いちばんはじめの記憶
夜は黒い服を着て歩く、もしくは何も身に着けずに寝る。
三歳ぐらいの頃、無意識に歩道から車道へと足を向ける僕を、引っ張って連れ戻してくれたのは五つ歳の離れた兄の手だった。
口を堅く結び、何かしらの秘密を守りながら兄は静かに、しかし力強く手を引っ張る。
生と死の間をふらふらと歩いた。
ポケットにはガーゴイルの骨と大事な人の写真。
どちらもほんの少し死の側に近い。
「竜之介、足痛くないのか」
「んずぃ、痛くない」
甘えながら抵抗し、注意を引きたくて仕方がない僕は足を少し引きずる。
すると本当に足が痛い気がしてくる。
「おんぶする? 」
「いい、歩く」
ふて腐れている僕を見て困ったように兄が微笑む。
「もうちょっとだから我慢できるよな」
「できる」
だんだんと足の痛みが増していき、握っている手にも力が入る。
サンダルがそもそも大きすぎたのがいけない。
水色のアンパンマンのサンダル。
ガードレールが途切れて道と道の間が白線だけになる。
車とは反対側に押しやられる。
「あ、わんこがいる」
二匹の目つきの悪い犬が遠くからこっちを見ていた。
距離は200メートルくらいで、よくみても朧げで犬には見えない。
けれど、たしかにそれは犬のようではあった。
「しぃ、静かに」
相手はすでにこちらを見ていた。
「来るよ」
「大丈夫、鎖があるはずさ」
ゆっくりと距離が近づく。
「アッチへゆけ」
僕は精一杯の威嚇をしてみせた。
「ダメだ。向こうから廻ろう」
僕たちは、歩いてきた道を戻ることにした。
兄は何度か振り返ったが犬はついては来なかった。
痛みよりも疲れで足が重くなる。
ふと兄の表情を見ると、兄も疲れているのが分かった。
急に不安が押し寄せてきて涙が出そうになる。
転びそうになって、兄に支えられる。
なぜ誰も迎えに来ないのか。
どうして母は一緒ではないのか。
兄はどうしてこんなにも優しいのか。
きっと、少ない語彙でも問いただす事はできたと思う。
ほんの少し休憩した僕らは、何度か訪れたことのあるおじさんの家にたどり着いた。