指輪
寒くてまた風邪を引いてしまいました。
雪兎さんを避けはじめて1週間がたった。
兄からメールで食堂に来いと言われたのは、そんなころだった。
兄の側には雪兎さんが居る。
だから食堂には行かないってメールすると、雪はまいてからいくから来いって返って来た。
私は仕方なく食堂に向かった。
放課後の食堂。
放課後の食堂はちょっとしたケーキや紅茶が楽しめるため、まばらに人が居た。
私も紅茶とチーズケーキをたのんだ。
紅茶の匂いを楽しみながら一口飲み込んだ時私の目の前に座ったのは雪兎さんだった。
はめられた。
私は兄に殺意を抱いた。
「太陽をせめないでくれ。俺が悪い。」
雪兎さんは困ったような顔でそう言った。
「何か?」
「………俺は日和に嫌われるような事をしたかな?」
雪兎さんは眉をハの字にして聞いてきた。
そんな顔をさせたいんじゃない。
「………なにも。」
「じゃあ、何で避ける?」
何を言えば納得してくれる?
私の気持ちを雪兎さんは知らないのに。
「俺は日和には嫌われないようにしてきたつもりだけど………好きな男でも出来た?」
「違っ!違います。」
雪兎さんに誤解されたのが哀しい。
「………日和。俺は結構わがままなんだ。」
「へ?」
雪兎さんは真面目な顔で言った。
「日和が思っている以上に自分勝手で、傲慢な男なんだ。」
「?」
「折角日和が同じ学校に通ってるんだから、会いたいって思うのは駄目なんだろうか?迷惑かい?」
私は首を横にふった。
「迷惑じゃないなら、一緒にお茶しても良いかな?」
「………はい。」
雪兎さんは苦笑いを浮かべた。
そして、ポケットに手を入れて出して見せた。
それは、雪兎さんが直させてほしいと言っていた誕生日プレゼントのネックレスだった。
真珠を抱えた妖精のネックレス。
ひとつだけ違ったのは、妖精のチャームの横に大きなダイヤの付いたリングが一緒にチェーンに繋がれていた事だった。
「直ったよ。日和の物だ。」
「こ、これは?」
「日和の物だ。」
こ、これは………婚約指輪のように見えますよ?
ち、違う?
雪兎さんはニコッと笑うと私に近づき、その妖精と指輪の付いたネックレスをつけてくれた。
「日和が不安にならないようにお守りだと思ってくれれば良い。」
こ、これは自惚れて良いの?
私は自分の首もとにあるネックレスに触れた。
泣きそうになるぐらい嬉しかった。
私が泣きそうな顔をしたのが解った雪兎さんは困ったように呟いた。
「嫌、だったかな?」
私が泣きそうになってるのは嬉しいからだと言いたいのに声が出てきてくれなくて、ただ涙が一筋頬をつたった。
雪兎さんは私をゆっくり抱き締めた。
「泣かないでくれ。」
「ゆ、雪兎…さん……あ…ありがとう。嬉しい。」
絞り出すようにそう言うと雪兎さんの抱き締めてくれている手に力が入った。
幸せだと思った。
「こら!イチャイチャするな!」
兄の声に跳び跳ねるように驚いた。
雪兎さんは私をはなすつもりがないみたいだ。
「太陽………空気をよんでくれ!」
「バカか?よむわけないだろ!ひよ!雪からはなれなさい!」
「………ゆ、雪兎さん?は、はなして!」
雪兎さんは私の顔をのぞきこむと言った。
「もう少しだけ駄目かな?」
私は恥ずかしくて雪兎さんの腕の中でもがいたがはなしてもらえなかった。
「あ、兄~助けて~!」
私が兄に助けを求めると雪兎さんはしぶしぶと言った感じに私をはなしてくれた。
兄はイライラしたように後ろ手に私をかばうと言った。
「雪!ひよは、まだお前のじゃないんだからな!必要以上に触るな!」
雪兎さんは苦笑いを浮かべた。
冷静になって回りを見るとかなりのギャラリーが居て注目されていた。
恥ずかしい。
そう思った次の瞬間食堂に怒った顔の百合子が入ってくるのが見えた。
「どうして?貴女は元婚約者でしょ!今は関係ないくせに雪様のそばをウロチョロシして!いい加減にして!」
ヒステリックに百合子が叫んだ。
「…あ~あ、雪の地雷を踏みぬいたぞこの馬鹿女。」
兄の小さな呟きは私にしか聞こえなかったと思う。
「…………誰が………元だって?」
雪兎さんの低い声に百合子は肩をビクッとはね上げた。
私も百合子と同じ反応をしてしまったのは、秘密だ。
「だ、だって!雪様は利益の伴わない事は嫌いでしょ!その子はもう宮浦じゃ無いじゃない!」
私も同じことを思っています。
「違う。根本的な事が違うな。俺が利益を求めるのは日和との婚約を邪魔されたくないから……日和の親父さんに文句を言わせないためだ。」
呆れたような雪兎さんの声に百合子はかなり驚いていた。
………私もだけど。
兄は私をゆっくり抱き締めると一歩後ろに下がった。
「はなれとけ。………雪!手加減しろよ。」
雪兎さんはチラリと兄を見ると言った。
「二度と刃向かわないように……」
「止めとけ!日和に見られてる。」
「………」
雪兎さんは私に視線をうつすとため息をついた。
「解った。」
雪兎さんは気まずそうに私から視線をそらした。
「そんなわけない!雪様!その子に弱味でも握られてるんですか?じゃなかったら私とその子の何が違うって……」
「本当に空気のよめない馬鹿女だな。お前と日和じゃ比べものになるわけ無いだろ?どれだけ自意識過剰なんだ?びっくりする。」
雪兎さんは冷たく言い放った。
百合子はショックをうけたような顔をした。
「俺は日和にはじめて会った時から俺のものにするって決めてたんだ。はじめて欲しいと思った存在だ。お前なんかに理解されなくてかまわない。」
百合子の表情が苦々しく変わる。
「なら、その子に他に好きな人が出来たら?」
「………何をたくらんでるか知らないが変わらん。もとより、手放す気は無い。日和の心が俺に無くても俺には日和が必要だからな。」
物凄い事を言われている。
兄がヤンデレって呟いて私を抱き締める手に力を込めてもう一歩後退りしたのは仕方がないのかも知れない。
きっと怖いことを言われて居るのだろうと頭の片隅では解っているのに今の私には嬉しい言葉でしかなかった。
「波風たてられる前にあんたには家ごと消えてもらおうと思っていたのに日和に避けられるわあんたの行動力がウザいわあっさり進まなかったが、そろそろきいてくるだろう?目障りだから消えてくれ。」
雪兎さんは冷たく言い放った。
私は兄に視線をうつすと言った。
「兄、はなして。」
真剣な顔の私を見て兄は私をはなしてくれた。
私はそのまま雪兎さんの背中に抱き付きお腹に腕をまわした。
「雪兎さん、その子を許してあげて。」
「?」
雪兎さんの驚きが動きで解る。
「私とその子は似てるよ。」
「どこが?」
「雪兎さんが利益が好きだから私……篠崎になってしまった私では婚約者に相応しくないって思ったり、雪兎さんのために色々頑張りたいって思っちゃうとことか?」
雪兎さんは体をひねって私の方を見た。
「雪兎さんの事が好きだからやっちゃった事でしょ?御願い許してあげて。」
「俺の事が好き?」
「そうだよ。」
「日和も?」
「………うん。」
私の言葉に雪兎さんは暫く黙って言った。
「こいつは日和に嫌な想いをさせただろ?」
「彼女のお陰で……雪兎さんの気持ちが解ったよ。」
雪兎さんは暫くフリーズしてから深く長いため息をついた。
「……解った。」
雪兎さんは項垂れてそう言ってくれた。
「日和に感謝しろよ。」
雪兎さんがそう呟くと彼女は泣きながら走っていってしまった。
御愁傷様である。
「彼女に恩を売っておくのは価値がある。」
私の呟きに雪兎さんは驚いたようにビクッっとした。
「………流石日和。」
少し呆れたようにそう呟やいた雪兎さんはお腹にまわされた私の手を優しく包み込むように自分の手を重ねた。
「イチャイチャするなって言っただろうが!」
兄に言われて私と雪兎さんはビクッっとしてゆっくりはなれたのだった。
日和ちゃんと雪兎さんがようやく気持ちが通じ会いました。
26日は息子の誕生日でした。
ちなみに姉も同じ日が誕生日でした。




