最期の夢
いつもの月毎テーマ短編
今回は"過去"でお送りします。
いつもの三人娘ではなく、完全短編として書き上げさせていただきました。
今回の短編は精神的にキツイ系を目指しています。苦手な方は戻るをお願いします。
「パァァァァァァン!!」
警笛を鳴らしながら視界一杯に広がる電車。対して俺はホームから落ちたレールの上で身動きが出来ない。
頭の中に広がるのは"死"の文字のみ。
「今日は散々な一日だった……その結果がこれかよ」
声にならない呟きがため息と共に漏れる。
……そもそも今日はついてなかった。
「ジリリリリリリリッ」
けたたましい目覚ましの音で意識が覚醒する。
「んあ……」
ダルい……
これと言うのも全てあのノロマな部下の所為だ。仕事は遅い、要領は悪い。そのくせ口答えだけは一人前にしやがる。
昨日はたまたま時間が空いたのであの愚図を呼び出し、2時間は説教してやったか。いつものように「はい」とか「判りました」しか言ってこない。
まぁ、説教は10分程度で後はストレス発散も含めボロボロにけなしていたら就業時間になっただけだがな。あれで多少は溜飲が下がった。
説教のせいで明日提出の書類が全くの手付かずになったのは痛かったな。仕方ねぇから愚図に押し付けてきたが……まともな書類が仕上がってるかどうか……
……仕上がってなけりゃ、愚図が勝手にやりたいと言って任せた事にすればいいか。
気分転換にパチ屋に行ったが、2万も貯金をする事になった。全部あの愚図に関わったせいだ。おかげで余計にうっぷんが溜まった。
その後、飲み屋にいって綺麗どころに酌させたおかげで寝れる程度には晴れた。だが……
あー、思い出したらまたムシャクシャしてきやがった。
決定だ。昨日の書類、出来不出来に関らず一回床にばら撒いてやろう。適当に文法の解釈が違うとでも言っておけばあの愚図の事だ、気づく事なんてできねぇ。
鳴り続ける目覚ましを止め、軽くシャワーを浴びる。
朝食はいつも通り抜き、スーツに着替える。
始業時間まで後1時間。家から職場まで徒歩10分、電車で45分。……しかたねぇ、そろそろ出るか。
部屋に鍵をかけ、外に出る。
「チッ!!」
目の前の光景に朝っぱらから気分が悪くなった。
アパートの前にはこれ見よがしに高級車が止まっている。いつも邪魔な車だ、石でも蹴ってやろうか? ……いや、万が一見つかった時が面倒な事になる。今の所は辞めておこう。
いつも通りヤニを吸い、ボンネット目掛けて吸殻を投げ捨てるだけにとどめ、駅へと向かう。
「ピピピピピピーッ」
ちっ、中に居やがったか。煩い位にクラクションを鳴らしてきやがった。
俺には知ったこっちゃねぇ。たまたま投げた吸殻がボンネットに乗っただけだ。ここで振り向いたり足を止めりゃ、この前みたいに因縁つけられるだけだ。
……ん? この前みたいに因縁?
因縁なんざつけられた事はなかったはずだ……この前なんてあるはずはねぇ。俺は何を考えてたんだ?
クラクションを無視し、いつも通りの道を歩き駅から改札を抜ける。
今日もホームは込んでる。まぁ良い。割り込めばいいだけの話だ。
いつものように並んでいる人ゴミから気の弱そうな女子高生を見つける。
こういった手合いの奴等は割り込んでも文句は言ってこない。後ろに並んでいる奴等が睨んで来るが、そんな事知ったこっちゃない。
俺はただ並んだだけ。文句を言わないこの女が全部悪い。
ホームへ滑り込んできた電車の扉が開くのを待ち、そのままシルバーシートのある場所へ向かう。この時間帯ならシルバーシートが空いているからだ。
ジジババ優先座席ってだけで座らない奴が多い。そんなもん座っちまえば早いってのに殊勝なこって。
「チッ!!」
今日もババアが2人で占領してやがった……思わず舌打ちをする。……ん? 今日"も"? 今日"は"だろう。いつもは空いていて座れている。
だが、これじゃ最悪の場合到着まで立って居なければならない可能性がある。最悪だ……
周りを見渡すが空席は無い。気の弱そうな奴の前に立って圧力でも掛けてみるか?
いや、さすがに混み始めているから動くに動けねぇ。クソッ!! ストレスが溜まるな。
結局終点まで立ちっぱなしだった。最悪だ。
幸い会社は駅のすぐ目の前だ。さっさと行ってくつろぐ事にしよう。
電車を降り、改札を抜け、駅ビルを出て目の前にあるビルに入る。
俺の部署はエレベーターで4F、さっさと行ってあの愚図でもいびるか。クックック……
「おぉ、清水君じゃないか?」
チッ、最悪のタイミングだ。この声はハゲ部長のはず。
「部長、おはようございます」
まっ、そんなもんはおくびにも出さずに営業スマイルで対応する。
「やはり清水君か。今日は随分と遅いようだが……どうしたのかね?」
タイムカード上では始業25分前に来てる事になっているからな。嫌な突っ込みが来た。
「申し訳ございません。本日提出の書類を見直ししていたのですが、つい作業に没頭し時間を忘れてしまいました」
こんな時間ぎりぎりとバレる訳にはいかない。上役にはせいぜい媚びておかねぇと出世に響く。
「そうかい。相変わらず清水君は頑張るようだ。ただ仕事を持ち帰ってまでやる必要はないんだぞ? 書類は昼まで待つからゆっくり見直しなさい」
「はっ、ありがとうございます。
部下の手前、定時で帰ることを習慣付けなければ何時までも残る者ばかりになりますから、持ち帰りが多くなりお恥ずかしい限りです」
「ふむ。確かに君の部下は遅くまで残る子が多いね。昨日も泊りがけで仕事をしていた者がいたと報告を受けているよ。
やる気に溢れているのは嬉しいが、体を崩してはいけない。君からも定時で帰るよう言っておいてくれたまえ。」
「はい、ありがとうございます。
残ったのは恐らく白石でしょう。仕事が遅い分残って仕事を仕上げる等、やる気だけはある人間ですから。アドバイスをしてもっと早く帰れるよう手助けさせていただきます」
「ふむ、そうか。さすがは清水君だね。これからもよろしく頼むよ」
「はい。それでは失礼いたします」
話しの切れ目で4Fについた。頭を下げてエレベーターから降りる。
うまく言いくるめる事ができたようで助かった。
エントランスホールを抜け、右側の部屋"営業2課"の看板が下がっているドアの中へと入る。
「課長、おはようございます」
「おはようございます」
ちらほらと部下達から声がかかる。可愛い女性社員にだけ返事を返し、課長室へと向かう。
朝っぱらから最悪な事が続いた。さっさとストレス解消でもするか。
課長室に入る直前、白石に声を掛ける。
「白石、来い」
「はい、ただいま」
書類の束を持った小太りの男が駆けてきた。こいつが愚図の白石だ。
「昨日言っておいた書類は出来ているか?」
「はい、こちらです」
聞いてみると手に持った書類の束を差し出してくる。……多いな。
この量の書類を昨日から今朝の間に作ったのか? 目の下に凄いクマが出来ている。徹夜でもしたんだろう、相変わらず難儀な奴だ。
「ふんっ!!」
ひったくるように書類を奪い取り、目を通す。
内容は……問題ないな。もっと楽に作れそうだと思っていたが、重要点だけをまとめてもこの量になるのか。
ふむ、訂正点もないな。白石の癖に……
だが、そのまま受理しちまったらストレスを解消できねぇな。
……よし、この辺りとかこの辺は俺が使わない言い回しだな。この辺は直させるか。
赤ペンでこのページとこのページに大きくバツを書いて……っと。
あとは束ねていた紐を解いて白石にぶちまけてやるだけだ。
床一杯に散らばるよう角度と速度をつけて書類の束を白石へ投げつける。
「駄目だ。こんなんじゃ書類として使えねぇ。さっさと直して来い」
クックック、あたふたしながら書類を拾ってやがる。
「あっ、あのっ!! 何度も見直して完璧と思いました。何がいけなかったのでしょうか」
ふんっ!! いつも通り口答えしてきやがった。
「んなもん自分で考えろ。判りやすいように訂正箇所を指示してやってるんだ。後30分で直して来い」
「さっ!?」
目を見開いて驚いてやがる。いい気味だ。
「……いえ、すぐに直してきます」
チッ!! 更に口答えしてきたら今日は肥満についてくどくどと言ってやろうと思ったのに……残念だ。
相変わらず直ぐに理解が出来ない仕えないブタ野郎が。
とは言え、書類の提出は午前まで。部長への提出書類だから余裕を大目に取って後2時間と考えた方が良さそうだな。流石にあの愚図とは言え2時間もあれば作れるだろう。
絡むのは午後からにでもしてやるか。
ああ、スッキリした。やっぱり白石を苛めるのはいいストレス解消になる。
朝から溜まっていたうっぷんも晴らした事だし、帰り際にはパチ屋でも寄って、預けた金を引き出すか。
定時の時報を待ち、白石には今日の分の仕事を押し付ける。後は電車に乗り、家の近くのパチ屋にでも行くだけだ。
帰りの電車に乗る為、駅ホームへ向かうと長蛇の列となっていた。
「うへぇ」
思わず声が漏れる。
列を見渡すと、丁度近くに気の弱そうな男が一番前に立っていた。
ここはいつも通り、そいつの前に何食わない顔で立ってやろう。
「おい!! 何割り込んでんだよ?」
ヤベェ……気が緩んでいたのか後ろに立つヤーさん風の男に気づく事が出来なかった。
「聞いてんのか? あぁ!?」
チッ、最悪だ。ここは素直に頭を下げて別のレジに並ぼう。
「耳が聞こえてねぇのか? ったく、どけよ!! オッサン!!」
クソッ、いつの間にか気の弱そうな男は逃げ出しやがったか。
因縁をつけてくるのは未成年。この世代はいきなり何をするかわかったもんじゃねぇ。
下手に出てやり過ごすしかないな。
「いや、すまない。気が急いていたものでつい……」
「ついじゃねぇよ!! ああっ!?」
男が詰め寄ってくるので後ずさってしまう。
「オイ!! オッサンよぉ!!」
「ヒッ!?」
男の迫力に気おされ、大きく後ろに下がってしまう。そして足元には浮遊感が……何?
「あっ……」
直後に起こる落下感。そして腰に大きな衝撃が襲い掛かってくる。
「……かっ……はっ!?」
衝撃が大きすぎて息ができない。耳がツーンと鳴る。
「おいっ!? オッサン!! 早く上がれ!!」
さっきの男が何か言っているように聞こえる。なんだ? 耳鳴りがしてうまく聞き取れない。
「オッサン!! 電車が来てる!! 早く上がれっ!!」
男が右側を指差す。その方向に目を向けると、電車が大きなブレーキ音を響かせて迫ってくるのが見えた。
足元を見る。……そうか、ここはレールの上か。プラットホームから落ちたんだな?
警笛を鳴らしながら視界一杯に広がる電車。対して俺はホームから落ちたレールの上で身動きが出来ない。
頭の中に広がるのは"死"の文字のみ。
「今日は散々な一日だった……その結果がこれかよ」
声にならない呟きがため息と共に漏れる。
そもそも今日はついていなかった……
いや!! 待て!! 今日は? 違う……今日"も"だ。
いや、待て!! 今日"も"? そんな訳がない。
何度も電車に轢かれていると言う事じゃないか? そんなわけは無い!!
……いや、俺は何度も電車に轢かれている。
いやっ!! そんな訳がない!!
……違う。思い出した。
電車に轢かれるのはこれで3492回目だ。俺は3492回同じ一日を繰り返している。
過去に戻っている? そんな訳がない。過去に戻っているのなら同じことをするはずがない。
だが、これから訪れる痛み、苦しみ、辛さ……全て思い出した。
この目の前に迫って来ている電車に四肢を引き裂かれ、恐ろしいほどの傷みが体全体に広がり……
嫌だっ!! 来るなっ!! くるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!
ギャァァァァァァァァァァ!!
「閻魔様、今日も罪人の管理ですか?」
「ああ」
「しかし……人間と言うのも愚かですな。
文明と共に強欲に走り、罪深さが深くなってゆく。死後の苦しみが永劫と続く事を教育しているのに……」
「そうだな」
「今見ていた罪人は更生できそうなのですか?」
「いや、無理だろう。何度死んでも反省をする事が出来ないので、記憶を思い出すのは死の直前のみ。
そんな事では魂が擦り切れるのを待つしかないだろう」
「そうですか。無間地獄に落とされる罪人も増えたものですね」
「少しでも反省の心を取り戻せば、輪廻の輪に戻れると言うのにな」
「反省の心を取り戻すまで、死の直前を魂が擦り切れるまで続ける……
この調子で罪人が増えれば、輪廻も崩れるのではないですか?」
「その時には人も我等も滅ぶだけだ」
「そうですね」
「我等は地獄を取り仕切る存在。それ以上でもそれ以下でもない。
ただ罪人に相応の罰を与えるだけだ……」