デイティーブライド【花嫁の神路】-1-
「到ッッッッ着!!!」
街に足を踏み入れた瞬間、僕は両腕を上にあげて喜びの感情を露にする。
街の名前を示す看板には【レインシア】と書かれ、その単語でここは六つある国の一つだということが分かった。
あれから数十分、レベル1の魔物に幾度か追いかけられながらも街を目指して歩き続けそして現状。
やっと、やっとだ。やっと僕は異世界の街という前世じゃ架空の世界でしか無かった夢に一歩踏み出したのだ。
「見よ!僕達がNPCと呼んでいた人間達を!あんなに豊かな表情且つ多くの言葉で返事をしているではないか!」
ゲームの世界でのNPCは一定の言葉か決められた文章をランダムで言うような設定にされていた。
そんなNPC達があんなにも楽しそうに会話を楽しんでいるではないか。なんと美しいことか。
「いやぁぁぁ!本当の本当に異世界なんだよね!楽しみだ!」
前の世界で犯罪を起こしたことが無いから魔物と戦うのには時間がかかるだろうけど、今はそれでいい。
ちょっとずつ、ほんのちょっとずつ異世界の生活を楽しんでいくんだ。満喫できるだけ満喫し、世界を救って死ぬまで幸せに暮らす。
そんな期待が膨らみ、表情に笑顔として出ていた。
「私も少し楽しみですね」
「………」
後方から響く聞き慣れた声に僕は一瞬で誰であるかを察し、振り返った。
「神様まで転生しちゃダメじゃない?」
「そんな法律はありません」
一瞬で論破された僕は「はぁ」とため息を吐きながらも歩き出す。
別に神様が一緒にいて困ることは特に無い。もしかしたらこのまま神様とムフフな展開に向かうかもしれないなら…それもまた幸福だ。
「きもいです」
「…読心術ってプライバシーの侵害だと思うんだけどどう思う?」
「そんな法律はありません」
二度目の、しかも同じ返しによる論破に僕は口を閉じた。
「…ちょっと引っかかることあるからなぁ」
それはもちろん、神様が言っていた一つの害の意味だ。
【この世界の異物を排除して下さい】。その異物というのが何を言うのか僕にはまだ分からない。
ただ神様いわく、生きていく内に達成できればいい、ということだからそんなに気にしなくていいはずだ。
気長に、とも言っていたし。
「まぁ今は気にしないで、最初はギルド探しかな!」
大手ギルドに入るのも良ければのんびりギルドに入るのも良いだろう。知識はあるがやっぱり体験するのが一番安堵できる。
「その為にはそのギルドを訪れてレベルだの名前だのを晒して許可をもらう…と」
ギルドに関しての知識、と頭に浮かべると次々とギルドに入る為の情報が頭に思い浮かぶ。
本当に便利だ。微コミュ障の僕とかはこういう情報があるのが一番いいんだよね。
「よし、じゃあギルド探し行くぞぉ!!」
言葉の後に「おー!!」と付け足しても、後方にいる神様の声は何も聞こえなかったとさ。
「それで」
空が夕焼け色に染まり、街も時間の経過により活気を失いかけている今。
静寂な酒場に神様の声が響いた。
「全て壊滅、ですね」
「………」
ギルド探索を掲げ、ギルド掲示板というギルドメンバーを募集する掲示板に行き、何度かギルドへ足を向けてみても全て断られた。
そもそもおかしいと思うんだ。「初心者歓迎!!」と堂々と書いてあるくせにレベル1だという事を言った瞬間、ポイッと投げ捨てられるかのように断られるというのは。
前世でいうバイトの面接みたいだ。初心者歓迎と書いてあるけど未経験と言ったら落とされる、みたいな。
「何を言うのですか。断られたのは貴方が能力値を隠そうとするからでしょう」
「………」
確かにレベル1、と言った後に能力値を聞かれ、それを隠そうとするとあからさまに相手の表情が険しくなったけど。
能力値については誰かに見られると面倒だし、ギルドの中で優劣をつけてほしくない、という本音もある。
「はぁ…能力値を見せなくても歓迎してくれるギルドとか無いのかな」
能力値でどれほど戦えるかを判断し、時に行けと指示し時に退けと指示して死なないことを優先するこの世界からすれば、能力値を隠すことの方が悪なんだろうけど。
「能力値を晒しても優越感に浸れるのは貴方では?」
「優越感に浸れるのはいいけど優劣をつけられるのが嫌いなんだ。やっぱりギルドなんだから楽しくしたいんだよね」
そう言うと神様は「分からない」といった表情をして沈黙した。
――ワァ―――ァァ―――!
「ん…?」
酒場の外から大きな歓声が聞こえ、耳を傾ける。
――ワァァァァァァ!!
活気を失ってきたと思ったのがおかしいとでも言うように、外は何故か賑わっていた。
「さっきまで静かだったよね?」
「外に出てみましょうか」
神様が立ち上がるのを追うように僕も立ち上がり、酒場の入口から外へ出る。
そこには酒場に入る前のように人通りの少なく、活気の無かったのが嘘だとでも言うように、多くの人が道の中央を開けて囲むように賑わっていた。
「ギルドの三強だぁぁぁぁ!!」
男が叫んだその単語を頭に浮かべると、それについての情報が全て頭に浮かんだ。
ギルドの三強…【アウェイク】、【デイティーブライド】、【デスデプス】という三つのギルドのこと。この世界に無数にあるギルドの中でも世界最大規模に達しているギルドはこの三つだけと言われ、それがギルドの三強と呼ばれている。
「じゃあ…今からその世界最大規模の人数がここを通るの?」
「いえ、おそらくギルドの代表であるギルドマスターのみでしょう」
神様の言った通り、ギルドマスターのみが通るのが一番しっくりと来る。
世界最大規模となれば人数も多いだろう。そんなギルドメンバー全員がこの道を通るにしては狭すぎる。
「ヴィルヴェート様ぁぁぁぁ!!このレインシアに祝福と平和を!!」
その名前が響いた瞬間、大きな歓声がレインシアを埋め尽くした。
ヴィルヴェート・ウェスト。鼠色の髪に高身長、身に着けている鎧は見た者誰もが高価であろうと思うほどに豪華な装備。紳士的な身振りと堅実な性格などから絶大な人気を誇っている。
尚且つアルゴノアで最高峰の強さを兼ね備え、おまけにギルドの三強の一つ、【アウェイク】のギルドマスターを務めるという誰しもが欲する立場の人間。
「…気にくわぬ」
「イケメンで見るからに紳士的、女性に笑顔で手を振っていることから人気が出るのも頷けます。貴方とは真逆ですね」
「…実は神様、僕のこと恨んでる?」
神様が「うるさい」とでも言うような表情で道の中央を指さし、僕は渋々(しぶしぶ)と視線を向けた。
「シリア様ァァ!!その足でこの私を踏んでくださああああい!!」
頭のイかれた奴がいることは触れずに、シリアという名前を思い浮かべる。
シリア・ディトリア。黒く妖艶な長い髪や着物からはみ出る肩は多くの男性を魅了してきたであろう。顔の部位も神様並みに揃っていて見る人は誰もが美しいと声を揃えるはずだ。
挙句、世界的に有名な魔導師でありその腕前は右に出る者はいないと世界に認知されるほどの実力を持っている。ギルドの三強の一つ、【デスデプス】のギルドマスターを務めている。
つまり才色兼備。だが僕は知っている。
あんな感じの人は全員ドSだということを。
「あながち間違ってはいないかもしれませんね」
「そうなの?」
神様の言葉は僕が思ったことに対する返答だと理解した。もうこの際、思考を読まれているのは触れないでおこう。
「いえ、噂でよく聞くという意味です」
「へー…」
噂でよく聞く、ということは噂が流れているということ。やはりどの世界でも黒髪ロングには裏がある、というのは共通か。
「ノア様ァァ!!今日も可愛らしいご様子でぇぇぇぇぇ!!!」
どうやらこの世界の人間はろくでもない奴が揃っているようだけど放っておこう。ノア、と呼ばれたギルドの三強の最後の一つ、【デイティーブライド】のギルドマスターに視線を移した。
「…ロリ」
不意に出てしまったその言葉でノアと呼ばれた人物のある程度は説明できた。
ノア・エノアイト。くりくりな目に少しふわっとした茶色の髪。その頭に生えているのはいわゆるファンタジーによくある亜人種の中で獣人と呼ばれる人種に生えている獣耳だろう。
ギルドの三強の一つ、【デイティーブライド】のギルドマスターを務めているようには思えないが、神様からもらった知識に嘘はないだろう。
「…ん?」
百五十にも満たないであろう身長の彼女をじっと見つめていると彼女は裏路地にいる僕達に見える範囲の場所で立ち止まった。
前を歩いているヴェルヴェート・ウェストやシリア・ディトリアと何か話し、二人はそのまま歩きだした。
二人の姿が消えると、唯一見えているノア・エノアイトはブツブツと何かを口にして手を翳したその瞬間――。
「え?」
道を開けていた多くの人間が一斉に倒れた。
理由を知っているであろう神様に目を向けると、神様は「はぁ」と深いため息を吐いていて僕の前を指さした。
「………」
「………え」
先程まで道の中央にいたはずのノア・エノアイトが目の前に顔を俯かせながら立っていた。
「貴様ぁ…」
声のトーンと何故か感じる威圧から怒りを露にしているのがすぐに分かった。
何故怒っているのか、と考えるとそういえばロリと口にしたな、と思い浮かぶ。
「…そんな馬鹿な」
さすがにあの歓声の中、道からはずれた裏路地にいる僕の声など聞こえないだろう。さすがに獣耳があって聴力が良いとはいえこの距離だ、聞こえるはずがない…と信じたい。
「この妾を…ロリじゃと…?」
「き、聞き間違いですよノア様…き、今日も可愛らしいですね…」
今まで感じたことの無い威圧感と殺気というものだろうか…神様に絞殺されて死ぬ時と同じような感覚が身を襲う。
言うまでもなく本気で怒ってる。まさか歓声の中、裏路地で呟いた言葉が耳に入るなんて思ってもいなかった。
「そんな世辞を言う余裕があるのならば――」
「ちょ、ちょっと待っ――」
「――死ねぇぇい!!」
襲いかかってくる腕を間一髪の所で体を横にズラして避けることに成功し、そのまま尻餅をついた。
本当に危なかった…あんな風を切る音のイかれたパンチを顔面目掛けて放ってくるなんて…
敏捷能力999じゃなかったら絶対に意識が刈られていただろう。
「………」
「ぐぇっ!?」
小さな手に服の襟を掴まれ、訝しいものを見るかのような目で見つめられる。
引き寄せられたことで顔はとても近く、お互いに吐息がかかってしまう程の距離。それでもノア・エノアイトは全く気にすることなくそのまま静止していた。
「………」
「………」
見つめ合って数十秒経つと、ノア・エノアイトは僕の襟を離して手を掴み、そして引っ張る。
僕もその手を握り返して立ち上がった。
「合格じゃ!」
「…え?」
唐突に笑顔になり、手をブンブンと上下に振るノア・エノアイト。
何がどう合格なのか分からないけど、妙に笑顔だしもう怒ってるようには見えない。さっきの出来事が無ければ断然喜んでいると思うほどの笑顔だ。
「この場所でお主のような奴に出会えるとは思わんかったしの!妾は嬉しい限りじゃ!」
「………」
つまり、何が言いたいんだ?いや、それよりこの人は僕に出会えて嬉しい限りと言ったか?
「………」
ちょっと待って緩まるな僕の頬!!今まで女性経験が決して多いとはいえなかった人生がそのまま顔に出るなんて恥ずかしいぞ!やめろ!僕をニヤけさせるな!
「デュフッ」
「…な、なんじゃ急に…」
ノア・エノアイトに引かれたのは言うまでもない。
「いや、それより」
やはり考えても考えてもノア・エノアイトが僕に出会えて嬉しいと言っている理由が分からない。今日転生したばかりで顔を見たことすらないといういのに嬉しいと言われる道理は無いだろう。
それともあれか。やはりイケメンは会っただけで嬉しいものなのか?
「それは無いです」
「知ってるから!ネタなのにツッコミいれんのやめて!」
僕の考え――といっても僕がイケメンだということを――を全否定され、ノア・エノアイトに視線を向けると変わらずの笑顔で僕を見上げていた。
「お主!聞きたいことがあるのじゃ!」
目の前でまるで好きなマスコットキャラクターを見つけたかのようにぴょんぴょんとジャンプしながら目を輝かせるノア・エノアイトを見て僕の手は上下に揺れる頭に向かって伸ばした。
「ぐ…」
理性を取り戻して僕は手を止める。
危ない危ない。後ちょっとでロリコン道を一時の気の迷いで突っ走る所だった。
「…?まぁよい、お主の敏捷値を教えろ!!」
「…あー」
ノア・エノアイトの質問――どちらかといえば命令に近いが――で何故笑顔になったのかを理解した。
超大手ギルドとなればやはり能力値の高さを重視しているのだろう。ノア・エノアイトのパンチを避けたことで僕の敏捷値の高さがどれほどなのか気になり、期待している故の笑顔だ。
「妾の攻撃を避けたとならば敏捷値500は超えておるじゃろ!」
「…500超えてたらどれくらいのレベルなの?」
「超大手ギルドに入っていないとおかしいレベルかと」
ノア・エノアイトに聞かれないように小声で神様に尋ねると、小声の理由を悟ったのか僕だけに聞こえる程度の声量で返した。
超大手ギルドに入っていないとおかしいレベル…それなら尚更ノア・エノアイトには気づかれたくはない。
僕の能力値が高いことを気づかれてしまえばギルドに勧誘される可能性は高い。そうなれば明らかにおかしいレベルと能力値の不釣り合いがバレてしまう。もしそうなってしまったら面倒だ。
「僕なんてノア様に比べたら全然ですよ。今のは腰が引けて偶然避けれただけです」
「ふむ…慢心せず謙遜の意があるのも気に入った!!名前はなんと申すのじゃ?」
さすがに名前はまずい。前世と同じように、宿などの宿泊には名前を伝えないと宿泊できない。つまり、名前を知られてしまえば多くの面で足跡がバレてしまうということだ。
「あ…えっと…」
チラッと神様に視線を移すと、神様は小さく溜め息を吐いてそっぽを向いた。助ける気は無い、ということだろう。
「…アイオカ・キハ…じゃなくて、キハル・アイオカです」
名前に関してはもう仕方ないと割り切るしかないだろう。問題はギルド勧誘されなければいいということだけだ。
「キハル…アイオカ…そうか、キハル・アイオカか…」
ノア・エノアイトは何度か頷きながら僕の名前を呟き、二度目の笑顔を咲かせた。
「キハル!!」
「はい!?」
突然の大声と満面の笑みから予測できるのはとても最悪な事態だった。
僕はそこまで鈍いわけではない。頭の回転が速いネット住民と話せるレベルにまで達した僕はノア・エノアイトが何を言いたいのか手に取るように分かった。
「妾のギルドに加入するのじゃ!!」