会話のキャッチボール
「はじまして、竜之介の兄の雪雄です。今日はよろしく」
わざとらしくない程度の爽やかな笑みを浮かべて兄が挨拶をすると、水原さんは顔を赤らめていた。
人前での兄の愛想のよさは異常だ。
「はじまして、水原夏樹と妹の瑞穂です」
妹さんは、ちゃんと食事をとっているのか心配になるほど痩せていた。
それとも、今時の若い子達はこれが普通なのだろうか。
「じゃ、じゃあ行きましょうか」
僕はといえば、いつもよりさらに口数が減り、しどろもどろになってしまう。
「へぇ、お兄さん剣道やってたんですね」
「あぁうちの高校はそんなに強くなかったけど」
「すごいですね」
「君は確かブラスバンドだったかな」
「そうなんです。秋の大会でも結構いい線まで行ったんですよ」
「ほぉ」
「地区大会ですけどね」
会話のキャッチボールというものがどんなものなのか僕はあらためて知る事になった。
「君、中学生だよね」
「はい」
「部活とかやってるの? 」
「はい」
窓の外に顔を向けながら、それでも返事をしてくれるだけありがたかった。
「このバンド好きなんだ? 」
「私はそうでもないかな」
「あ、そうなんだ」
「ただ、ライブってどんなとこか行ってみたくて」
「そうだね、僕も初めてだから楽しみだよ」
「……」
電車が目的地に着くまでの間がとても長く感じた。
兄達は楽しそうに会話していたが、僕と妹さんは気まずい雰囲気だ。
「たぶんきっと、もうこんなチャンスはないだろうから」
「え? 」
「なんでもない、それより竜之介さんはさっきからなんで敬語なんですか? 」
「なんでだろう、あんまり慣れてなくて」
「ふーん」
また沈黙が続くのが怖くて、僕はとりあえず当たり障りのない話題を話し続けた。
このたった一時間は僕の中では永遠に感じられた。