盆の集まり
高校を卒業し、就職するもの進学するもの、みな別れ別れになり集まり遊べるのは盆と正月だけ。
俺は就職した。
仕事というものを知らずに四苦八苦しながら時が進み始めの盆となった。
『崎守の海で遊ぶか』というメールから始まり盆の日に海に集まることになった。
――仕事のストレスで限界でもあった。
闇。星空。
さざ波とたまに聞こえる車が走る音、肉が焼ける音、炭がはじける音、友達の声。
「さすがに数ヶ月じゃ何も変わらないな」
「そりゃそうだ」
泳ぎ、花火、焼肉、酒と騒ぎに騒いだ後のだべり。そのときのこと。
「そういえば盆に海で遊ぶの初めてだよな」と俺。
「そうだな」と卓也。
「よくお盆には海に近づくなっていうけどね」と敬太。
俺達とは少しはなれたところで大輝たちはスロットの話をしだしていた――俺達はスロットについて知識がなかったから。
残っている肉を食べてる卓也が「へぇ、なんで」
「分からん、幽霊が海に集まるやらなんやら、だった気がする」と砂の上に寝転がり夜空を眺めながら話す敬太。
俺は卓也と一緒に肉をつつきながらビールを一口飲み、つい真っ黒な海を見てしまう。
「じゃあ、あの生徒の霊もいるのかな?」俺がふと思い出したことを聞いた。
「あの生徒?」と卓也、カクテル缶を持ちながら。
「ああ!栄高校の」と敬太。
「そうそう、それ」
「なになに?」箸を止める卓也、カクテルは飲むが。
「いつか忘れたけどI浜で溺れ死んだ、栄高校の生徒が。だからそのときに先生から注意があったんだよ」
「ふ〜ん、知らないな」と言い、また肉を一つ食べる卓也。
「俺も注意されたよ。たしかお盆が過ぎたあたりだったかな、やっぱお盆の時に溺れたのかな?」と敬太
「やっぱそうなんじゃね」黒く、いつもより高い波の海を見てそういった。
「…泳いでみるか」と卓也が言い立ち上がる。
「はぁ?」
「ちょっくら泳いでくるわ」服を脱ぎだす卓也。
「まじかよ、やばいってこんな暗いなか泳ぐの」
そう注意もするが、いい終わるときにはもう波打ち際まで走りついていた卓也「大丈夫だって!」
光は遠くから届く街灯と星月、炭火からのほんの微かな光だけ。
黒い海に闇夜に黒くなる卓也の背中。走り出し勢いよく海に入っていく卓也、黒くなっていく。
「大丈夫だって、ほら!」と波しぶきを出しながら――といってもうっすらとしか見えないが――数メートル泳いでいる。
「そりゃ迷信だからな」
「でも、大丈夫かな」と敬太。いつのまにか起き上がり心配そうに卓也を俺と一緒に眺めている。
!
海が、海が黒いだけになった。さっきまで見えてた卓也の頭が見えなくなった。
「おい、卓也、どこいった?」
「わかんない」敬太も見えていない。
「やばいんじゃね」
「どうしよ」
敬太も立ち上がろうとしているが…さすがにあんな真っ黒な海に入るのは怖いよな。
「たすっ」
卓也の声。さっきまで卓也がいた場所に動きが。
「聞こえた?」と敬太。
「ああ」
何も考えず海に向かい走り出した。
黒い砂浜、黒い海、空と海の境目さえも分からない海。
「卓也ぁ!」
足に冷たさが。
泳ぎ、泳いだ。
「あははっ」
笑い声が目の前のほうから聞こえ出す。
「どうした、何かあったか?」
卓也の声が聞こえ、目の前に卓也の顔。
「お前なぁ」立ち泳ぎをしながら叩いてやろうとした。・
「この崎守人に海で勝てるか!」
海にもぐった卓也、が俺の腹辺りをつかみ海の中に引きずりこもうとする。
「危ねぇって、うっぷ」
海の中でじたばたし、数秒たち「あはははっ、ほら大丈夫だろ」と卓也が笑いながらそういって俺も笑って海から上がった。
「大丈夫か?」と半ば笑いながら敬太が心配してくれた――騒動に気づいた大樹たちも笑いながら「どうした?」「服どうすんだよ、濡れてっぞ」「よくもまぁ」
そんなこんなで馬鹿騒ぎし、乾くはずがないと思っていてもテトラポットの上に干し眠りについた。
大輝たちは道路においてある車で寝るようだった。俺たちは誰かが持ってきたテントの中で寝た。
といっても海水でべとべとで眠りづらかったが。
あれ、ここは、どこだ?
男三人、むさくるしいテントの中で寝ていたはず。
妙に月星が明るく海はそれを反射しどこまでも続く星々を散りばめた黒い絨毯のように見え、俺は真っ黒な砂浜に立っている。
波も、風も、テントも、卓也も、敬太も、テトラポットもなにもない。地上にはどこまでも続く海と砂浜。全ては暗い闇に…
情景を静かに眺めるしかできずにたたずむ、自分。
夢。だよな。
そう思い手を動かそうとした…が動かない!
どういうことだ、さっきまで見回すために動けたのに。
黒い海がゆっくりと動き出した。波も立てずにゆっくりと、ゆっくりと俺をめざすように。
どうなるんだよ、なんだってんだ。
心臓が高鳴る。嫌な高鳴り。
光が変わる。いや、月と星が消えた?
砂浜と海の境目だけ煙のような白い光だけが眼に写っている。
光が変化したところで海は近づくのを止めない、むしろ早くなってないか?
『あああああああああ!』
眼が覚めるのなら起きろ。そう思い叫ぼうとするが喉も口も動かない。
眼もつぶれない。闇が見え続ける。迫りくる妙に光る海も。
ついに海と煙る光が足に触れた。冷たい。
だけか?
と思うも鼓動は静まらない。よりいっそう高鳴り続ける。
なんだってんだ。
!自分の目が勝手に動き出し海を追い続ける。
唯一の光は煙から――ウソだろ!――五つに分かれた手のようなものになり、その手のようなものは幾千と俺の足元に群がる――絶対に人間の手だとは認めるものか
信じていないが恐怖は納まらない。
海は水位を高め、光も俺の足をつかみ昇りだす。
つかまれる感触が、人間の手につかまれるような感触が――
『ああああああああ』
「おいミノル!」
「ああああああああ!」
「うわ」
自分の叫び声が聞こえた。
「お前ら、大丈夫か?」
敬太の声も聞こえた。
「…」
テントの天井の布が見える。敬太の顔が見える。
「さ、起きろミノル、大変なことになってんだから」
「は?」
「とにかくテントから出るぞ」
立ち上がりテントから出ようとした。
「うわ!なに?ここまで海、あがったのか?」
「そうみたい、はやく出て乾かすぞ。ほら卓也も起きて」
テントの出口付近に海水が入り込みびしょぬれ。ちょうど俺が寝ていたあたり、太もも辺りまで入り込んでいる。
「卓也も?」
卓也は顔面蒼白になっていて、まだ上半身だけ起こしているだけだった、足を海水に濡らしたまま。
「おい、卓也、起きろって」とテントの外から敬太が。
「とにかく出るぞ!」と俺。あまりに蒼白で自分のことよりも心配になってしまう
「あ、ああ」
テントも、炭火も、花火も、酒も片付け、何事もなかったかのように久しぶりの集まりが解散した。
その片付けの間中、俺と卓也に起きた奇妙な夢のことを話していた。
卓也も俺と同じ夢をみていた。
海水に濡れても、何度かの呼びかけにも起きなかった俺と卓也。
それに何度もこの場所で泊まっている俺達が海がどこまで上がってくるかなど知っていたことだ。だが今日は違った。
きわめつけは俺達の残った手の形の痣。誰かに叩かれたかつかまれたかのように赤く残っている痣が太もも辺りまで幾つも。
「…お盆に海に入るなってことだろ」
話の最後は敬太のそのセリフで終わった。
テントにいなかった友達は俺達が脅かそうとしたネタだと思っているが顔が引き攣っているものも何人かいた。
俺と卓也は敬太の言葉に「そうだな、絶対に入るものか」と本気でそう思い言った。
遊びの解散のとき。
「また集まろうなぁ」と誰かが叫んだ。
「ああ、また海でなぁ」と誰かが返事した。
「絶対に嫌だ!」と同じ車に乗っていた卓也が叫んだ――海を愛してた崎守人、海人がだ。
「今度は違うとこで集まろう!」と俺が遠ざかる皆の車に向かって叫んだ。
すると笑い声が幾つも返ってきた。
「マジで嫌だからな、俺」と卓也。
「ああ、俺だって。だが、皆と集まるのは好きだろ」
「当然!」
そう、お化けが何だ!あの夢がお化けだとしても集まりを止めれるものか。