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居候日記  作者: narrow
94/95

続き 2

 それでも、レイはその問いにひるむことなく答えられた。

 「好き・・・好きだよ!」

 なぜなら、最後に見えたあの手。

 “悪魔はね、人なんか好きにならないよ。

 好きでもなんでもないから、あいつは何度会いに行ってもあたしを家に戻した。

 あんたと一緒にいるのは、契約だからだよ。

 悪魔は人を愛さない。

 くれるものは悲惨な“死”だけ。あんたも同じだ。

 今ならまだ、逃げ出せるんだよ?”

 「ちが、う。

 そんなことない。だってね、気付いてた?

 零さんは、倒れるアナタに、必死で手を伸ばしてた。

 だから、アナタが死ぬことなんか、望んでなかった。

 絶対。

 アナタは、愛されてたんだよ?」

 少しでも伝えたくて、笑いかける。

 「もし、もしもあたしが零さんに好きになってもらえるなら、あたしは絶対に死なない。

 アナタのぶんまで、大好きって気持ちを伝えたい。」

 レイの言葉に幽霊は、笑って答える。

 “そっか、強いんだね、あんた。”

 レイは首を横に振る。

 幽霊はただ笑っている。

 “ね、あの人・・・今は“零”っていうんだったね。零のこと、よろしくね。”

 そう言って、幽霊は手を差し出した。

 「え?」

 “あくしゅ。”

 レイも手を差し出した。

 幽霊がその手を握る。

 空気が動いたくらいの微かな感触だけしかしなかったが、確かに二人は握手を交わした。

 “あたしの後はあんたにまかせた!あはは。”

 思い切り明るく笑う幽霊。

 その笑い方が、どこかスズキに似ていた。

 “あたしね、死んじゃったあと、自分から悪魔・・・零に喰われたの。

 零の中に入り込んで、一つになりたくて。

 でもね、そしたら・・・そのときわかったんだ。

 あんたには、わざと見せてなかったあの続きがある。”

 思い出す感覚で、またレイの中にイメージと感情が送り込まれる。

 自分を抱き起こす零の、動揺しきった情けない顔。

 泣き出しそうな瞳。

 その彼が悲痛な声をあげる。

 懇願する。

 自分ならこんな彼を絶対において行くことはできないだろう。

 “本当にね、愛されてた。”

 寂しそうにおかしそうに笑う。

 “バカだよね。

 もうこの時には自分の事しか考えられなくなってたんだあたし。

 辛くて、恋しくて、だから一つになれればって。

 それが零を、苦しませて。

 零は、悪魔のくせに自分を責めた。

 その自責ってやつがあたしを、あたしとの思い出を守って、結局あたしはずっと零と本当に一つにはなれなかった。

 苦しめた罰だね。”

 レイは首を振って否定する。

 「だって、アナタだって辛かったんでしょう?」

 今度は幽霊が首を横に振った。

 “死んだのはあたしの勝手。

 零の中に入ったらね、わかったんだ。

 愛しているから、幸せになってほしくて家族の所に返したって。

 こんどは、あたしの番。あたしが零の幸せを考える。”

 不安が淡くレイの胸ににじむ。

 彼女の方が、彼にふさわしい。

 それが伝わったのか、幽霊が優しく笑う。

 “そんな顔しないでいいよ?

 あたしは、零が全部思い出してくれたから、やっと少し自由になれただけ。

 現実にしゃしゃり出ようなんて思ってない。

 ただね、零はまだ自分を責め続けてる。

 もうずっと昔のことなのに、ラファエルもそうだ。”

 ラファエルが誰か、レイは知らない。

 ただ、今それは重要でない。

 幽霊は話し続ける。

 “でもねそれもね、二人とも、零が新しい恋をすればきっと、ぶフッ!あはは。”

 吹き出し、少し笑ってから幽霊はまた話し出す。

 “ごめん、零に恋って、似合わないなあと思って。”

 「あはは・・・」

 確かにそうだけど、笑うことないでしょ。

 レイは思ったが、小さく涙をぬぐった仕草を見て黙る。

 笑いすぎたのかそれとも・・・いや、きっと。

 “ま、とにかく。

 そうなれば二人は立ち直って、晴れてあたしは今度こそ零と一つになれるのさ。

 だから、あんたがんばってよ。”

 幽霊は肩をぽんと叩き、レイに真剣な顔を近づけた。

 「あたし、は・・・」

 レイは自信がない。

 レイの目を見つめている幽霊に、思い切って本心を吐き出す。

 「あたし、アナタほど愛されないと思う。

 好きになってくれるかどうかも、ホントは、あやしくて、片思いで。」

 幽霊がまた、優しく笑った。

 “自分を信じなよ、零を信じるみたいにさ。あんたは、零に必要。”

 「でも、でも本当はアナタが零さんのそばに」

 全部言い終える前に幽霊が素早く割り込んだ。

 “それじゃダメ、足踏みだよ。

 だいたいそしたらあんたはどうすんの?”

 「あたしは、応援する。」

 “ダメダメ、ダーメ。

 生きてるくせに死人にゆずってどうすんの?”

 「でも零さんは」

 “あたしはもう、過去なんだ。

 そんなものに囚われるべきじゃない。

 それに、あたしはあんたほど強くなかった。

 零を残して、勝手に自分だけでラクになって。”

 「あたしは、強くなんかないよ。

 いつも、ホントは辛くて、諦めちゃおうかって思った事だって」

 “でも、諦めなかった。

 零を拾って、もうけっこうたつんじゃないの?”

 「・・・」

 “オネガイだよ、あたしの分も、ってさっき言ってくれただろ?

 あれ、信じるよ。後は、頼んだ。”

 笑いながら姿が薄れて行く。

 最後に遠くから響く声はこう言っていた。

 

 オネガイ・・・今度こそ・・・ひとつに なりたい の

   ◆

 「確かめるって、何をだ。そんなことより俺はお前に」

 「あたしのことはいいの。・・・謝ろうってんでしょ?」

 「何が“いい”んだ?!あんなふうに死んで、全て、何もかもこの俺のせいだ!俺はっ」

 「いいの!いいんだよ・・・」

 さっきはかわしたくせに、レイアは抱きついてきた。

 抱きつかれているのに、感覚としては包まれている。

 安堵と幸福感で、口をきくことも忘れる。

 「あれはあたしが、自分でやったことだから。

 ・・・いいんだよ、進んでも。

 過去にとらわれなくたって、いいんだ。」

 「すす、む・・・?」

 「そうだよ。前を見て、ちゃんと進まなきゃ。」

 顔をあげたレイアは、目を潤ませている。

 また悲しませるのか、俺は。

 「お前がいてくれれば」

 下を向き、レイアが首を左右に振る。

 「ダメ・・・だよ。」

 光が散る。

 泣かせてしまった。

 悲しませてばかりだ。

 ぐい、と身体を押された。

 レイアが離れる。

 「あたしは、死んだ。過去なんだ。」

 「ここにいるじゃないか、生きろ!俺が何とかするから」

 「あのこ、捨てちゃうの?」

 レイのことだろう、だが彼女は俺がいなくても人間として生きていける。

 レイアは、もう死んでいる。

 俺がひきとめなければ、本当に消えてしまう。

 「あいつは俺がいなくても平気だ。」

 「何にもわかってないんだなぁ、悪魔は。」

 レイアの言いたいことがわからず、俺は絶句する。

 「そんなんだから、あたしは死んじゃったのに。」

 「・・・違う、・・・あれは、俺が記憶を消し損ねて」

 声が震える。 

 責めていない事は、口調でわかる。

 それでも、俺はうつむいた。

 そこを持ち出されるだけで、じゅうぶん精神的にダメージは大きかった。

 「ほーんとに、何にもわかってない。

 謝らなきゃいけないのは、あたしなのに。」

 なんでもないことを話す調子のレイアに、顔を上げた。

 悲しそうな顔の彼女を直視してしまい、何も言えない。

 まばたきすらできず、ただ見つめる。

 「・・・やっぱり、今でも辛いんだね。

 ごめんね、ごめんなさい、苦しませて。」

 「いいから、今までなんてどうでもいいからそばに居ろ・・・!」

 俺は、どんな顔をしてこんな都合のいいセリフを吐いているんだろう。

 どうせ情けない顔だ。

 レイアが笑った。

 「あのこがいてくれるよ、悪魔には。

 ねぇ、抱きしめてよ。

 いつも死んだ人にはそうしてくれるでしょ?」

 喰え、と?

 俺は、ただ首を振り否定することしかできなかった。

 「・・・あの時もね、死んじゃえば一つになれるって思ったの。

 いけにえみたいに、食べてもらえばずっと一緒だ、って。

 だけどせっかく一緒になれたと思ったのに、あんたはあたしを受け入れてくれなかった。」

 もう一度抱きついてきたレイアは、俺の胸で語った。

 俺は、抱きしめてやることが出来ない。

 動くこともできないまま、ただ彼女の話を聞いていた。

 「記憶と一緒に、あたしを意識の外に追い出して、ヨソモノ扱いで。

 ・・・大事に、大事にしまってくれてた。」

 俺を見上げて、少し嬉しそうにレイアが笑いかけた。

 「でも、その間ずっと寂しかった。」

 笑ったままで、文句を言う。

 もっと言えばいい、怒っても恨んでもいい。

 永遠にだって聞き続けてやる。

 「・・・すまない。それしか、言えない。」

 「いいよ。

 だから今度こそ、ちゃんと一つになりたい。

 受け入れて?」

 「できない。」

 「そんな事いわないでよ、もう限界。

 これがあたしの願いなんだ、叶えて。

 いつもしてるでしょ?契約。」

 「お前の願いなら代価なんていらない!

 だから言うことを聞け、戻って来い。」 

 「わからず屋。でも・・・愛してるよ。

 これからも、見守ってる。

 いつかあたしを受け入れてね・・・さよなら。」

 最後に笑顔を寂しそうに曇らせ、言いたいことを言うとレイアは消えた。

 これ以上話しても、延々ループするだけだとわかったからだろう。

 話している間は、そばにいてくれると思っていたのに。

 結局俺は、また自分の勝手で彼女を悲しませたんだ。

 そう思った瞬間、森も消えた。

   ◆

 レイが目覚ましを止めると、いつも通り何の表情もない零が話しかけてくる。

 「どんな夢を見てたんだ?」

 ベッドに頬杖をついて、寝顔を観察していたようだ。

 空いている方の手が伸びてくる。

 頬をぬぐわれて初めて、泣いていたことに気付いた。

 あの幽霊は、彼女が話したことは夢だったのか。

 きっとそんなことはない。

 取り返しのつかない悲恋。

 自分の知らなかった彼の心。

 託された思い。

 ためらいなく零に抱きついた。

 なぜか拒絶されるとは考えもせず、考える前に体が動いていた。

 そのまま、零は数秒間だけ おとなしく抱きしめられていた。

 そして、ゆっくりレイの手を解く。

 少しだけ瞳をのぞきこんだあと、零はふわっと彼女のアタマに軽く手をのせてから背を向け、キッチンに立った。

 嬉しいはずなのに、優しくされたことがなぜか不安だった。


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