神様に絞殺されて異世界転生することになったんだけど質問ある?
「貴方は死にました」
目の前に軽やかな所作で立ち、僕を見下ろしている美少女は唐突にそう言った。
肌はまるで理想の色彩に操ったかのように白く、顔の部位は九分九厘の男性が「美しい」と声を揃えて言うであろう程に整っている。
白いウェディングドレスのような衣服に身を包み、そこから連想できるのは可憐、清楚、淑女という女性の理想。
どれもこれも僕の大好物だ。
「まぁ、私が殺したのですが」
「うん、知ってる」
もしこの事実が無ければ僕は今すぐにでも僕を見下ろす彼女の足元で「デュフフwww」と鼻息をフンフンと鳴らしながら頬擦りをしていたかもしれない。
いや、するはずだ。こんな絶世の美少女を前に、この僕がしないわけがない。
今言われたように、僕はこの美少女に殺された。何故それを知っているのか、と問われれば僕はこの顔を見た、と答えるだろう。
成り行きは簡単。もう何年も前から引き籠ってる僕の部屋でいつも通りパソコンの中にある秘蔵フォルダと睨み合いをしていた所、操作していないにも関わらず画面には多くの【Delete】の文字。
何故僕の秘蔵フォルダの中にある画像達が削除されているのか分からないが、とにかく早急に止めようとバツ印を押しても反応無し。
今まで汗水垂らして集めてきた美少女達が次々と消えて行く中、僕は「ンギイイイイイイイイイイイイッッ」と奇声を上げて発狂したのは言うまでもない。
本能を落ち着かせ理性を取り戻し、またパソコンの前にある椅子に座ると画面に映ったのは奇妙な文章だった。
『堕落した人生を愉悦も無く歩む事に意味は在るのですか』
僕以外の誰かならば「なんだ?ウイルスか?」と判断してすぐにタブを閉じてしまうだろう。
そう、僕以外ならば。
一瞬で理解した。このタブを開かせた奴は僕の人生を視た者であり、あまりにも哀れな僕に対して同情の念を心に抱きながら声を掛けたのだろう、と。
まるでドラ○エの如く、文章の最後に逆三角形マークが点滅していたことから続きがあるのか、とクリックするとまた別の文章が画面に現れていた。
『別の人生を歩もうとは思いませんか』
この文章を送りつけてきている奴がどんな奴なのか分からない。この時、僕は恐怖心を抱いたことも覚えている。
それでも自分自身の好奇心を抑えられず、僕は言った。
『そりゃあ、もちろん』
次の瞬間、パソコンの画面の中という二次元の世界から伸びてきた三次元の手を見て「ウホッ」と声に出したのが最後、その手は僕の首を力強く絞め、意識が無くなる寸前――。
この美少女の顔を見たということだ。
ふと気が付くと真白く最果ての無いように思える空間に連れられ、そして今の現状である。
「思ったけど酷くない?結構痛かったんだけど」
首に手を添え、絞められた跡に触れながら言う。自分でも驚くほどに首は凹んでいたし、痛かったのはもちろん、物理的な意味だけではない。
首に手を添えられた時の恐怖感、実際に首を絞められた時の息ができない時の絶望感、意識が刈り取られる寸前の何もできないという無力感。
死に方は安楽死がいい、と期待を寄せていた僕の一つの願いを見事に踏みにじられた。
「それ故に貴方は対価として別の人生を歩む権利を手に入れました」
その言葉で一つの単語が頭を過る。
「ということは…い、いいいいいいいい異世界!?」
異世界転生…夢見たはいいが、僕が生きている間の技術じゃ無理だろうと諦めていた願望。
「貴方達の世界からすればそう言葉にするのでしょうね」
まさかの異世界転生フラグ…これは確立されたぞ!
パソコンの画面から手を伸ばして意識を刈り取ってくるような美少女が言うんだ。きっとこの美少女は異世界転生物語によく出てくる神様のようなもので、僕は異世界に転生して新たな人生を迎えるのだ。
今までずっと夢見てきた。剣や魔法を使い、危険に晒された超絶美少女を間一髪の所で助け、そして惹かれて行く二人――。
いつしか訪れる世界の危機に立ち向かい、自分の身を犠牲にしてでも世界を救う――。結果的に運良く生き延びた僕と超絶美少女はもう一度愛を誓い、幸せに暮らす――。
「ぜ、是非!是非僕を異世界に転生させて下さい!!」
なんと素晴らしい人生であろうか。世界を救ったという名誉と手に入るであろう富を懐に美少女とイチャイチャする日々。
想像するだけで夢と股間が膨らんでしまうぜ。
「えぇ、もちろん」
「ありがとうございますぅ!この恩は一生忘れませぇぇぇん!!」
高く跳び、着地すると同時に膝を折り曲げて地面に手を着く。その瞬間に額を地面に擦り付けるように頭を下げた。
これこそ僕のみが極めた完全的な土下座。非の打ち所の無い謝罪態勢とはこの事だ。
「それに当たり、二つの利と一つの害を与えましょう」
「へ?」
まさかの不意打ちに頭を上げると、先ほどからピクりとも動くことの無い表情の瞳は変わらず僕を見下ろしていた。
「一つの利はその世界の知識を全て与えましょう。二つの利は能力値の全ての能力を999にします」
まずチート的能力がもらえるのはなんとなく分かっていた。それが異世界転生の常のようなものだろう。
まさか二つ目の利で知識が手に入るとは。
どの世界も生き残る術として知識が必要だというのは言うまでもない。魔法の存在がある世界なら尚更だ。僕が生きていた世界の常識のほぼ全ては通用しないからだろうから。
「こ、言葉とか通じるの?」
「日本語を共通語にしましたので安心して下さい」
美少女の言い草から察するとやはり神のように思える。先程の話で出た能力値、というのは異世界によくある魔力などだろう。
「他に質問は?」
「無いです!!」
「それでは一つの害…いえ、生きる意味を」
害、ではなく生きる意味、と訂正した神様の表情はどこか悲哀を感じさせるように見えたが、それが嘘とでも思わせるかのように無表情に戻った。
世界に通用する知識とチートとしか言わざるを得ない力を手に入れる代償と考えた方がいいだろう。
それはかなり重いはずだ。
「…と言いたい所ですが、それは貴方が転生した後に伝えるとしましょう」
「…え?」
まさかの焦らしプレイ?いやご褒美ですけど?放置プレイだろうが焦らしプレイだろうが大歓迎ですけど?
ただし美少女に限るけど。
「貴方には少々酷な人生を送らせてしまいました。せめてものお詫びです」
空間が歪んだかのような感覚が身を襲う。あまりに不快な感覚に僕は目を閉じた。
「それでは僅かながらの空の旅、お楽しみ下さい」
「え?そ、空の旅?」
「それでは、さようなら」
「ちょ、待って!あっ、あ―――――」
どこかに飛ばされるかと思い、せめてもの抵抗に座り込むと足元に丸い穴が開く。「あ、落されるのね」と理解した瞬間。
僕は転生して早々、死ぬのかもしれないという最悪な事態が頭を過った。
「ヘルプミイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッッ!!」
高い。あまりにも高い。
ある程度の高さなら死にはしないだろう、と心の中で少し安堵していたのが馬鹿だと思わされるくらいに高い。
雲のさらに上から落とされるなんて思わないだろう。空の旅とか言ってたけど死する直前と言われた方がまだしっくりと来る。
「無理ィィィィィィィ!!太陽が怖いィィィィィ!!」
僕は太陽からの熱気、そして今までどこかで見たネット上の知識で一つの良策を思い出す。
かつては戦国時代から安土桃山時代を股にかけ、臨済宗を嗜んだ伝説の僧、快川○喜の名言。
「――心頭滅却すれば火もまた涼しィ!!」
頭、心の中でその恐怖の対象を何もかも追い払ってしまえばその恐怖の中にある業火でさえもまた涼しく感じてしまう事の意味。たぶん。
そう、今の僕は快川○喜。臨済宗を嗜み、現代にも通じる名言を残した伝説の――。
って――
「なわけあるかあああああああああああ!?滅茶苦茶怖いんだけどォォォォォォォ!?」
――誰も知らないよね、そりゃ。
僕は快川○喜でなければ戦国時代に生きていた輩でも無い。平和な日本という国に生まれ、キモヲタとして罵られニートと化した一人の人間。
「○喜ィィィィィ!!君の嘘の名言が僕の心を切り裂いたんだぞォォォ!助けてェェェェェ!!」
どこかの空の果て、○喜がまるで鏡と同等の効力を発揮しそうな程のハゲ頭に二本指を乗っけて斜め上にピッと出す。
○喜は言った。
『アデュー(笑)』
「氏ねえええええええええええええええええええ!!」
あまりにも無駄な一人芝居を続けているとついに地面は間近に。僕は咄嗟に目を瞑った。
「まぁ、知ってたけどね」
地面スレスレ、後五センチでも落下していたら鼻が潰れていたであろう距離で僕の体は重力に反抗するように浮かんでいた。
こうなるのはなんとなく分かっていた。神様が異世界に転生させてすぐ死なせてバイビーとするようには思えないし。
地面スレスレだから多少の悪意はあったんだろうな、とか思いつつも僕は地面に足を付ける。
「さてさて…」
神様によるとここは異世界なのだろう。ただ周りを見渡しても木以外の何も見えない。
死ぬ前の世界と森の中とほぼ同じ感想だ。強いて違うことと言えば、空気が綺麗に感じる所か。
技術が発達している故に工場があるのは道理。工場があれば多少なりとも人体に悪影響を及ぼす可能性のあるガスが排出されるのもまた道理だ。
魔法が存在する分、そういうものが無いのだろう。
「本当に異世界?日本としか思えないけど」
そういえば神様は言っていた。
異世界に転生したら二つの利の代償である一つの害…いや、生きる意味と言った方がいいか。それを伝えられるはずだ。
見える範囲に姿は無い。そう考えると定番である頭の中で言葉を伝える念話のような魔法で伝えられるのか。
「ん?」
ガサガサ、と後方の茂みが小さく揺れる。フンフン、といつもの僕のような荒い鼻息が耳に入る。
茂みはそこまで大きくない。人間ならば上半身が見えているはずだ。つまり犬か猫のような小動物のはず。
「グルルルルルル…」
「…ワオ」
ふむ、犬か。
逆立つ長い毛は犬のそれでは無い。長く伸びた爪と口から滝のように流れる涎で察するに。
「うん、異世界だね」
そう言葉にした瞬間、僕は走り出した。
「もう嫌だぁぁぁぁぁ!!さっきから不幸だ!!幻○殺しの上○さんもビックリだよ!!」
涎をダラダラと流しながら追いかけてくる犬を背に僕は数年ぶりの全力疾走を繰り出す。
もう永遠に太陽の光を浴びることは無いと思っていたのに太陽の光を浴びるどころか走らされるなんて思ってもいなかった。
「ヒイイイイイイイイイイィィィィ!?」
奇声を上げるのは今日だけで何度目だろうか。もし誰かが僕を見ていたのなら真っ先にキチ○イ認定する程だ。
『ようこそ、魔法の存在する世界【アルゴノア】へ。この世界は何億年も前から――』
「それ今はいいから!首絞められたり空から落とされたりでもうお腹いっぱいだからこういうの!説明の前に助けてよ!!」
『…仕方ないですね』
その言葉が聞こえて数秒、後方から追いかけてきていたはずの犬の足音が聞こえなくなり、振り返ってみるとそこにはまるで最初から何も無かったかのように静寂が訪れていた。
「はぁ…はぁ…肺が破裂しそうなう…ってスマホがない!!」
いつもポケットに入れているはずの薄型長方形の電子機器が見当たらない。「まさか!!」と思い下着の中に手を突っ込んでもそこには無かった。
「ま、どうせネット繋がらないしね」
別世界だし。ネット環境があったら驚きを通り越して唖然としてしまう。
『能力値オール999なんですからあんなレベル1程度の魔物に私の手を煩わせないで下さい』
「え?もうオール999なの?…次会ったら僕の鉄拳が火を噴くぜ」
『あ、まだ設定してませんでした』
「やっぱり手から火って出ないよね」
魔法の存在する世界、とならばまた話は別だけど。
『…とりあえず能力値と知識を与えるので目を瞑って下さい』
また異世界定番の魔物に襲われたら元も子も無い、と僕は何も言わずに目を閉じる
。
神様の日本語ではないどこかの言語が聞こえた後、まるで今まで眠っていた力が目覚めていくかのような感覚がした。
「…アルゴノア、ね」
世界【アルゴノア】。何億年前から存在する世界で、地球と異なる所は魔法と魔物という生物が存在するということ。
傀儡や先程の冥界犬のような魔物――つまり人間の敵――と土地を争い、戦争を繰り返す世界。
「まぁ定番か」
魔法ある所に魔物あり。いつしか読んだライトノベルの後書きに書いてあった記憶がある。
「まずはギルドに入るのが優先かな」
ギルド…これもやはり異世界ある所に無くてはいけないものだろう。
説明するのならば何かの目的の元に集まった集団の事だ。個人が設立し、友人や他者を勧誘し、集団を大きくしていく。
この世界はあまりギルドについての規則は厳しくないらしい。世界平和を願う人間が魔物と戦うギルドを設立することもあれば、ただのんびりと暮らしたい人間が身内などを集めるのもあり。
つまりギルドに関してはガチ勢になるのも遊ぶのも了承されている、ということだ。
『貴方の右ポケットに入っているカードを取り出して下さい』
「ん?冒険者カードか」
冒険者カード、はあまり小説に出てこないだろう。この世界の法律で全ての人類が所持することを定められているらしい。
記載されている情報は色々。名前、レベル、職業や体力などの全体的な能力が書いてあるらしい。
神様に言われた通り、右ポケットに手を入れるとクレジットカード――触ったことないけど――のような感触のするカードを取り出した。
【名前:キハル・アイオカ】
【レベル:1】
【職業:自宅警備員】
【力:999】
【防御:999】
【敏捷:999】
【察知;999】
【魔力:999】
【魔法:】
「一つ明らかおかしいよ!?さっき私の手を煩わせないでって言ってたけどこれこそだよね!?なんだよ自宅警備員って!!」
今まで数多くのライトノベルを読んできた僕でも自宅警備員なんていう職業がある異世界なんて初めてだ。
『はい?』
「いいから変えて!素直に剣士でいいじゃん!」
『…仕方ないですね』
渋々了承したのか神様はまた別の言語を言葉に出し始め、終わる頃に僕は冒険者カードに目を移した。
【職業:ニート】
「変わってないから!!全く同じだから!!」
その後、森を歩いて脱出しようと試みる間の十分程度の説得によって僕の職業は剣士となった。
『はい、能力値も全て999になっているようですね』
「うん、冒険者カードを見る限りそうだね。この世界の単語を思い浮かべれば何故か意味が浮かんでくるし、そっちの方も問題無さそうだよ」
『分かりました。それでは生きる意味を伝えましょう』
その言葉が発せられた瞬間、歩き続けていた僕はついに足を止めた。
『それは――』
運良く僕は森から抜けられたらしい。その先にあった光景は僕の期待していた通り…いや、それ以上の光景。
『この世界の異物を排除して下さい』
空に見える別の星の天体、天を突きぬける程に大きい塔、それを囲むようにあるとてつもなく大きい街――。
疑う余地のない、異世界だった。