当たるし何なら試合場ごとふきとばせばいいし)
どうせ結果が全て、勝てば何をしてもいい。はず。
「エディどうしたの?久しぶりに魔法の練習なんて」
母の庭でグラヴィティブーツを飛ばしていると母さんが不思議そうに尋ねてきた。
「いえ……ちょっと、頑張ってみようかな〜なんて」
自分の母親に頑張っているところを見られるのは少しばかり恥ずかしい。
「……そう、だからティナの機嫌があんなに良かったのね」
そう言って微笑む母さんも嬉しそうだった。
「どうしてティナの機嫌が良くなるのですか? 」
「あなたが愛されているってことよ」
そう言うと母さんは満足した顔で自分の部屋へ戻った。
自分が大事に大事にされていることが、少し恥ずかしい。
そしてその日僕はティナが夕食に呼びに来るまでグラヴィティブーツとその他の魔法の平行使用の練習を続けた。
貴族になろうと決めた三日後、屋敷には今もっとも会いたくない老人が、一人の少女を連れて訪ねてきた。
「エディ様、アルウ様がお呼びですよ、そんな顔してないで早く行ってください」
屋敷の中で一際豪華な客室では父さんとレナードは昔話に花を咲かせている。
そこへ僕がノックし扉を開けると、出迎えたのはやはり火炎球。
「いいかげんにしろクソジジイッ‼︎ 」
そう言いながら燃え盛る火炎球を吹き飛ばし、お返しにドヤ顔もくれてやる。
意外なことに、真っ先に口を開いたのはレナードの連れた少女だった。
「お爺様‼︎ 何をやっているのですか⁉︎ 三日前も同じことをしてエディルトス様にご迷惑をかけたのでしょう⁉︎ 」
エディルトス様、いい響きだ。もっと崇めよ。
「そ、そうじゃないんだクロナ! これは挨拶みたいなものなんだ! な? な? 」
レナードは孫に激怒され、みっともない顔で僕に同意を求めてくるレナードに毒気を抜かれたが、これくらいで許してやるほど僕は優しくない。高校時代のあいつとかには散々やり返してやった。
「その挨拶に一度殺されかけましたけどね、えぇ」
「その度は本当に申し訳ありませんでした、私の名前はクロナ・ワイズガードと申します。お恥ずかしいながらそこの老いぼれの孫をしています」
レナードの孫とは思えない礼儀正しい挨拶とともにクロナが頭を下げてきた。
(ふむふむ....クロナちゃんか、身長は150くらいかなぁ髪は懐かしい艶艶の黒髪ロングで顔は知性的で大きな黒目の美少女か.....あれ?)
「もしかして僕と同じクラスの?」
「覚えていらっしゃらなかったのですね……」
「ご、ごめん! 覚えてたんだけどそこのジジイのせいで思い出せなかったんだ! 」
本当に覚えていた、実はクラスの自己紹介のとき、かわいかったのでトーマスと一緒に覚えた子だ、いやむしろトーマスがオマケまである。
「まぁ、お爺様のせいですね……ならしかたありません」
そう言ってクロナは薄っすらと微笑んだ、この子もなかなかだな、と少し思った。
どうやらレナードはかわいい孫に頭が上がらないようで。
ショックから立ち直ったレナードと空気と化していた父さんを交え改めて話が始まった。
「まさかエディがレナード様と知り合いとはなぁ……」
「知り合いなどではありませんよ、通り魔の被害者と加害者です」
僕は根に持つタイプだ。なぁそうだったろ?、多田君よ。
「……レナード様は久しい人や気に入った人との出会い頭に火炎球を打つ癖、まだやってるんですか?」
迷惑な癖だな、死ねばいいのに。もちろん口には出さない、最強僕の口が悪いことに母さんがよく怒っている。
「それにしてもお前の息子は凄いな! お前が避けるのを数年もかかったやつを二度目で躱したぞ⁉︎ 」
父さんが呆れたように尋ねるとレナードは沈んでいた顔を明るくして言い放ったが、クロナに睨まれ再び顔を下げ小さくなる、いい気分だ。
そして男三人がいつまでも本題に入らないので痺れを切らしたクロナが話を始めた。
「お爺様の話などどうでも良いのです! 今日は私がエディルトス様に魔法の御指導をお願いにきたのですから」
お爺様の話などどうでもいいらしいぞ、ざまぁ見ろ。
しかし本題の、流れてしまったと思っていた約束は生きていたようである。
「……何で僕に教えて欲しいの? 知り合いとは言え話したこともないでしょ? 」
面接官のように賢ぶって聴いてみたけど実際のところクロナの顔を見た瞬間採用だ、何度も言うがかわいいは正義。あとおっぱいも正義。
しかし返ってきたのははぐらかしたような応えだった。
「エディルトス様は私を知らないでしょうが私はあなたを見ていましたよ? 」
こうしてクロナの師匠役をすることに決まった。
「おい坊主、言っておくがクロナはやらんぞ? 」
いつの間にか坊主呼ばわりである、数日前のレナードはどこへ行ったのだろうか。
むしろ鬱憤返しにクロナを貰ってやろうかとも考えたがよく考えるとその場合、おまけでクソジジイが付いてくる。
「オマケであんたが付いてくると思うと考え物だな」
「あ? 」
「あ? 」
「はぁ……二人ともいい加減にしてください」
何やら静観していた父さんとクロナが「不出来な息子ですがよろしく」「いえいえ」などと話していた。
話が決まった後レナードと父さんが昔話を始めたので僕とクロナは二人で母のお気に入りの庭へ出ていた。
「どうしてクロナは僕のことを知ってたの? それと僕のことはエディでいいよ、クロナの方が貴族様なんだから」
「分かりました、ではエディ君と呼びますね? 」
(やばい、惚れそう……)
弟子に惚れる師匠、何とも背徳的で素晴らしい。
「それに、多分あの学園にエディ君を知らない人はもういませんよ? 」
クロナが困ったように笑った。
「そんなに目立った事をしたかな? 」
「試験であれほどの魔法を使い今度は魔法祭の試合にまで出るのが目立たないとでも? 」
そう言ってころころと表情を変えるクロナは本当に楽しそうだ。
「でも僕、クラスであんまり話しかけられないんだけど……」
「……女子は皆エディ君と仲良くなりたいけれど、抜けがけ禁止のルールが私達の中ではあるんです」
これは耳寄りの情報である、ハーレムも夢ではない。
「それに、毎日のようにエディ君を出せって目を血走らせた上級生を追い払うのも大変なんですから……って何にやけてるんですか」
その上級生には心当たりがある、あの人何してんだ。
「にやけてないよ? 全然うれしくなんてないよ? 」
カッコイイ男になるにはポーカーフェイスを作るのがポイントだ。
「……それはそうとエディ君、抜けがけしてしまった私を護ってくださいね? 」
女子って怖いんだね。




