デイティーブライド【花嫁の神路】-4-
「ふぅ…ゴヴニュの防具はある程度着こなしたわね」
「…はぁ」
まさか店内に飾ってある防具を全て着せられるとは思っていなかった。見回したら飾られている防具どれもこれも装備した覚えがある。
本当に防具好きなんだな、と再確認させられると共に、僕がどういう防具を好むのかを理解できた。
「ねぇノア…これ、どうかな?」
僕は初めて装備した時から気になっていた防具をガラスのショーケースから取り出し、恐る恐るノアに見せた。
「それは軽装鎧ね。回避を重視したの?」
ナナの言った軽装鎧に対し、「どこのガン○ム!?」とツッコミを入れたくなったが冷たい視線で見られるであろうと予想し、口を噤む。
軽装鎧を頭から被り、胸と背中が鎧で守られるようにする。脇の所で胸と背中の鎧の端が重なり合ったところのベルトを締めた。
僕はそこでジャンプし、店内を歩いたり走ったりする。
「いや、違うんだ」
僕の能力値ならどんな能力を重視しても戦うことはできるだろう。
防御を重視した重装鎧、回避を重視した軽装鎧、魔力欠如という魔法の使用により魔力の消費を抑えることを重視した魔装鎧…どれもこれも魅力的だった。
「…これが使いやすくて」
僕がこれを選んだ理由は回避重視だから、というわけではない。
装備したときに最も使いやすく、窮屈を感じず、防御面でも大幅に期待でき、何より僕自身が気に入ったからだ。
「…そう、それならいいんじゃない?」
「いいの?」
ナナは僕の防具を一生懸命探してくれていた。僕の体質やら腰回りの筋肉やらを途中で確かめてきて「腰回りの筋肉が弱い」や「それなら重装鎧の方が…」と呟き、どの防具が僕に一番適合しているのかを何度も防具を着せて確かめてきてくれた。
そんなナナに対して、僕の気に入った、という感覚的な理由で決めてしまうのはとても申し訳なかった。
「何言ってんのよ。あんたが気に入ったならそれの方がいいでしょうが」
「…そうだけど、さ」
「あんたが何を考えてそんな顔してるのか分からないけど、防具を選ぶ為に必要なのは知識と適しているか、だけではないの。その人がただ、好きだと思えばそれが一番なのよ」
「………」
「な、なによ」
僕は初めて気づいた。
最初は初対面であるにも関わらず毒を吐き、鋭い目つきで僕を見ていたナナ。正直言って印象はあまり良くなかった。
そんなナナは性格とは裏腹に根本的なことを忘れず、何より僕からの視点で物事を考えてくれている。
性格がもう少し丸くなればモテるんだろうなぁ、と思いながら出てきそうになった涙を抑えた。
「ありがとう、ナナ」
「ほ、本当になんなのよ!!ぱ、パーティーメンバーなんだから当たり前でしょ!?」
「当たり前じゃないよ。ナナが優しいから――」
「うるさいうるいうるさい!!そんなの言わなくていいから防具一式買いなさいよ!!」
思ったことを口にしようとするとナナは顔を真っ赤に染めて耳を押さえながらも僕の言葉を遮った。
ナナは恥ずかしがり屋なんだなぁ、と思いながらもその防具一式を手に取る。
種類は全部で五種類あった。肩、籠手、胴、腰、足。それぞれ呼び名があるらしいけど覚えるのも大変だから割愛しよう。
防具一式を持っても重さはほとんど感じない。ここまで軽く且つ耐久力のある防具を作るなんて、ゴヴニュという人は本当にすごい鍛冶師なのだろう。
銀色に輝く防具一式に傷をつけないように店員のいるテーブルに置き、向かい合わせるようにして椅子に座った。
「お支払いは契約書類、現金のどちらかとなっておりますが」
「現金でお願いします」
「…ゴヴニュ特注の軽装鎧一式、一億五千万ゴールドとなります」
「………」
桁違いのゴールドに驚いたが鞄の中に入っていた札は一札十万ゴールド。あの札の量だったら一億五千万はあるだろう。
僕は鞄の中から次々と札束を取り出し、数えていく。
「…お願いします」
一つの札束が何枚あるか調べると、十万ゴールドの札が百枚。つまり一つの札束で一千万。
全部数えるのも面倒だと思い、その札束を十五個取り出した。
「確認致しますので、少々お待ち下さい」
そう言って札の枚数を丁寧に数え始める店員をよそに、ナナを見てみると近いガラスショーケースの中にある一つの防具をジーッと見ていた。
「………」
僕は鞄を背負い、店員に「少し席をはずします」と一言残してナナの元へと向かった。
「ナナ?」
「ひっ!?な、何よ急に…驚かさないでよ」
突然後ろから声をかけたせいか、ナナの体はビクッと震え、僕の方へと振り返ると不満そうな目つきで見てくる。
僕はそれを尻目にナナの見ていた防具に目を移した。
「…いい防具だね」
白く輝く綺麗な模様の入った籠手。女性に人気であろうデザインのそれはおそらく種類としては僕が選んだ防具と同じ軽装だろう。
そのガラスショーケースに張られているであろう値段の表記されているシールを見ると、そこには二千万ゴールドと書かれていた。
「えぇ、いい防具ね。ゴヴニュの腕は尊敬するわ」
「…買うの?」
「まさか。二千万ゴールドなんて私じゃ一生かかっても買えないわ」
そう言いながらもその防具をじっと見つめるナナの目は輝いていた。
「………」
確か僕の鞄の中にはまだゴールドが入っていたはずだ。
「あの、すいません。これも買います」
「…え?」
驚きの声をあげるナナを差し置いてガラスショーケースの中にあった軽装の籠手を取り出し、店員の前にあるテーブルに置いた。
「一億五千万に追加されて一億七千万となります」
鞄を取り出し、札束を二個取り出してテーブルの上に置いた。
「確認致しますので、少々お待ち下さい」
店員のその言葉を聞いて、ガラスショーケースの前で呆然としていたナナの元へ歩いた。
「…はっ!?な、なんで私が見てた防具を買ったのよ!?」
「お礼にプレゼントしようと思って」
思っていたことを正直に告げる。
今日は本当にナナと防具を見れて良かったと思ってる。ナナのおかげで防具についての知識や特徴が得られたし、それによって防具を選ぶことができた。
ナナがいなければこの店に来ることも無かっただろうし、この防具とも出会うことは無かったと考えると、それは嫌だと思えた。
「この籠手は二千万もするのよ!?人にプレゼントするような値段じゃないわよ!?」
きっとナナは欲しいんだろうけど、僕のゴールドだということをしっかりと理解していて、何より心配してくれている。
やっぱり、ナナは心根から優しいのだろう。
「それでもプレゼントしたいんだ。…ダメかな?」
店員から確認が終了したことを告げられ、僕はテーブルの上にあった白色に輝く籠手を手に取ってナナの前に出した。
「…本当にいいの?返せって言われても返さないわよ?」
「返せなんて言わないよ。ナナの為に買ったんだから」
僕がそう言うと、ナナは白色に輝く籠手を手に取って抱きしめた。
「…ありがとう!」
「…っ」
初めて見たナナの笑顔。少し涙目で、朱色に染まりながらも緩んだ頬はとても可愛らしい。
僕はすぐに後ろを向いた。
「…危ない危ない」
これがギャップ萌えというやつか。前世でゲームに手を出していた頃はディスプレイの中のツンデレキャラのデレに「萌えェェェェ!!」と叫んでいたがリアルのツンデレのデレは別格だ。
まさかこんなに鼓動が早くなるとは思ってもいなかった。
「ほら、早く防具持って!!」
「え、え!?」
ナナの言葉に混乱しつつも僕は防具をスペースの空いた鞄の中に入れた。
「さっさと行くわよ!!皆に自慢してやるんだから!!」
「え、ちょっ!?」
僕の手を取り、前を走るナナにバランスを崩しながらもついていく。
「ね、キハル!!」
「…!」
あんた、から名前呼びにグレードアップしたことから「信頼してくれたのかな」と呟きながらも、僕はナナの手を握り返した。
バチィン!!
「おはようございます」
「…その前に一つ聞いていいかな?」
午前八時三十分。
僕はベッドに寝転がったままそう言った。
「なんでここにいるの!?ちゃんと鍵かけたよね!?しかも朝からビンタされて起こされるなんて思ってもいなかったんだけど!?」
今抱いているありったけの不満をぶつける。
昨日、ほぼナナとの買い物になってしまった防具揃えを終わらせ、ギルドに帰ってきた僕は真っ先に眠りに就いた。
防具揃えの時に何度も防具を着ては脱ぎ、着るの繰り返しをしていたことから疲れていたのか、すぐに寝ることができた。
それまではまだいい。
朝、ぐっすりと眠っていたところを何故か部屋にいる神様にビンタをかまされ、悪意のない表情で「おはよう」と朝の挨拶をされている現状。
おかしい。誰もがおかしいと言うだろう。
そもそも鍵のついた部屋にどうやって侵入したというのだ。神だから何でもできるとはいえ、不法侵入くらいの知識はあるだろう。
「…おはようございます」
「それで逃れようなんて甘いよ!!僕は確信した!!やっぱり神様でもやっていいことと悪いことがあると思うんだ!!」
「神の前に法律は無意味なのですよ」
「この人犯罪者だ!!誰か!!牢獄にこの人を――へぶっ!?」
ベチィン、と音が部屋に響き渡り、二度目のビンタに僕は頬を押さえた。
「な、ななな何をするんだよ!?痛いじゃないか!?」
「気まぐれです」
「………殴ったね!親父にもぶたれたことないの――ぶほっ!?」
「気まぐれです」
「………二度もぶった!親父にもぶた――ちょ、待って!!分かったからその手を下ろして欲しいんだ!!」
二度目のア○ロネタを言おうとしたがさすがに手を振り上げた神様を眼前に僕は両手をあげて降参する。
不法侵入をした挙句気持ちよく寝ている僕を叩き起こした人に対して降参するのはどうかと思ったが、神相手に人間は無力なのだろう。
殴られて知ったよ、僕は。
「それで、どうしてここに?」
神様の犯罪行為に対してはもう触れず、僕は浮かんでいた疑問を言葉に出した。
神様のことだ、下らないことで僕の部屋に入ってこないだろうし、何か用があるからここに来ているのだろう。
「武器をお渡ししようと思いまして」
その言葉に僕は「やっぱりか」と声を漏らす。
ダンジョンでは武器と防具は必需品だ。どちらかが欠けてしまえば勝つことなど不可能に近いだろう。
そんな中、神様は僕に「武器は買わなくていい」と言った。
武器が無ければ戦うことのできないこの世界で武器を買う必要が無いということは、武器を授けてくれる、という意味だろう。
よく考えればこれも異世界転生物語のアニメや小説の定番と呼んでも違和感は無い。
「やっぱり用意してくれたんだ。さすが神様」
「えぇ、貴方には生きる意味があるので」
その生きる意味、とは神様から告げられた生きる意味…異物についてなのだろうが、僕はあえて触れなかった。
「これをどうぞ」
テーブルの上に置かれた一メートル近くある箱を見て、僕はベッドから起き上がり箱を開けた。
「うわぁぁぁ…!」
箱の中にあった金色の紋章が入った剣を見て歓喜の声をあげる。
その剣から連想されるのは勇者。世界を救う英雄の手にあるべき世界最強の矛。
金色に輝く紋章の入った柄はそれだけで高級感を漂わせ、銀色に輝く刀身はどんなものでも切り裂いてしまうであろうほどに鋭いだろう。
「これは私が創りあげた神の剣です」
「神の剣…」
「ええ、この世界で最も強い剣でしょう」
神様の言葉に頬を緩ませながらも剣を握り、持ち上げる。思っていたより遥かに軽く、驚くと共に僕は感動した。
この世界で最も強い剣…なんて良い響きだろうか。
この剣を使いこなし、ダンジョンであらゆる敵を倒し、最後にはダンジョンの最終階層にいる階層主を倒して世界を救う――なんて最高の展開なんだろう。
やはり前も想像した通り僕の異世界生活――美少女との生活のことだ――の中に最強の武器の存在は必要だろう。
「尚且つ、その剣には特殊能力があります」
「と、特殊能力…!」
さすが神様だ。異世界転生物語に必要な何もかもを全て理解している。
最も強い剣、と聞いてただ振り回すだけだと迫力が無い。能力が無い剣ならば圧倒的なスピードで敵をどんどん倒していけばかなり美しいと思うが、僕は特殊能力派だ。
剣から波動が出たりすれば、剣の刀身の色が変わったり、形が変わる剣の付属能力…どれもこれも、チート級主人公には欠かせない特殊能力の一つだ。
「この剣の特殊能力は…真相を理解することです」
「…真相?」
真相、というのはいわば真実と同じだろう。ことの本当の有様を表す意味だ。
その真相が剣の特殊能力…波動が出るものでなければ剣自体に何かの変化があるような特殊能力とは思えない。
「斬ればそのものの全てを視ることができます。感情、過去、未来、運命…生きている理由でさえも」
「それが…この剣の…」
僕は握っている剣を見つめる
真相を理解する剣…確かに強力であるのは分かる。過去を視れれば未来を視れる、尚且つ感情でさえも、これから歩むであろう運命でさえも。
それでも一つ、僕は分からないことがあった。
神様は何故、僕が使う剣にそれを授けたのだろう、と。
「貴方はまだ知らなくていいことです。気にしないでください」
僕の頭の中を読み取ったのか、神様はそう言うと立ち上がり、懐から一枚の封筒を取り出してテーブルの上に置いた。
「ノアからです」
そう一言残し、神様は玄関へと姿を消した。
「………」
結局、神様の言いたいことが何なのか分からなかった。ただ、まだ知らなくていいということは僕が今、知るべきことじゃないということだろう。それだけはなんとなくわかった。
僕は神様の置いた封筒を開け、中に入っていた一枚の手紙を開く。
「………ダンジョン攻略?」
そこに書いてあったのは地下階層二十五階層階層主の【獅羊蛇】を地下階層上層攻略班で攻略せよ、というダンジョン攻略命令の書類だった。