デイティーブライド【花嫁の神路】-3-
午前十一時四十八分。中央庭園と呼ばれる【レインシア】特有の繁華街に僕はきていた。
その理由はもちろん、昨日告げられた僕の武器と防具を買いにいこうという誘いからだ。
本来ならばルンルン気分でスキップでもしながら集合場所に向かってもおかしくないと言い切れるこの日…僕はとても疲れていた。
「あああぁぁぁ…ここどこなんだよぉ…」
土地勘のない僕は、見事に迷っていた。
「はぁ…」
面倒なことばかりだ、と溜め息を吐く。
朝から武器と防具を買う為のお金を神様に強請り、何故か大きく重い鞄を持たされ、ルンルン気分で外出したらこの様だ。何もいいことがない。
それに何故か神様からは「武器は買わなくていいです」と言われ、楽しみにしてた武器屋の買い物もなくなってしまった。
強いていいことを言うのならば神様が何も言わずにお金を貸してくれたことだろうか。神様によると、この世界のお金の単位はゴールドといって、一円イコール一ゴールドというなんともありがたい世界にしてくれてるようだ。
「…とりあえず噴水って言ってたような…人が多いところに行けば着くかな?」
噴水のある場所は広場だというのが相場だ。おそらく人通りの多い場所だろう、と主観で行動しようと足を踏み出した、その瞬間。
「ふぅ…」
「ふぇい!?」
耳に息が吹き抜け、僕は変な声をあげながらも耳に息を吹いた人から離れた。
「あっはは!!ふぇいってなんだよー」
「………」
腹を抱えて笑う赤髪の女性をじっと見る。
どこかで見た覚えがある。僕にルームキーを届けてくれた人と同じ感覚だからきっとノア・エノアイトに指名されたパーティーメンバーだろう。
ここ周辺に噴水は見えない。それなのになんで彼女はここにいるんだ?
「ごめんごめん、初対面でこれは意識させすぎちゃったかな?気持ちよかった?」
「気持ちよかったです!!」
「踏んでほしい?」
「踏んでください女王様!!」
「あはは!!キハル君は面白いねー!」
ついつい本音が漏れてしまった。もしこれが別の女性だったら悲鳴をあげられて僕は刑務所――あるかわからないけど――に連れていかれて人生終了のお知らせを告げられていただろう。
冗談の通じる人で良かった。
「えっと…」
「あ、私の名前はシスカ・シアドール。シスカって呼んでね」
前世ではほぼいないであろう真っ赤な赤髪に少し露出度の高い服装。見るからに膨らんでいる胸はスタイルの良さを強調している。
まさかこんな綺麗な人とパーティーを組めるとは…ノア様本当にありがとうございます!!
「…あ、うん。僕は――」
「キハル・アイオカ君、ね。覚えてるよ、ちゃんと!よろしくね」
差し伸べられた手に服で手汗を拭き、手を握る。
僕を見てニコニコしているシスカはそのまま僕の手を握り、歩き出した。
「え、ちょっ」
「道に迷ってるんでしょ?私が連れて行ってあげるよ」
な、なんということだ!!まさかこの僕が美少女と手を繋いでいるだと!?天変地異だ!!
やめろ僕の頬!!緩むな!!このままだとノア様の時のようにまた――
「デュフッ」
「…さすがにお姉さん引いちゃうなぁ~」
「ごめんなさい。わざとじゃないんです」
名言され、手を離されたのでこれからはデュフとか言わないようにしよう。
「じゃ、ついてきてね。手繋いであげてたのはいい反応してくれたご褒美だからね?」
ニヒヒッと子供のように笑いながら前を歩くシスカに僕はスキップでついていった。
これからの生活、楽しくなりそうだ!
「ごめんね、遅れちゃって~」
午後十二時三分。噴水の近くにあった時計を見ると針は集合時間に三分遅れているということを指していた。
「ん…あぁ、ようシス…」
昨日僕にルームキーを届けてくれた青髪の男性がシスカの名前を呼んだところで僕と目が合い、言葉が途切れた。
僕の目が合って数秒、男性は途端にニヤけた。
「新人と一緒に集合か?手早いな、シスカは」
「うっさいなー、君みたいな人は嫌いだよ?」
僕は察した。きっとこの青髪の男性はなんとも言えない傷心に陥ってるはずだ。
興味ある女の子にちょっとちょっかい出したらマジで嫌われた、みたいなエピソードで泣いてた人が学校に通っていた頃にいたのを覚えている。
僕は青髪の男性の肩に手を乗っけた。
「ちょっかい出すのに微下ネタはいけませんな」
「し、師匠!!」
今まで見てきた多くの傷心した人々を見てきた僕にとってやって良いことと悪いことを判別するのは簡単だ。
「こ、この私めにお手本を!」
青髪の男性はパーティーメンバーのシスカ以外のもう一人の女性を指さした。
金髪のツインテールに少しだけ鋭い目つき。表情はどこか険しく、そこから彼女の属性がツンデレであることに気づいた。
ツンデレに対し、下ネタはいけない。初対面でツンデレに嫌な顔をせず会話をするべき方法はただ一つ――。
押しまくることだ。
「ごめん、遅れちゃって。実はこの場所の土地勘があんまり無くて――」
「言い訳は聞きたくないんだけど」
「…ごめん、もう遅刻しないように気を付けるよ。よかったら何かおいしいものでも――」
「ふーん、食べ物で釣るのね」
「………ごめん、別の方が――」
「あんた謝ってばかりでしつこい」
「……………………………………………………」
僕は青髪の男性の正面に立った。
「攻略法がない」
「おう、知ってた」
いや、本当に酷いぞ。ここまでツンツンしてるとは思っていなかった。まさかことあるごとに言葉を遮って毒を吐くとは。
攻略法の無いツンデレ属性のヒロインなんてクソゲーじゃないか!!ツンデレは普段はツンツンしてるけど二人だけの時に見せるデレデレが――
「…いや、待てよ?」
そう、二人だけの時に見せるデレデレが希少価値。
どうやら僕はツンデレがデレを見せる大前提を忘れていたようだ。
ツンデレは人がいると恥ずかしくてツンツンしてしまう、という属性。デレを見るには二人きりにならなくてはいけない。
ふふ、ふふはははは!!ついに攻略法が分かった!!そう、二人きりになればいいのさ!!
「二人で路地裏に入ろう」
「殺すわよ?」
僕は青髪の男性の正面に再び戻った。
「泣きそう」
「あの誘い方は俺でもしないぞ」
「はいはい、そんな事よりさっさと武器と防具を見にいこうね」
僕達の漫才を見ていたシスカは遂に見飽きてしまったのか、金髪ツインテールの手を取って前を歩いて行った。
しゅんとしていた僕と青髪の男性はその背中を追おうとした瞬間。
服の裾が引っ張られた。
「ははは、俺が喋ってないのは気のせいか?」
男性陣唯一顔を合わせてなかった筋肉ムキムキの大男がそう涙目で呟いた。
それに対し、僕と青髪の男性はニコッと笑って返した。
「それでどうしてここにいるわけ?」
とある白と淡い水色で彩られたバーでテーブルを囲いながらドリンクを飲んでいる現状に金髪ツインテールはそう呟いた。
正直僕もなんでここにいるか分からない。中央庭園に来た目的は僕の武器と防具を見ると聞いていた。
シスカは集合してから真っ先にバーに来た為、休憩にしては早すぎる。
「自己紹介もしてないのにお店を回るのも色々と不便利だと思ったからさ」
なるほど、と僕は感銘を受けた。
僕達はお互いに自己紹介をしたわけではない。故に僕はシスカ以外の人の名前を知らない。
ノア様の紹介で僕の名前は覚えてもらっているかもしれないがノア様のパーティーメンバー指名の時は名前を連続して発した為に全員覚えきれていない。
僕は誰がどの名前なのかもわからない。
その現状を理解してくれたからこその気遣いだろう。
「おぉ、いいじゃねえか!!さっきからずっと喋ってねえから筋肉が鈍ってたところだ!」
「…もしかして」
「あぁ、脳筋野郎だ、気にするな」
僕の言いたいことを理解してくれていたのか、カップの取っ手にかけた指を軽くゆすりながら青髪の男性は答えた。
「俺はヴィスト・ガスタリア!!職業は守護者!俺の特徴は溢れんばかりの筋肉!!美しいばかりの筋肉!!見るからに強靭な筋肉ゥゥゥ!!」
「うるさい」
「………」
普段からうるさいだろうヴィストでも金髪ツインテールには敵わないのか、ヴィストは上半身の衣服を脱ぎかかった所で沈黙し、座った。
守護者という単語を頭に浮かべ、それに関連した職業の種類も頭に浮かんだ。
職業は多く存在する。
メジャーな職業は剣士、闘士、守護者、弓術師、魔導士、密偵の五つがあげられる。
マイナーな職業は錬金術師、商人、鍛冶師、盗賊、狂戦士など、多くの職業がある。
職業はゲームように自分が選べるのではなく、生まれた瞬間から何かしらの職業の適正があるらしい。それに従い、その道を突き進むのが常識のようだ。
「とりあえず職業と特徴を言えばいいんだな?俺の名前はメルタ・スペイアだ。職業は密偵で基本的に情報収集と罠で戦う。青髪でよく気怠そうって言われるのが特徴だ。よろしくな、新人…いや、キハル」
やはり僕の名前は知られているのか。まぁあんなにノア様に印象的な挨拶をされたから覚えられてて当然か。
「もう自己紹介はしたけど、一応だね。私はシスカ・シアドール。職業は魔導士だよ。赤髪のロングで服装が防具つけてなければ基本こんな感じ。よろしくね」
基本こんな感じ、というのはいつもそんな露出度の高い服装で歩いているのか、と聞きたいが聞けば変態と思われる可能性が高いからやめておこう。
「おう、いつもあんな感じだ」
まるで悟りを開いたかのような表情で頬杖をつきながら僕を見るメルタ。
まさか読心術を習得しているとは…かなり頼りになるパーティーメンバーだ。
「次は私ね。私はナナ・フォリア。職業は弓術師。特徴は勝手に覚えて」
面倒だと言わんばかりの表情でナナはすぐに座り、ヴィストとメルタがニヤニヤしながら僕を見てきた。
「やめるんだ。僕は傷心中だぞ」
「あんな事を言うお前が悪い」
「何も言っていないのにうるさいといわれる俺の身になれ!!我が自慢の筋肉達が自己紹介の最中に遮られて――」
「うるさい」
「はい」
なるほど、このパーティーの男性陣はナナに絶対服従なのか。よーく理解した。
ヴィスト、残念だけど僕は君を庇うことはできない。僕もナナの目の敵にされたくないし――もうされてる気がするけど――何よりパーティーメンバーだから仲良くしたい。
皆の視線が僕に向いていて、その理由を察した僕は立ち上がった。
「僕はキハル・アイオカ。職業は剣士で、特徴は…適当に覚えてくれると嬉しいな」
特徴が思い浮かばなかったことで僕はナナの言葉に似せて言う。
髪は茶色で顔はそこまでイケメンではないし、背は高いわけでも低いわけでもない。強いていうなら童顔な所だろうか、とは思ったがそれを言うのは自分の心を抉るようなものだ。
「よし、自己紹介も済ませたことだし武器と防具を見にいくか!」
そういい、立ち上がったメルタに続くように僕達は立ち上がった。
「あ、武器はもう宛てがあるから防具の方だけでいい?」
「あら、そうなの?武器屋ならいいところを知ってたんだけど残念だな」
そういうシスカに「ごめん」と一言謝り、真っ先に外へと歩き始めたナナを先頭に僕達は歩き出した。
「うわぁぁぁ…!すごいなぁ」
中央庭園を歩き続けて二十分ほど経っただろうか。目の前に広がるのは中央庭園の通りを双方から囲むように建っていた商店を凌駕するほどに大規模な商店。
首を上げ、真上を見てやっとその商店の最上階が見えるほどの規模。この商店を隅から隅まで探検しろと言われたら何十日もかかってしまうだろう。
「ここ、【ゴヴニュシニヤ】のギルドなんだよ」
「こ、この規模でギルド!?」
シスカの言葉に僕は驚きを隠せなかった。
この規模がギルド…ノア様の【デイティーブライド】を初めて見た時も規模に驚いたが、それを遥かに上回っている。下手すれば五倍、大きく見積もれば六倍近くあるはずだ。
ギルドの三強の一つである【デイティーブライド】より規模が大きいなんて…とても豪華な場所なんだろう。
「ちなみに予算はどれくらいなのよ?」
「え、えっと…このくらいかな」
まさかナナに声をかけられるとは思っていなかった為に体がビクッと震えたがそれを悟られないように僕は背負っていた鞄を開いて中を見せた。
「は…?」
僕の鞄の中を驚きの表情で見るナナを見て、僕は「やっぱりか…」と声を漏らす。
「えー…お姉さんこれはちょっと予想外だなぁ」
「はぁ!?お、お前、どれだけ高い防具買おうとしてんだよ!?」
「お、俺の筋肉!!」
ヴィストに関しては意味が分からないが、シスカ達は鞄の中を見てそれぞれ驚きの言葉を発した。
「お前って…成金なんだな」
メルタがそう言葉にした理由。
それは、僕の鞄の中にある札の量だ。
「そういうわけじゃないけど…たまたま持ってたから」
神様から渡された鞄の中には大量の札が入っていた。最初方は「嘘だろ…?」と思い、札一枚で1ゴールドのように考えていたが、札の右端には一という数字の後に零が五個連なって書かれていた。
疑いの念を抱いたままずっと背負っていたが、やはりこれは大金なのだろう。
「いや、たまたまとか言うレベルじゃねえって!!お前…まさかやらかしてないよな?」
「そんなわけないだろ!?」
メルタの言う「やらかした」が犯罪だということに気づいた僕はすぐに全否定する。
確かに大富豪の人間でなければ犯罪をしでかさないとこの大金は手に入れられないだろう。
「ふ、ふーん?そう、大金ねぇ…」
ナナが顔を真っ赤にし、「ふふふ…」と小さく笑みを浮かべた。
「あー…そういえば私、武器屋の知り合いに顔を出さなくちゃいけないんだった」
「お、俺も知り合いの店に行く約束あったわ!!」
「うぐおぉぉぉ!!俺の筋肉が悲鳴をあげてるぞぉぉぉ!!」
「あ、ちょ…っ」
ヴィストに関しては本当に意味が分からないけどシスカ達はそれぞれ理由をあげて走って去っていった。
僕もそれを追おうと踏み出した瞬間、僕の腕がナナに捕まれた。
「ど、どこ行こうとしてるのよ?あんたは私と防具を見にいくのよ」
「………」
先程まで何に対しても無関心だったナナが顔を赤く染め、上目遣いで僕の腕を組むように行動を制限していた。
しばらく黙っているとナナは無言で歩き始め、そのまま僕達はエレベーターのような機械に入り、扉が閉まるとピコピコと電卓のような機械を触り始めた。
次の瞬間、エレベーターによくある妙な感覚が身を襲った。
前世でいうエレベーターに間違いないだろう。この妙な感覚、きっと上に上がっているはずだ。
「ちなみに何階に行くの?」
「……………最上階」
「さ、さささ最上階!?」
ここまで大規模となると武器や防具の値段が高いことはなんとなく分かる。そんなただでさえ値段の高いギルドの最上階となると絶対に馬鹿げた値段になるはずだ。
僕が大金を持ってること、最上階という馬鹿げた値段の防具を見に行こうとすることから、僕の頭の中でナナが何故ここまで関心を持っているのか、という疑問の回答を導き出した。
「…もしかしてナナって、防具好きなの?」
「あったり前でしょ!?ゴヴニュの防具の輝きの度合いと完成度の高さは最高峰よ!!それに見た目もいいのよ!!最高の精度と最高の外装と名の高いゴヴニュの防具を見れるなんて夢に見ていたの!!おまけにゴヴニュは――」
エレベーターに乗ってから最上階に着くまでの二十五分、僕はずっとナナの防具に対する愛を語られた。
なるほど…シスカ達が急に逃げたのはこれが理由だったか。後で絶対に懲らしめてやる。
「お客様、ここから先はゴヴニュ様が製作した武器、防具のお取り扱いとなります。見世物ではありませんので、ご購入する金額をお持ちでないお方の立ち入りは禁止しております」
エレベーターを出た瞬間、黒服を来た礼儀正しい男が僕に向かってそう言葉にした。
武器や防具は見世物ではない…装備は見て、触り、利便性を確かめて購入するのが普通だ。
それでもこのように警備をおいて確認しているということは、それほどの逸品なのだろう。
「えぇ、もちろん買いに来たのよ」
「…申し訳ありません。それならば現金をお見せ頂けますか?」
僕達の装備を見た警備は信じられなかったのか眉を少し顰めていた。
「キハル」
僕を見たナナが首を少し横に振って笑う。
その意味を理解した僕は多少躊躇しながらも背負っていた鞄を下ろし、中身を見せた。
「申し訳ありませんでした、こちらへどうぞ」
鞄の中に入っていた大量の札を見てピクッと眉を動かし、本当に購入しに来たことを理解したのか黒服は僕達の前を歩いた。
僕は鞄を再度背負い、その後をついていく。
「ここ、本当にすごいところなんだね」
黒服の警備に、思ったことを小声でナナに伝える。
まだ武器が防具を見ていないにも関わらず警備がいて、購入する気が無いのなら立ち入り禁止と言っていても営業し続けられているという収入。
実際そういわれているのはこの階なのだろうけど、どれほど高い技術を持っているのかがそれだけで伝わってきた。
「当たり前よ。ゴヴニュがどれだけ名を知らしめてると思ってるの?」
「…あはは」
そういえば、と僕は頭の中にゴヴニュと思い浮かべた。
ゴヴニュ…これは人の名前らしい。世界最高峰の鍛冶技術を持ち、独特な製作方法と完成度の高さから評価され、ギルドを設立するとすぐに大規模ギルドになり名を馳せた。
今となれば誰もが知っているであろう程に成長し、ゴヴニュが製作する武器、防具は宝物と呼ばれるほどになっているという。
「あのヴェルヴェート・ウェストが装備してる武器、防具なのよ?そんなのを買うとすると…ゾクゾクするわ」
「………」
いや、まだ買うか決まってないんだけど。神様にボンッと大金を渡されたのはいいがこれを全て使っていいのか分からないし。
「そういえば…あんたってノアより強いらしいわね?全然そんな風には見えないんだけど」
「あー…あれはノア様の妄言だよ。全然強くないから気にしないで」
この会話はまずい。「ノアよりも強いらしいわね」からの「冒険者カード見せなさい!」という連鎖の可能性が高い。
「…確かにそんな強くは見えないけど。とりあえず、冒険者カードを見せなさい」
「………」
回避しようと「気にしないで」と言ったのに「とりあえず見せて」だと?そんなこと言われたら回避方法がないじゃないか!!僕の能力値がバレたら只事では収まらないのに!!
「えっと…まぁこれは、ね」
「…?いいから見せなさいよ」
「あはは…」
笑って誤魔化そうとするとそれが気にくわなかったのか、ナナは少し眉を顰めて僕のポケットに手を突っ込もうとしてきた。
僕はそれを避ける。
「はぁ!?いいから見せなさいよ!!」
「うわっ、ダメだって!!ナナのエッチ!!」
「くだらないこと言ってないで見せなさい!!」
ナナは何度も僕のポケットに手を突っ込もうとしたり、足をひっかけてこようとするが僕は全て避ける。
「はぁ…はぁ…ふふ、いい度胸ね!!」
ついに堪忍袋の緒が切れたのか、ナナは背中にかけていた大きい弓を取りだした。
「ちょ、それはまずいって!!」
弓を構え、手のひらから湧き出るように出てきた青色の何かが――おそらく魔力というやつだろう――矢を形成した。
弓柄を握り、弦に矢をかけた瞬間、黒い影が形成された矢を握りつぶした。
「お客様、到着致しました」
「………」
「………」
圧倒的スピード。言ってしまえば見えなかった。
あまりの神対応に僕達は呆然としたまま開かれた扉へと足を踏み入れた。
「…はっ…な、なにがあったの?」
「ぼ、僕にも分からない…」
とりあえず無かったことにしましょう、というナナの一言により僕達は周りを見渡した。
「きゃぁぁぁ…!!すごい、すごいわ!」
まるで欲しがっていた物をもらえた子供のように目を輝かせ、ガラスのショーケースの中にある装備を次々と見回していた。
「あんたはこっち来て!」
数分ほど色々な装備を見回した後、思い出したかのように僕にそういった。
時間を無駄にしたくないのか、ナナは速足に僕の腕を掴み、試着室であろう場所に入った。
ナナも一緒に。
「………」
いや、ナナも一緒にじゃなくて。
なんでナナも入ってるんだ?
そもそもなんの装備も持たずに試着室に入ったこと自体が僕にとっては謎でしかない。
「さっきは逃がしたけどもう逃がさないわよ」
高級そうなドアを閉めて、鍵の閉める音が聞こえた後にナナは詰め寄ってきた。僕はあまりにも近いナナから離れようと後ずさりする。
「…えー」
背中が壁につき、これ以上後ずさりができなくなる。ナナは「角にいけ」と言わんばかりに詰め寄ってきて個室の角に追いやられた。
ナナの顔が急に近くなり、鼓動が早くなる。
「冒険者カードを見せなさい!!」
「…あー」
ナナの今の発言で試着室に二人で入り、尚且つ鍵を閉めた理由も分かった。
全ては僕が逃げないようにする為の準備。角に追いやられれば逃げようとした瞬間に捕まえられるだろうし、万が一逃げられたとしても鍵を開ける時間がかかる。
なんと面倒なことをしてくれたんだ…。
「実は今日持ってきてなくて…」
「それならポケットに手を入れようとした時に避ける理由がないわよね?」
「………」
詰んだ。
ナナの言う通りだ。僕の右ポケットには冒険者カードが入っている。
無理やり「持っていない」で通そうとしてもそれなら何故さっきは「冒険者カードは持ってきてない」と言わなかったのか、と言われれば論破になる。
どうする…この窮地をどうすれば乗り越えられるんだ?
「別にあんたの能力値に興味があるわけじゃないわ」
「…え?」
思っていたことを否定されて僕は驚きの声を漏らした。
僕の能力値に興味が無い?それなら僕の冒険者カードを見る必要はないはずだ。
「いえ、ちょっと訂正。興味無いと言ったら嘘になるわ。でも私があんたの能力値を知りたい理由は別にあるの」
「…理由?」
僕がそう聞き返すと、ナナは頷いた。
「人間と防具に相性があるの」
ナナのその言葉に僕は首を傾げる。
人間と防具の相性…防具は生きているわけではない。故に感情の相違は無い。ナナの言う相性というのは何を示しているのか分からなかった。
「防具には色々な性能があるわ。耐久性があったり、機動性を重視した軽い防具もあったりするの。それらの防具と人間の相性を合わせるには――」
「能力値を知る必要がある…」
ナナの言葉を遮った僕の言葉にナナは「そうよ」と頷いた。
確かにナナの言う通りだった。ナナが言いたいのは戦闘スタイルに合わせた防具を選ぶ為に能力値が知りたいということだろう。
例えば敏捷値の高い人間はよく避けるということ。そんな人間が機動性の低い重装備をしていたらどうだろうか?
避けることを中心にしていた人間にとって動きにくいこと極まりない。そう考えるとナナが能力値を知りたい理由も納得できた。
「………」
僕は考える。
ナナの言っていることは正しい。僕のように防具について無知な人間より、防具の知識が豊富なナナに選んでもらった方が良いのは確実だ。なにより、相性の良い防具が分からないままだと選んでしまえば僕に危険が及ぶ必要がある。
もしそれで僕が怪我を負えばナナが気を遣ってしまうだろう。
「…そうだね」
僕はナナの意見に頷いた。
そう、今思えばナナは僕のパーティーメンバー。これから協力して戦い、信頼を深めていく、仲間。
そんな彼女に隠し事をしていいのだろうか?
「…分かった。見せるよ」
僕は冒険者カードを見せることを決意した。
ナナなら僕の能力値を見ても今まで通り接してくれるだろうし、誰にも言わないでくれるだろう。
「その代わり、これは誰にも言わないこと。それとこれから僕といつも通り接してほしい」
僕の言葉にナナは疑問に思いながらも頷き、僕は冒険者カードを渡した。
「………え」
ナナの表情はみるみる驚きの表情に変わっていった。
次の瞬間。
「えええええええぇぇぇぇぇんむぐっ!?」
「声大きいから!!」
ナナの口を手で抑え、落ち着くまで僕はそのままにした。
「ぷはぁっ…ちょ、これおかしいでしょ!?何よオール999って!!」
落ち着いたところで僕は手を離すと、ナナは冒険者カードをチラつかせながら驚いた表情で声を荒げていた。
やっぱりこうなるよなぁ、と思っていたのは言うまでもない。
「これが僕の能力値だよ」
そう言ってナナの手にあった冒険者カードを受け取り、ポケットにしまう。
ナナは「信じられない」とでも言いたさげな表情をしつつも、冒険者カードに書かれていた限り嘘ではないのだろうと思ったのか深呼吸を始めた。
「…分かったわ。ノアが強いって言ってたからどれくらい強いのか気になってたけど…驚いたわ」
「これについては本当に誰にも言わないでね?」
僕は右手の人差し指を立てて自分の唇に当てがった。
「…とりあえず黙っておくわ。それより嬉しいのは…」
ニヤッと含みのある笑みを浮かべ、ウエストポーチから何かを取り出した。
あれは…メジャーか?
「どんな防具でもいいってことね!!ほら、服を脱ぎなさい!!」
「…はい?」
前者の方の意味は分かった。僕の能力値はオール999だから回避重視や防御重視の防具でもいい、ということだろう。
それが分かったのはいいが後者の言葉の意味が全く分からない。
服を脱げ?なんて破廉恥なことを言っているんだ目の前の少女は。
「あんたに合う防具のサイズを調べるのに採寸しなくちゃいけないのよ。さっさと脱ぎなさい」
あぁ、なるほど。てっきりあれかと思った。
ツンデレな子が実は男の子の体に興味津々!?みたいな属性なのかと心配になったが正当な理由があって良かった。
ナナに言われた通り、僕は上半身の衣服を脱いだ。
「早く脱ぎなさいよ」
「え?脱いだよ?」
「…下も脱ぎなさいよ」
「えぇ!?ど、どこを測る気なの!?」
二度目の破廉恥発言に僕は脱いだ衣服で体を隠した。
「ウエストとヒップに決まってるでしょ!?分かったら早く脱ぎなさい!!」
「いやぁぁぁぁぁ!!金髪ツインテールのツンデレに服を脱がされるぅぅぅ!!」
「うるさいわね、殺すわよ?」
「すいませんでした」
あまりのガチトーンの声にやばいと察知した僕はすぐにズボンを脱いだ。
「腕をあげて」
「…はい」
言われた通りに腕をあげると、メジャーを後ろに回され、胸元の採寸が始まる。
「…初めて見た時はひ弱そうに見えたけど…あんたって意外と筋肉あるのね」
「そ、そうかな?」
前世から運動は結構できた方だし、引き籠ってた時もそこまで何かをたらふく食べたわけでもないから太っていることは無いだろう。
「…ひんっ」
「きゃっ!」
突然指の腹で胸板を撫でられ、変な声が出てしまった。それに驚いたのかナナは可愛らしい声を出して尻餅をついた。
「ご、ごめん」
「…別にいいわ。私が悪かったし」
丁度採寸が終わったのか、腕へと採寸へ移り、頭、ウエスト、足へと採寸を終わらせていく。
「次はヒップね」
「あ、うん」
尻へとメジャーを回し、採寸をしようとしたナナの手が止まった。
「あー…ヒップは僕がやるよ」
「…えぇ、頼むわね」
さすがにこれはまずいと察した僕はナナからメジャーを受け取り、ヒップを測った。
「はい」
「えぇ…え?」
採寸結果は見ていないが測ったままのメジャーをナナに渡すと、驚きの声をあげて固まっていた。
「どうしたの?」
「…シスカより小さい…」
「…………………………」
「…………………………」
視線が合い、数秒。僕は決意した。
「このことは触れないようにしよう」
「そうね、そうしましょう」
何故かその場から立ち去った方がいいと思い、僕は今までに無いくらいのスピードで服を着てナナと一緒に更衣室を出た。
「やっとお楽しみの防具選びね!!楽しみだわ!!」
「あはは…程々にね…」
「あっ、これとかどう!?耐久値かなり高いわよ!!」
ナナは真っ先に目に入った防具を指さしてそう言った。
そこから約三時間、ナナの「あ、これどう!?」という言葉によって幾つもの防具を着ては新しい防具を探すという時間を過ごした。