4つの影
ゆらりと電線がたわんで、空気が震えた。
呼応するように地面が揺れていた。
妹さんの手が僕の腕を掴んだ。
「姉はきっと貴方のお兄さんを餌にしようとする」
汗ばむ手を払うこともできない。
ただ、何かに囚われたようにそこに釘付けになっていた。
一匹の小さな犬の影が目の前にあった。
昔、僕はこの犬に会った事がある。
「大丈夫だ。きっとお姉さんも」
「どうしたの」
僕らにはもう恐怖はないから。
犬の目は潤んでいて、尻尾は垂れ下がっている。
その視線の先には兄と一人の女の子。
「どこにいってた!心配したんだぞ」
気付いたらライブはとっくに終わっていて、日付が変わる直前だった。
父のような母のような兄と過ごしてきたこの月日のなかで、僕は成長していた。
「りゅうが会場を抜け出したのには気づいていたが、こんな所まで」
「ごめん兄さん、よくここが分かったね」
「妹さんをこんなに連れまわして」
「あ、違うんです。私がここに来たいって言ったから竜之介さんが」
「まぁ、なんにせよ無事で良かった」
あの頃、穏やかな世界から弾かれた僕たちには、何もかもが恐怖だった。
水原さんとその妹の影はとてもよく似ていた。
同時に、僕と兄の影も似ている。
「あの二匹の犬はきっと二人にとっての守り神みたいなものかもな」
「だとしたら、もう心配いらないね」