きっかけ
最近はずっと、水原さんがおっかけをやっている男性ボーカルのCDを聴いていた。
あまり聞かない名前のバンドで、教えられて初めてその名前を知った。
全然好みじゃなかったが、耳障りというほどでもなかった。
美形ではあったが、ほかの美形といわれる歌手たちとそれほど違うようには思えなかった。
共通の話題というのはどんな話題であっても、女の子と親密になる為には欠かせないものだ。
音楽や映画というのは、それだけで相手との距離を縮めてくれる便利なテーマだと思う。
水原さんと初めて喋った時も、僕は気まずくなったので音楽の話題に逃げた。
「そういえば、竜之介くんはどんな音楽を聴くの? 」
「僕はだいたい何でも、ビジュアル系のバンドと演歌は苦手だけど」
「そっか、私は歌謡曲と演歌の違いがわからない」
「まぁ、Jポップとロックぐらい違うのは確かだよ」
「え? 同じじゃないの? 」
「はは、そんなに違わないか」
水原さんとは、同じ図書委員をしていて知り合った。
活発そうなショートヘアで、まつげがすごく長い子だった。
クラスが同じだという事しか共通点がなく、話すきっかけが皆無だった。
そんな二人が貸し出しのブースに並んだのだから最初は気まずくて仕方がなかった。
「ねぇ、このバンド知ってる? 」
「聞いたことないな」
「じゃあ、貸してあげる。絶対にいいよ」
「ほんと? ありがとう聞いてみるよ」
そんなふうに僕たちはいつも音楽の話をするようになった。
「こんど一緒にライブに行こう、それまでに貸してくれたアルバムを聴きこんでおくよ」
という僕の提案に彼女はすぐに同意してくれた。
一見すると、僕が音楽の話をだしにして彼女に近づいたみたいだが、それは違った。
だしにされたのは音楽ではなく僕自身だったのだ。
「3曲目のカットスローは雄二が作詞したの? 」
「そうそう、あと5曲目も」
「へぇ、曲の雰囲気は全然違うのにね」
「まぁ、自分で作曲してるわけじゃないし、そこは変わってくるわね」
水原さんのお気に入りの雄二は、グループの中でも一番人気らしい。
長身で切れ長の目と、整った顔のパーツ。
どれかひとつでも自分に当てはまるものがあったなら、もっと違っていたかもしれない。
「うち、門限が厳しいから一人でライブに行くって言うと反対されるの」
「そうなんだ」
「だから、4人で行くの」
「4人? 」
「竜之介くん、お兄さんいるでしょ? 」
「いるけど、よく知ってるね」
「お兄さんも誘って欲しいな」
「兄貴はこういう曲は聴かないと思うよ」
「それはそうかもしれないけど、一度聞いてみてよ」
まさかいきなり、兄の話が出てくるとは思わなかった。
だいたい兄貴はうちの卒業生ですらないのだ。
「聞くだけ聞いてみるけど」
僕はまだ、兄を口実にして彼女と仲良くなるつもりでいた。
「私も妹を連れて行くから」
「妹? 」
「そう、妹がいるの。言ってなかったっけ」
そもそも水原さんとは、音楽以外の話をあまりしていない。
実は、僕はほとんど彼女の事をなにも知らなかった。
「いいよ、聞いておくよ」
残念なことに、僕には長身で切れ長の目と整った顔のパーツを持った兄がいたのだった。