続き 2
それでも、レイはその問いにひるむことなく答えられた。
「好き・・・好きだよ!」
なぜなら、最後に見えたあの手。
“悪魔はね、人なんか好きにならないよ。
好きでもなんでもないから、あいつは何度会いに行ってもあたしを家に戻した。
あんたと一緒にいるのは、契約だからだよ。
悪魔は人を愛さない。
くれるものは悲惨な“死”だけ。あんたも同じだ。
今ならまだ、逃げ出せるんだよ?”
「ちが、う。
そんなことない。だってね、気付いてた?
零さんは、倒れるアナタに、必死で手を伸ばしてた。
だから、アナタが死ぬことなんか、望んでなかった。
絶対。
アナタは、愛されてたんだよ?」
少しでも伝えたくて、笑いかける。
「もし、もしもあたしが零さんに好きになってもらえるなら、あたしは絶対に死なない。
アナタのぶんまで、大好きって気持ちを伝えたい。」
レイの言葉に幽霊は、笑って答える。
“そっか、強いんだね、あんた。”
レイは首を横に振る。
幽霊はただ笑っている。
“ね、あの人・・・今は“零”っていうんだったね。零のこと、よろしくね。”
そう言って、幽霊は手を差し出した。
「え?」
“あくしゅ。”
レイも手を差し出した。
幽霊がその手を握る。
空気が動いたくらいの微かな感触だけしかしなかったが、確かに二人は握手を交わした。
“あたしの後はあんたにまかせた!あはは。”
思い切り明るく笑う幽霊。
その笑い方が、どこかスズキに似ていた。
“あたしね、死んじゃったあと、自分から悪魔・・・零に喰われたの。
零の中に入り込んで、一つになりたくて。
でもね、そしたら・・・そのときわかったんだ。
あんたには、わざと見せてなかったあの続きがある。”
思い出す感覚で、またレイの中にイメージと感情が送り込まれる。
自分を抱き起こす零の、動揺しきった情けない顔。
泣き出しそうな瞳。
その彼が悲痛な声をあげる。
懇願する。
自分ならこんな彼を絶対において行くことはできないだろう。
“本当にね、愛されてた。”
寂しそうにおかしそうに笑う。
“バカだよね。
もうこの時には自分の事しか考えられなくなってたんだあたし。
辛くて、恋しくて、だから一つになれればって。
それが零を、苦しませて。
零は、悪魔のくせに自分を責めた。
その自責ってやつがあたしを、あたしとの思い出を守って、結局あたしはずっと零と本当に一つにはなれなかった。
苦しめた罰だね。”
レイは首を振って否定する。
「だって、アナタだって辛かったんでしょう?」
今度は幽霊が首を横に振った。
“死んだのはあたしの勝手。
零の中に入ったらね、わかったんだ。
愛しているから、幸せになってほしくて家族の所に返したって。
こんどは、あたしの番。あたしが零の幸せを考える。”
不安が淡くレイの胸ににじむ。
彼女の方が、彼にふさわしい。
それが伝わったのか、幽霊が優しく笑う。
“そんな顔しないでいいよ?
あたしは、零が全部思い出してくれたから、やっと少し自由になれただけ。
現実にしゃしゃり出ようなんて思ってない。
ただね、零はまだ自分を責め続けてる。
もうずっと昔のことなのに、ラファエルもそうだ。”
ラファエルが誰か、レイは知らない。
ただ、今それは重要でない。
幽霊は話し続ける。
“でもねそれもね、二人とも、零が新しい恋をすればきっと、ぶフッ!あはは。”
吹き出し、少し笑ってから幽霊はまた話し出す。
“ごめん、零に恋って、似合わないなあと思って。”
「あはは・・・」
確かにそうだけど、笑うことないでしょ。
レイは思ったが、小さく涙をぬぐった仕草を見て黙る。
笑いすぎたのかそれとも・・・いや、きっと。
“ま、とにかく。
そうなれば二人は立ち直って、晴れてあたしは今度こそ零と一つになれるのさ。
だから、あんたがんばってよ。”
幽霊は肩をぽんと叩き、レイに真剣な顔を近づけた。
「あたし、は・・・」
レイは自信がない。
レイの目を見つめている幽霊に、思い切って本心を吐き出す。
「あたし、アナタほど愛されないと思う。
好きになってくれるかどうかも、ホントは、あやしくて、片思いで。」
幽霊がまた、優しく笑った。
“自分を信じなよ、零を信じるみたいにさ。あんたは、零に必要。”
「でも、でも本当はアナタが零さんのそばに」
全部言い終える前に幽霊が素早く割り込んだ。
“それじゃダメ、足踏みだよ。
だいたいそしたらあんたはどうすんの?”
「あたしは、応援する。」
“ダメダメ、ダーメ。
生きてるくせに死人にゆずってどうすんの?”
「でも零さんは」
“あたしはもう、過去なんだ。
そんなものに囚われるべきじゃない。
それに、あたしはあんたほど強くなかった。
零を残して、勝手に自分だけでラクになって。”
「あたしは、強くなんかないよ。
いつも、ホントは辛くて、諦めちゃおうかって思った事だって」
“でも、諦めなかった。
零を拾って、もうけっこうたつんじゃないの?”
「・・・」
“オネガイだよ、あたしの分も、ってさっき言ってくれただろ?
あれ、信じるよ。後は、頼んだ。”
笑いながら姿が薄れて行く。
最後に遠くから響く声はこう言っていた。
オネガイ・・・今度こそ・・・ひとつに なりたい の
◆
「確かめるって、何をだ。そんなことより俺はお前に」
「あたしのことはいいの。・・・謝ろうってんでしょ?」
「何が“いい”んだ?!あんなふうに死んで、全て、何もかもこの俺のせいだ!俺はっ」
「いいの!いいんだよ・・・」
さっきはかわしたくせに、レイアは抱きついてきた。
抱きつかれているのに、感覚としては包まれている。
安堵と幸福感で、口をきくことも忘れる。
「あれはあたしが、自分でやったことだから。
・・・いいんだよ、進んでも。
過去にとらわれなくたって、いいんだ。」
「すす、む・・・?」
「そうだよ。前を見て、ちゃんと進まなきゃ。」
顔をあげたレイアは、目を潤ませている。
また悲しませるのか、俺は。
「お前がいてくれれば」
下を向き、レイアが首を左右に振る。
「ダメ・・・だよ。」
光が散る。
泣かせてしまった。
悲しませてばかりだ。
ぐい、と身体を押された。
レイアが離れる。
「あたしは、死んだ。過去なんだ。」
「ここにいるじゃないか、生きろ!俺が何とかするから」
「あのこ、捨てちゃうの?」
レイのことだろう、だが彼女は俺がいなくても人間として生きていける。
レイアは、もう死んでいる。
俺がひきとめなければ、本当に消えてしまう。
「あいつは俺がいなくても平気だ。」
「何にもわかってないんだなぁ、悪魔は。」
レイアの言いたいことがわからず、俺は絶句する。
「そんなんだから、あたしは死んじゃったのに。」
「・・・違う、・・・あれは、俺が記憶を消し損ねて」
声が震える。
責めていない事は、口調でわかる。
それでも、俺はうつむいた。
そこを持ち出されるだけで、じゅうぶん精神的にダメージは大きかった。
「ほーんとに、何にもわかってない。
謝らなきゃいけないのは、あたしなのに。」
なんでもないことを話す調子のレイアに、顔を上げた。
悲しそうな顔の彼女を直視してしまい、何も言えない。
まばたきすらできず、ただ見つめる。
「・・・やっぱり、今でも辛いんだね。
ごめんね、ごめんなさい、苦しませて。」
「いいから、今までなんてどうでもいいからそばに居ろ・・・!」
俺は、どんな顔をしてこんな都合のいいセリフを吐いているんだろう。
どうせ情けない顔だ。
レイアが笑った。
「あのこがいてくれるよ、悪魔には。
ねぇ、抱きしめてよ。
いつも死んだ人にはそうしてくれるでしょ?」
喰え、と?
俺は、ただ首を振り否定することしかできなかった。
「・・・あの時もね、死んじゃえば一つになれるって思ったの。
いけにえみたいに、食べてもらえばずっと一緒だ、って。
だけどせっかく一緒になれたと思ったのに、あんたはあたしを受け入れてくれなかった。」
もう一度抱きついてきたレイアは、俺の胸で語った。
俺は、抱きしめてやることが出来ない。
動くこともできないまま、ただ彼女の話を聞いていた。
「記憶と一緒に、あたしを意識の外に追い出して、ヨソモノ扱いで。
・・・大事に、大事にしまってくれてた。」
俺を見上げて、少し嬉しそうにレイアが笑いかけた。
「でも、その間ずっと寂しかった。」
笑ったままで、文句を言う。
もっと言えばいい、怒っても恨んでもいい。
永遠にだって聞き続けてやる。
「・・・すまない。それしか、言えない。」
「いいよ。
だから今度こそ、ちゃんと一つになりたい。
受け入れて?」
「できない。」
「そんな事いわないでよ、もう限界。
これがあたしの願いなんだ、叶えて。
いつもしてるでしょ?契約。」
「お前の願いなら代価なんていらない!
だから言うことを聞け、戻って来い。」
「わからず屋。でも・・・愛してるよ。
これからも、見守ってる。
いつかあたしを受け入れてね・・・さよなら。」
最後に笑顔を寂しそうに曇らせ、言いたいことを言うとレイアは消えた。
これ以上話しても、延々ループするだけだとわかったからだろう。
話している間は、そばにいてくれると思っていたのに。
結局俺は、また自分の勝手で彼女を悲しませたんだ。
そう思った瞬間、森も消えた。
◆
レイが目覚ましを止めると、いつも通り何の表情もない零が話しかけてくる。
「どんな夢を見てたんだ?」
ベッドに頬杖をついて、寝顔を観察していたようだ。
空いている方の手が伸びてくる。
頬をぬぐわれて初めて、泣いていたことに気付いた。
あの幽霊は、彼女が話したことは夢だったのか。
きっとそんなことはない。
取り返しのつかない悲恋。
自分の知らなかった彼の心。
託された思い。
ためらいなく零に抱きついた。
なぜか拒絶されるとは考えもせず、考える前に体が動いていた。
そのまま、零は数秒間だけ おとなしく抱きしめられていた。
そして、ゆっくりレイの手を解く。
少しだけ瞳をのぞきこんだあと、零はふわっと彼女のアタマに軽く手をのせてから背を向け、キッチンに立った。
嬉しいはずなのに、優しくされたことがなぜか不安だった。